第44話 新人冒険者レントと実技試験の概要
「……実技試験は……他の受験者の方と協力して、迷宮の指定ポイントに辿り着く、というものになりますね。他の受験者との競争になりますので、早く着いた方が勝利、ということになります」
シェイラがそう言ったので、俺は頷く。
だいぶ昔に俺が受けたときは指定された薬草を収めること、とかそんなものだった記憶がある。
そんなに簡単でいいのか、と受ける前は思っていたが、実際に受けてみると薬草の生えている場所に辿り着くためにはかなりの数の魔物を倒し、かつ深い森の中でも自分の位置を見失わずにいなければならないそこそこ過酷なものだった。
実際、戻ってこれなくて、後々に冒険者組合に回収された者すらいたくらいだからな……。
もちろん、そういう奴は軒並み落ちたわけだが。
今回告げられた試験内容はそう言う意味だと実に簡単そうに聞こえる。
迷宮は出現する魔物は決まっているし、道筋も地図を買ったりすれば最短距離もすぐに判明するし……。
いや、鉄級冒険者が受ける試験だと考えるとそうとも言えないかもしれないな。
冒険者組合は少し性格が悪い。
「……そう、か。なにか、せいげんは、ある、のか?」
地図購入不可、とか、この道順のみで進めとか、そういうことがないかと思って尋ねた質問に、シェイラははっとして微笑み、
「……特にありませんよ。何をしても結構です」
と答えた。
その言い方に引っ掛かりを覚えた。
きっと色々と仕込んでいるに違いない。
そういうものを避けてこそ、合格がもぎ取れる、ということか。
「わかった……おれが、きょうりょくする、ぼうけんしゃは、だれだ?」
「ええと……あぁ、あちらの方になりますね。ライズさん! ローラさん!」
シェイラがそう叫んで、冒険者組合一階にたむろする試験受験者たちの群れから、二人の冒険者を呼んだ。
すると、少年と少女がやってくる。
その二人の顔に、俺はおや、と思った。
見覚えがあるからだ。
たしか、こないだ《新月の迷宮》で頑張っていた二人だ。
剣士の少年と治癒術師の少女。
あのときは鉄級か銅級だろう、と予測していたが、やはりそうだったようだ。
試験を受けている、ということは鉄級であるということに他ならない。
「こちら、ライズ・ダナーさんと、ローラ・サティさんです。それで……こちら、レント・ヴィヴィエさんです」
シェイラは、俺に彼らを、そして彼らに俺を紹介する。
ライズと、ローラか。
ライズの方は、短めに切りそろえられた赤髪の目立つ元気そうな少年で、ローラの方は少し引っ込み思案そうな薄い紫色の髪の少女であった。
名前を呼ばれた二人は俺を見て頭を下げたので、俺も同じようにする。
どうやらお互いに最低限の礼儀は分かっていることは確認できたようで、安心した。
冒険者には、碌でもない奴がたまにいて、こういうところでも実力を示威しようと、絶対に頭を下げない、みたいな阿呆が必ずいるのだ。
周りを見ると、そう言う輩がちらほら見える。
……あいつらはきっと落ちるんだろうな。
その態度だけでそう思ってしまうほど、愚かだ。
が、口にはしない。
それよりも、今は俺たちがお互いを知ることの方が大事だろう。
なにせ、一緒に迷宮に潜るのだ。
何も知らずにいると、それが命取りになりかねない。
「おれは、けんし、だ。まじゅつは、しんたいきょうかと、しーるどくらいしか、つかえ、ない……」
俺がそう言えば、ライズとローラも、
「……俺も剣士だ。気で体力を上げて戦ってる。で、こっちは……」
「私は魔術師で……治癒術も使えるので、後衛として頑張ります。どうぞよろしくお願いしますね、レントさん」
と出来ることの説明をしてくれた。
そんな俺たちの様子を見ながら、シェイラは、
「では、顔合わせも済んだところで、試験内容の方の説明に移りましょう」
そう言ったので、俺たちは表情を引き締める。
この説明を聞き逃すと、あとで命取りになりかねない。
俺たちは耳を澄ませて聞く。
「すでに説明しました通り、迷宮の指定ポイントへたどり着く、というのが試験内容になります。指定ポイントはここになります。よろしいですか?」
そう言って、シェイラは《新月の迷宮》の地図を出し、その一点を示した。
それから、
「こちらの地図は差し上げますので、ご活用くださいね。基本的にはそれだけです。早く到着すれば勝利、ということになりますね」
これに、ライズとローラが頷く。
俺は……やっぱり何か引っかかるな、と思うがとりあえずは黙っておいた。
「期限は日が落ちるまでになりますので、それだけはお気を付けください。では、試験、頑張ってくださいね。応援していますよ」
そう言ってシェイラはにこりと笑ったのだった。
◇◆◇◆◇
「じゃあ、まずは《新月の迷宮》に向かうか? 普段通り、馬車で……レント、あんたも行ったことはあるよな?」
ライズがそう尋ねてきたので、俺は頷く。
どうやら、彼がこの集団のリーダーを買って出てくれるらしい。
俺としては、ソロでずっとやってきただけに、リーダーという柄でもないし、ちょうど良さそうだと任せることにした。
何かあれば口は出すが、問題なければ黙っているつもりだ。
馬車で行く、というのは問題ないだろう。
たぶん。
実際、マルトから出ている《新月の迷宮》までの馬車は普通に迷宮までたどり着いた。
途中で逸れて別な場所に連れていかれる可能性も考えて、御者を凝視していたら、苦笑いされたが、見てなければ本当にそうされた可能性もありそうだっただけにこちらとしては笑えない。
ライズとローラは何の心配もしていなかったが、まぁ、当然だろう。
こんなひっかけ問題みたいなことはやらないと誰でも最初は思ってしまう。
しかし、それをやるのが冒険者組合というものだ。
俺はそれを知っている。
迷宮に着いてからは、ライズとローラの二人はすぐに迷宮に潜ろうとしていた。
それでも悪くはないのだが、一つ問題があったので俺は口を開いた。
「……ふたり、とも」
「なんだよ、レント?」
「どうかしたんですか、レントさん?」
俺の声に首を傾げた二人に、俺は言う。
「……ちず、を、かったほうが、いい」
すると二人は驚いたような顔をし、それから懐から支給された地図を取り出して、
「いや、地図はあるだろ?」
「ですよね……これを見ればいいじゃないですか」
と言う。
しかし俺は首を振る。
「……この、ちずの、はっこうねんは、じゅうごねん、まえだ。ただしいとは、かぎらない……」
「えっ……あ、本当だ! なんでこんな端っこに小さく書いてあるんだよ!」
ライズが地図を凝視し、その端の方に小さな文字で記載している発行年を見て、悪態をつく。
実際、迷宮というのは不動のものではない。
内部が崩れたりして、道筋が変わることはよくある。
と言っても、そのスパンは十年とか二十年とかの長いものなのだが、それでも十五年前の地図は信用できない。
最新のものにした方がいいだろう。
まぁ、俺には《アカシアの地図》があるのでそれを見れば究極的には他の地図などなくてもいいのだが、難点はまだ歩いていない場所は記載されていないことだろう。
指定ポイントの場所までの道順は、残念ながら俺の地図にはまだ記載されていないのだ。
だから、買うのが一番いい。
「でも、誰から買えば……」
ライズが首を傾げる。
迷宮の地図を売る者は大勢いて、しかし誰の地図が信頼に値するかを判断するのは実のところ難しいのだ。
しかし、俺はきょろきょろと迷宮周辺を見渡し、一人の人物を発見すると二人に言った。
「……あいつから、だ」
俺が指さした人物に、二人は眉を顰めて、
「……すごい怪しくないか?」
「見るからに、怪しいです……」
そう言った。
その気持ちも分からないでもない。
俺が指さしたのは、真っ黒いローブを身に着けた、如何にもな雰囲気の男なのだから。
少しだけ見える口元が奇妙に歪んで微笑んでいて、今にも危険な薬を売ろうかと言ってきそうな雰囲気だった。
……まぁ、俺が言えたことでもないが。
と言うか、この二人は俺には問題なく接しているのに、あれはダメなのかな、と不思議に思う。
ともかく、俺はまっすぐにその男のもとに向かう。
気が進まなそうな二人も一応、と思ったのか、俺の後ろについてきた。