第431話 塔と学院、対策
そのあと、俺たちは眠っていた村人たちを起こしていった。
とりあえず、俺とロレーヌに襲い掛かった二人から。
彼らはフェリシーの知り合いらしく、フェリシーが説明するとすんなりと話を受け入れてくれた。
内容については、何者かによって村人たちのうち十数人が催眠をかけられた、という点だけで、それが魔術によるものかどうか、とか、誰を狙ったものか、という点については約束通り、伏せてくれた。
もちろん、そう説明された村人たちの立場からすれば、理由がはっきりしないというのはもやもやするだろうが、こういった都から離れた集落の人々というのはよくも悪くも現実的なものだ
そういうことならそれで、と受け入れ、明日からの生活について考える方が先だと切り替えることの出来る逞しい人たちだった。
それに、フェリシーは俺たちが狙われた、とは説明しないでくれたが、こんな田舎の村に冒険者が来て、すぐにこんな問題が起こった、となるとそれを関連付けないと言うのは難しい。
おそらく、全員とは言わないまでも、宿の亭主とか、中年ほどに差し掛かった経験豊富な者たちは気づいていただろう。
それなのに言及しないでくれたのは、フェリシーが必死で説明してくれたことと、俺たちがその催眠状態を解いた、ということについて強調してくれたからだ。
もちろん、それだけで完璧に信用してくれたというわけでもないのは当然だが、宿を追い出してやるぜ、とまでなるのは避けられたので良しとしよう。
全員に説明が終わり、それぞれ自分の家やら仕事場やらに戻っていったあと、最後に残ったフェリシーが言う。
「あの……一応、いろいろと内緒にはしたんですけど……」
と言いながらも不安そうなのは彼女も状況を理解しているからだろう。
ロレーヌが言う。
「数人は私たちに原因がある、ということに気づいていたな。若い能天気そうな者たちはそうでもなかったが、宿の亭主などは少しこちらに視線をやっていた」
「やっぱり、そうでしたよね……ごめんなさい」
「いや、構わない。無理を言ったのはこっちの方だ。それに、怪しんではいても、今すぐ宿を出ていけ、とまでは言わないことにしてくれたようだからな。それより、こうなると依頼の方をさっさと片づけることを考えなければならん。今日はよくても明日は追い出されるかもしれんしな。明日、そうそうに依頼を片づけに出るべきだと思うが、どうか?」
ロレーヌがそう言った。
依頼については二日くらいかけて余裕を持って片づけようかと思っていたが、この感じだとそうもいかなそうだと言うのは同感である。
まぁ、最悪野宿でもいいのだが、それをせずともどうにかできるならあえてその選択をとる必要もないしな。
それから、依頼についての打ち合わせに入ろうと思ったが、オーグリーが、あ、という顔になって、
「おっと、すまない。フェリシー。危うく君のことを放って相談を始めてしまう所だった。もう大丈夫だよ。君の親御さんもきっと心配しているだろうし、家まで送ろう」
確かに、まずそこだったな。
オーグリーが送っていくと言うのなら、依頼についての相談は彼が帰ってきてから、ということになるかな。
フェリシーはオーグリーの提案に恐縮したように首を横に振り、
「いえ! そんな……色々とご迷惑をかけたのに、送ってまでもらうなんて、申し訳ないです」
と言ったが、オーグリーはこのフェリシーの言葉を即座に却下する。
「フェリシー。さっきも言ったけど、それはいいんだ。もう十分にお礼もしてもらえたからね。それと、君を送るのは必ずしも、君だけのため、というわけでもない。確かに催眠術師についてはすでに捕まえたけど、仲間がいないとは限らない。だから、もしもこんな時間に君が一人で帰路についたら、誰かに襲われる可能性もゼロじゃない。そうなったら、それこそ僕らにとって……なんというかな。後味が悪いんだよ。だから僕たちのためを思うなら、送られてやってくれないかな? それとも、送るのが僕じゃお眼鏡には適わないかい? 今なら骸骨仮面と女魔術師も選べるけど」
実際問題、《セイレーン》にもう一人自由に動ける仲間がいるのは分かっている。
《ゴブリン》についてはロレーヌによって位置を監視されているわけだが、盗み聞きしたときに聞こえた年老いた声の主についてはその正体すら分かっていない。
気配もないしな。
もしかしたらこいつが一番の強敵なのかもしれないし、そんな状況でフェリシーを一人で帰すのはやめた方がよいと言うのはその通りだろう。
まぁ、仲間の一人が捕まってるこの状況下でわざわざただの村娘を攫ったりする可能性は低いだろうが、念のためだ。
小さい可能性もすべて考えてしまうと、たとえ家に送ったところで家族ごとどうこうされたらどうしようもないな、という話になってしまうだろうが、そこまで考えるとキリがない。
流石にこの村の人間全員の行動を逐一監視、とかいうことも出来ないしな。
出来ることはやっておこう、くらいのものだ。
あまり背負いすぎてもしょうがないしな。
オーグリーの言葉にフェリシーは少し微笑み、
「いえ……そういうことでしたら、オーグリーさんにお願いします。ロレーヌさんはともかく、レントさんがこんな時間にうちに来たら、両親が卒倒してしまいそうです」
「確かにね。夜中にレントが来たら死神がやってきたのかと勘違いしそうだ」
そう言ってオーグリーも笑った。
酷い話だ。
死神じゃなくて吸血鬼もどきだぞ。
どっちにしろ夜に会いたくない存在筆頭だろうけどな。
それから、フェリシーはオーグリーに連れられて宿を出た。
俺とロレーヌはそれから、オーグリーが戻ってくるまでの時間を有効に活用すべく話す。
「《セイレーン》は今どうしてる?」
俺が尋ねると、ロレーヌは答える。
「あぁ、一通り尋問した後、眠らせておいた。まぁ、今日明日一杯は目覚めんだろうな。起こそうと思えば起こせるが、魔術的睡眠だ。魔術を使わねば無理だ。《ゴブリン》やもう一人の老人が助けに来る可能性もあるが……その場合はどうしたものかな。一応、設置型の罠はいくつか配置しているが……」
もちろん、魔術によって、ということだろう。
一つではないと言うことが恐ろしい話だ。
設置型、ということは何らかの魔術触媒や魔道具を用いて、ということだろう。
つまり、その場から離れても触媒や魔道具に込められた魔力が尽きるまでは維持されると言うことだな。
それなら放っておいてもいい気もする。
やってきてそれにかかったのなら捕まえられるだろうし、それを破られたなら相手の実力も測れる。
そんなことをロレーヌに言うと、彼女も頷く。
「確かに、無理に捕まえることもないか。ここで切った張ったをやって、宿を破壊してしまうのも申し訳ないしな」
心配するところがちょっと違う気もするが、そういう面もある。
逃げられても、《ゴブリン》については捕捉し続けられているわけだし、あとで追うことも出来るだろう。
「じゃあ、《セイレーン》についてはそういうことで。あとは《ゴブリン》についてだが……」