第439話 塔と学院、飛翔
「……ところで、私たちの受けた依頼の一つが飛竜天麻の採取なんだが……いつもどうやって採ってるんだ?」
ルーザ村からそれが、水色飛竜の繁殖期にも拘わらず出荷されていたことがあることはもう言ってあるが、あれはどう考えてもフェリシーの手によるものだろう。
しかし、ここで一つ問題がある。
彼女がこうして飛竜に全く警戒されることなく近づける技能の持ち主であることは分かったにしろ、飛竜天麻の生える場所には容易に行けないのだ。
飛竜天麻は、飛竜の繁殖地の中でも巣があるところ……つまりは、浮遊石の上にあるのであり、取りに行こうとしたらそこまで行かなければならない。
なぜそんなところにあるのかと言えば、飛竜の排泄物を肥料として成長すると言われる植物であり、そして繁殖期の飛竜は浮遊石の上でしか排泄をしないからだ。
たまに森の中で飛竜天麻がなぜか発見できることもあるが、それは空を飛んでどこかに向かった飛竜がそこに糞をし、そして飛竜天麻がぽつりと一株二株生えたから、という経緯があってのことだと言われる。
必然、あまり大きくなってはいないが、それでも需要はあるので見つけ次第、俺は採取してきた。
けれど、ここではそんな風に地面に落ちることもなく、どうしても浮遊石に上る必要がある。
浮遊石には飛竜天麻以外にも植物が生えていて、その蔓が頼りなく垂れさがっていたりもするので、それを登れば浮遊石までたどり着けそうな気もするが、フェリシーにそれが出来るとも思えない。
だからこその質問、というわけだ。
これにフェリシーは、
「普段は……調子の良さそうな子にお願いして運んでもらっているんです」
「……つまりどういうことだ?」
ロレーヌもなんとなく意味は分かっているだろうが、聞かずにはいられなかったのだろう。
これにフェリシーは行動で答える。
「ええと……あっ、あの子は良さそうですね。おーい!」
そう言って手を振ると、ぼんやりとしていた水色飛竜の一匹がふっとフェリシーの方を向き、翼をはためかせてこちらの方まで飛んできた。
それから着地し、フェリシーの顔に頬ずりをする。
「ただ近づける、というわけではないということか……」
ロレーヌがそう呟くとオーグリーも続けた。
「竜騎士にもってこいの人材だね。それか、飛竜の厩舎の厩務員とか……僕だったらスカウトする」
飛竜の調子を見るだけ、近づくだけで理解し、特別な調教も施していないのにある程度、言うことを聞かせることも出来るとなれば天職だろう。
竜騎士もその厩務員もかなり給料や地位も高かったはずで、なりたいものも多いが、フェリシーなら即採用である。
しかし、本人にはまるでそのつもりはなさそうだ。
「そんな、私には無理ですよ。ちょっとお願いを聞いてもらえるだけですから……あっ、あっちの子もよさそうですね」
そう言いながら、フェリシーは四匹の水色飛竜を集めて、それから俺たちに、
「では、皆さん、この子たちの背に乗ってください。あそこまで運んでくれますので」
そう言って指さした場所は、周囲に浮かぶ浮遊石の中でも最も巨大なものだった。
植物も多く生えており、その辺にある浮遊石が小さなプランターだとしたら、それはほとんど森のような大きさであった。
水色飛竜が数匹そこに降りたり、また飛び去ったりしている様子も見え、おそらくあそこには飛竜天麻があるだろう、という想像もつく。
しかし……。
「……本当に乗っても大丈夫か?」
と俺が尋ねると、フェリシーは頷いて、
「大丈夫ですよ。もちろん、あんまり私から離れすぎると危ないですけど、何度か村の友達にも乗ってもらったことがあるので……。覚えておられますか? 酒場で一緒にいた二人」
「あぁ、あの二人か。あの二人も、飛竜に乗ったことがあるわけだ」
つまりフェリシーの特殊な力のことも知っているのだろう。
しかし、フェリシーがいなくなったあと、あの二人にも色々聞いては見たが一言もそれについて触れることはなかった。
いい友人がいるようである。
「そうなんです。それで、あの島までも行ったことがありますから……安心して乗ってください」
そう言われて断るのは冒険者の沽券にかかわる。
その辺の村娘よりも勇気がない、なんて言われると仕事がなくなる……こともないだろうが、死ぬほどからかわれるだろう。
びびりレント、腰抜けレント、が俺の代名詞になってしまう。
それは勘弁願いたかった。
覚悟を決め、俺は飛竜の背に上る。
すると、思いの他、そこは乗り心地がよく、収まりも良かった。
もっとてらてらとして、ぬめっているのかなとか思っていたがそうでもない。
むしろ適度に乾いていて、さらさらと触り心地もいいが、グリップが効かなくて滑り落ちそう、という感じでもない。
いい革張りのソファに座ったみたいな感覚だ。
「……これは、悪くないな」
「確かにね」
ロレーヌとオーグリーも俺に続いて座ると、同じような感想を持ったようで、面白そうにしている。
残念ながら馬に乗る時のように手綱はないわけで、どこに捕まろうかと思っていると、フェリシーが俺たちに声をかける。
「みなさん! 落ちないように角を掴んでいてくださいね!」
角……つまりは飛竜の角のことであろう。
確かに、水色飛竜には立派な角がある。
サイズ的にも手でちょうどつかめるくらいのものだ。
あまり大きすぎる水色飛竜のものは手に余りそうだが、俺たちが乗せてもらっているのはまさに手にフィットするくらいのサイズの飛竜である。
それもあって、フェリシーは選んだのだろう。
俺たちが飛竜の角を恐る恐るつかむと、フェリシーは微笑み、頷いて、
「行きますよ!」
そう叫んだ。
すると、フェリシーの飛竜が始めに飛び上がり、続いて俺たちの乗っている飛竜もそれに続く。
上昇速度はさほどではなく、俺が自前の翼を使ったときよりも穏やかなものだったが、ロレーヌとオーグリーは初めての感覚に少し驚きの表情を浮かべていた。
しかし全く楽しくない、というわけでもなさそうで、
「これはいいね!」
「……地図が作りやすそうだな」
と違うところに感動しているようだった。