第429話 塔と学院、目覚め
「……じゃあ、とりあえず気絶してる奴らを起こすか。本当に催眠が解けているのかどうかって懸念はないでもないが、そこは気を付けてれば大丈夫だろ」
俺がそう言うと、ロレーヌとオーグリーも頷いた。
ちなみに俺とオーグリーで気絶させた外で襲い掛かって来た村人たち十人は宿の食堂にまとめて縛って転がしてある。
宿の亭主もそこだ。
流石にそのまま放置しておいたらどうにかなるか分からなかったからな。
仕方のない処置だったと言えるだろう。
「確かにな。ただ万全を期してこっちの三人のうち一人を先に起こすのがいいだろう。他の村人に説明するにも、誰か村人一人に事情を先んじて説明しておいた方が何かと都合もいいだろうしな」
「いきなり目が覚めたらどっかの宿で、身動きできないよう完全にふん縛られた状態だったら流石に驚くだろうからね……。おっと、催眠掛けられてる間の記憶はどうなってるんだい? 覚えてるならそういう説明もいらないだろうけどさ」
オーグリーが話しながら気になったのか、ロレーヌに尋ねる。
「《セイレーン》によれば、操られている間の記憶は全く残らないらしい。だから、普段使うときは急に我に返ってもおかしくないような状況に最後おいて、それから術を解いていたと言う話だ。《セイレーン》自身が気を失ったら解ける、という方法の他に、当然ながら意識的に催眠を解くことも出来ると言うことだな」
「なるほどね……じゃあ、やっぱり説明は必要ってことだね」
オーグリーはそう頷いて、それから、
「それで、誰から起こそうか……僕としてはフェリシーをおすすめするけど」
「なんでだ?」
俺が尋ねると、オーグリーは言う。
「昨日の夜、しっかり会話したからね。話も通じやすいんじゃないかと思ってさ」
「そうか? 昨日の別れ際を考えると印象はあまり良くないと思うんだがな」
ロレーヌが酒場での会話を思い出しながら言う。
飛竜の繁殖地に入りたい冒険者が、その方法を知っていそうな少女を捕まえ、縄で拘束した。
状況を考えるとまるで信じてもらえそうに思えない。
「だからこそさ。あえて先に起こして、拘束を解き、しっかりと事情を説明すれば信頼も得られやすいんじゃないかって」
「まぁ……そういう方法もあるか。ダメなら他の奴も起こしてやればいいか。そもそも、記憶が欠落している時間があるということもあるしな。その辺りから攻めていけばそこまで怪しまれもしない……かもしれん」
ロレーヌがさほど自信がありそうでなく言うが、他に方法があるわけでもない。
最初に起こすのはフェリシーに決まったのだった。
◇◆◇◆◇
「……おい。……おい」
肩を揺すりながら呼びかける。
《セイレーン》を捕縛する前にすでに何度もやっていることで、そのときは何の反応も示さなかったことだ。
けれど、今回はそのときとは違った。
「う、ううん……」
と、静かな声が発せられ、それからフェリシーの目がゆっくりと開いていく。
そして焦点が徐々に合っていき……俺たちを見たとたん、
「きゃぁぁぁぁ!!!」
と、大声を上げた。
まぁ、目が覚めたときに目の前に骸骨仮面と孔雀冒険者とマッド魔術師がいたら怖いかもしれない。
言うまでもなく怖いか。
また、俺たちが仮に誘拐犯であるのなら、この時点でフェリシーの口を塞ぎ、ちょっと黙りやがれ!とか言ったのだろうが、別に俺たちはそんなものではない。
加えて、ロレーヌの静音結界がある。
この少女がどれだけ叫ぼうともこの部屋の外に彼女の声が漏れることはないのだ。ふはははは!
みたいな悪魔染みたことを考える余裕もある。
フェリシーにしたらたまったものじゃないだろうが。
……冗談はさておき、少女の叫び声を黙って聞き、それから少しずつ落ち着いたところで、話しかける。
フェリシーの視線は厳しく、私に何をするつもりなんですか、と無言のうちに語っている。
「……私に何をするつもりなんですか!?」
無言じゃなかった。
本当に言った。
いやいや。
「何もしないって。とりあえず、縄を解く。それと、事情を説明するから聞いてくれ。すべての判断はそのあとにしてくれ」
俺がそう言い、近づくと、ずりずりと後ろに下がられた。
……。
「……私がやろう」
やはり、男に近づかれると怖いのかもしれない。
ロレーヌがため息を吐きつつ、代わりを申し出た。
フェリシーの反応に、別に俺は傷ついていない。
傷ついていないんだ。
フェリシーはロレーヌが近づいても警戒の視線は解かなかったが、しかし後ろに下がることはなかった。
縄をほどく、というのが本当らしいと言うことは理解したようだ。
解けた縄を見、またその縄の下に布が挟まれていたから特に縄の跡がついていないことを察し、少し態度が和らぐ。
「……一体どういうことなんですか? 言っておきますけど、私、飛竜については何も話しませんよ」
フェリシーは俺たちとの会話をしっかり覚えていたらしく、固い態度でそう話す。
実際のところ、フェリシーに話す気があろうとあるまいと、ロレーヌの手にかかればいくらでも口を割らせる手段はあるだろうが、まさかそんな事実をひけらかしたりする必要はない。
無駄に怯えさせるだけだしな。
とりあえず、俺が話すのは良くなさそうだと分かったので、ロレーヌが前に出て彼女に事情の説明を始めた。
「別にそれについては聞かないさ。それより、今に至るまでの記憶で、最も最近のものを話してくれないか? なんでもいい」
そこからか。
その方が確かに、理解は早そうだな、とロレーヌの意図を察する。
フェリシーはその質問に怪訝そうな顔をするも、もともとは素直な性質なのだろう。
質問に答えるべく、記憶を探り、そして途端に愕然とした顔をして、
「……酒場を出て、家に帰ろうとしたところまでしか、覚えていません。そのあとは……えっ? 何も記憶が……」
そう言った。
だいぶ混乱しているらしく、その原因が何にあるか、ということまで考えが及ばないようだ。
ロレーヌはそれに、少しずつ説明を加えていく。
「念のため言っておくが、私たちが君をその帰路の途上で拉致した、ということはないからな。あとで確認してもらえば分かるが、君が酒場を出た後、私たちは一時間ほど酒盛りをしていた。酒場の主に聞けば分かる。つまり、君の記憶の欠落は私たち以外の者に原因がある」
「一体誰が、どうして……」
「それについても私たちもはっきりとは分かっていないが、君や、そこに気絶している二人、それに他の村人たちなどに催眠をかけた者がいたのは確かだ。運よく捕まえることが出来たが、《セイレーン》というらしい。そいつがどうも、私たちを狙っていたようでな。君たちに私たちを殺させるように、催眠をかけ、実際に行動させたのだ。特に君はオーグリー……この男の部屋を訪ね、ナイフで襲い掛かったのだ」
ロレーヌの説明にフェリシーは目を見開いた。