第43話 新人冒険者レントと筆記試験
「しょうかく、しけんを、うけに、きたんだが……」
ちょうど、指定された時間に冒険者組合にやってきた俺は、まっすぐに冒険者組合職員シェイラのところに向かい、その用向きを告げた。
するとシェイラもすぐに理解したようで、
「あぁ、レントさん。ちょうど時間ぴったりですね。ありがたいです」
そう言って笑う。
この言葉の意味は、冒険者の中でも、なりたての人間というのは時間に対する感覚が少しルーズなことが多いからだ。
もともと冒険者になどなろうとするものは荒くれ者が多いと言う気質的な問題と、多少遅れても大したことは無いだろうと言う感覚的な問題があるのだ。
しかし、そういう感覚のまま冒険者を続けているといずれ冒険者組合から処罰される日が来る。
というのも、冒険者という仕事は徐々にランクが上がっていくにしたがい、ただの魔物相手の商売から人を相手にするそれが増えていくからだ。
そうなると、時間を守れない人間はだんだんと信用されなくなっていく。
それでは困るので、冒険者組合は早い段階である程度時間を守る人間を育てようとする。
ランク昇格試験は、そういったところも見る、ということだ。
べつに一分一秒まで細かくは見ない。
そこまで刻んで時間を見れる道具など、王侯貴族や相当な資産家、もしくはトップクラスの冒険者くらいしか持っていないからだ。
しかし、それでもあまり遅れすぎると減点、というわけである。
俺はそれをしっているので、しっかりと守ってやってきた、というわけだ。
時間についてはロレーヌが大型ではあるが、自作の計測機械を持っていたりするので、間違いようがない。
各街の広場にも市民用のものが設置されているので、普通はそれを確認するものだが、ロレーヌのお陰で楽をさせてもらっているというわけだ。
「いや。まずは……ひっきしけん、か?」
「ええ。そうなりますね。でも、本当に大丈夫ですか? 今日の試験ではなく、間をあけて次の試験を受けることにして、その間に勉強されてからの方がいいですよ、と忠告しましたが……」
これは、シェイラが先日、俺に銅級への昇格試験の受験資格取得を告げたときに、すぐに受けることも、また間をとって受けることも可能だ、と言ったことを示している。
普通は、仮に明日に試験が受けられるのだとしても、昨日の今日で受けたりはしないで、間をあけるものだ。
というのも、実技はともかく筆記の方は、その出題範囲からして鉄級冒険者の大半は知らないものだからだ。
もう少しで試験が受けられる、と言われて初めてその存在に気づき、そこから何週間かかけて頭に知識を叩き込み、それから受ける。
俺の場合は登録一日で受験資格を与えるに足りる成果を持ってきてしまったため、事前に予告される、ということはなかったので、余計に勉強したらどうか、ということなのだろう。
しかし、俺はすでに一度受けている試験であるし、そうでなくとも試験範囲となっている内容については詳細に覚えている。
冒険者組合規則も魔物の種類も素材の種類も銅級のものなら十分に頭に入っているのだ。
それに、試験は毎日行われているわけではない。
数か月に一度、というのが基本なのだ。
いつまでも鉄級のままやっていくのは、俺の目標からして望ましくはない。
なれるときになっておきたい。
だから俺は言う。
「もんだい、ない。どこへ、いけば……?」
確か、二階にある会議室だったな、と昔のことを思い出しつつ尋ねれば、案の定、
「二階の会議室になります。こちらへどうぞ……」
シェイラがそう言って立ち上がり、案内してくれた。
中に入ると、数人の鉄級冒険者と思しき者たちがちらりとこちらを見たが、すぐに手元の荒い紙を見て何かを唱えるようにぶつぶつとつぶやき始めた。
おそらくは、試験の内容であることがあそこに書いてあるのだろう。
たしか、冒険者組合が試験間近になった冒険者に貸してくれるものだ。
銅級の試験は、それほど範囲も広くないし、紙一枚にまとめきれるようなものでしかない。
銀級、金級、と上がっていくにつれ、出題範囲は小冊子、本一冊、辞書一冊、と言う感じで増えていく。
全部貸与も可能で、ただ、なくしたら弁償だ。紙一枚なら銀貨でなんとか払えるので、鉄級でもそれほど恐ろしくなく借りられるのはありがたいことだろう。
あれで学べば、基本的に一~二週間程度で合格に足りる知識は身に付く。
だからそれほど心配する必要はない。
けれど、こんな試験など、生まれてこの方受けたことがないものが大半である冒険者にとって、これは人生初めての筆記試験となる。
俺もかつてはそうだった。
だから、ひたすらに勉強していないと不安なのだろう。
ちなみに、俺は筆記試験を受けるが、銅級としての知識を確認するための試験は、筆記の他に口述でも受けることが可能である。
むしろ、文字の読み書きが可能な者がそれほど多くないこの国においては、そちらの方が常道であるだろう。
だからこそ、ここには数人しかいないわけだ。
口述試験を選ぶ場合は、その性質上、別の部屋で行われる。
しかも、結構な人数が受けるので待ち時間が長くなったりする。
それは嫌だったので、俺は筆記試験の方を選んだわけだ。
席に座り、しばらく待っていると、俺を案内した後、部屋を去ったはずのシェイラが戻ってくる。
その手には数枚の荒い紙と、数本の羽ペンが握られている。
「では、試験を始めますね。皆さんは字が書けると思いますので、説明は不要かと思いますが一応……この紙に問題が記載してあります。またこちらが解答用紙ですので、この羽ペンで解答を記載してください。試験時間は、こちらの砂時計がすべて落ちるまでの間になります。何かご質問は?」
さすがに字が書ける者たちしかいないので、紙も羽ペンも自分で使ったことがある。
質問は特になかった。
「……それでは、問題用紙と解答用紙と羽ペンを配ります。事前にお配りした試験範囲の内容について記載してある用紙は今、回収します。問題用紙と解答用紙は裏返しで配りますので、私がはじめ、と言ってからひっくり返して、書き始めてくださいね」
言いながら、シェイラは紙とペンを配っていく。
部屋に妙な緊張感が満ちてきた。
懐かしいな、と思ったところでシェイラがすべての道具を配り終わり、正面に戻る。
それから、砂時計に手をかけ……。
「……はじめてください」
試験が始まった。
◇◆◇◆◇
試験はどうだったか、というと、正直楽勝だったと言っていいだろう。
当たり前だ。
一度受けたことのある内容だ。
もちろん、受けた当時とは問題自体は異なるが、範囲は変わっていない。
出来て当然だった。
俺と一緒に受けた者たちは、やはり不安そうだが、彼らもおそらくは大丈夫だろう。
なにせ、字が書けると言うだけである程度の教養がある証明になる。
あれくらいの内容なら、一発で受かるくらいの頭はあるだろう。
それを証明するように、筆記試験と口述試験は問題自体の難易度は変わらないのに、合格率に大きな差があるのだ。
俺がなぜ、字が書けるかと言えば、これもまた、故郷の村にいたとき、字の読み書きができる村長と薬師に教わったからだ。
なぜそんなことをしたかと言えば、それは冒険者に必要になる技能だと思ったからだ。
俺の目標は、あの頃からぶれていない。
俺は必ず、神銀級冒険者になる。
ところで、結果であるが、筆記試験は受けた人数が少ないため、すぐに結果が発表された。
受付に呼ばれれば合格、ということだ。
俺はもちろん……。
「レントさん。レント・ヴィヴィエさん」
立ち上がり、シェイラのもとに行くと、
「……筆記試験は、合格です。とても珍しいことに満点でした。それほど難しくないとはいえ、滅多にいないんですよ? すごいですね」
そう、褒められた。
まぁ、滅多にいない、といういことはたまにいる、ということで、大したことでもない。
そもそも、昔受けたときは満点ではなかったしな。
経験が足りず、分からない部分があっていくつか間違えた記憶がある。
とは言え、そんなことをシェイラにいう訳にもいかない。
俺は、シェイラに、
「……そうか。うかったなら、よかった……つぎは、なにを、すればいい?」
淡泊にそう返して、次にしなければならないこと――実技について尋ねたのだった。