第428話 塔と学院、解除方法
「それで、この女が《セイレーン》だと?」
宿にオーグリーと戻り、事情を説明するとロレーヌが即座にそう尋ねて来た。
当然だろう。
唐突にそんなもの捕まえてきてはどういうことだとなるに決まっている。
俺もオーグリーがなぜそんなことが出来たのか疑問だ。
オーグリーが《ゴブリン》たちの仲間だと言うのなら納得だが、だとすればなんで捕獲するのか意味が分からなくなるしそういうことはないだろう。
大体、そこを考えるならオーグリーは一体何年計画で俺に近づいてたんだみたいなことになるからな。
今はともかく、以前の俺に利用価値などあるわけもなく、ありえない。
もちろん、偶然そこにいたことを利用した、というのもありえないではないが……相当可能性としては低いだろう。
つまり、オーグリーは何らかの方法でもって《セイレーン》を特定し捕まえた、ということになる。
オーグリーはロレーヌの言葉に答える。
「そうだと完全に確定しているわけではないけどね。たぶんそうなんじゃないかなって。もちろん、人違いの可能性もゼロじゃないけど」
「まぁ、そのあたりの細かいことはいい。それはともかく、どうしてそいつが《セイレーン》だと思ったんだ?」
「それはね、そっちの青年がいるじゃないか。彼を運んだ時に、ふっと匂いがしたんだよ」
「匂い?」
言われて、俺とロレーヌは青年に近づき、くんくんと嗅いでみた。
まぁ、確かに匂いはするが、色々な匂いだ。
村人らしく草とか土の匂いとか、そもそも持っている体臭とか。
あとは……。
「僅かに、何かの香料の香りがする、か?」
ロレーヌがそう言った。
言われてみると、そんな匂いもする。
俺もそれなりに鼻はいい。
そういう匂いがすることは分かるが、しかしかといってそれがどうしたのか、という気にはなる。
いくらど田舎の村だからって、雑貨屋くらいはある。
気になった異性の気を引くのに、香水の一つや二つ売っていることはよくある。
もちろん、村人の手製というか、この辺りの花などを集め、作ったものだろうが、別に不自然ではない。
しかしオーグリーはこれについて一家言あるようだ。
彼は言う。
「そうそう。確かに田舎の村だろうと香水くらい売ってるけどね。彼から匂ってるそれは王都でしか売ってない奴なんだよ。僕も欲しくて並んだことがあってさ。どっかで嗅いだ匂いだなぁと思ってたんだけど、さっき思い出して」
「つまりあれか。その香りがこんなところの村人からするのは不自然だ。誰か王都から来た人間がつけていて、その誰かと接触したときに少し匂いが移った、その誰かというのは、きっと《セイレーン》だろう、とそういうことか?」
ロレーヌがオーグリーが言いたいだろうこととを推測し、簡潔にまとめた。
なるほど、そういうことなら納得できる。
が、そうだとしても……。
「オーグリー、お前、相当鼻がいいんだな? 推測するのはともかく、村のどこかから香ってくるそれを嗅ぎつけるなんて……」
俺も、血の匂いだったら同じようなことが出来るかもしれないが、香水の匂いじゃ無理だな。
そう言う方向には俺の鼻は発達していないらしい。
一応、吸血鬼もどきだからかな。
肉の匂いでも行けそうな気はするが……。
「まぁ、僕の千個ある特技のうちの一つだね。他のも聞きたい?」
冗談なのか本気なのか分からない言い方である。
本当にあるとしたら相当凄いが、流石にそんなことはないだろう。
そうだったとしたら、とっくに銀級も抜け出して、さらに上に上がっているだろうしな。
「それはいずれ聞かせてもらうことにして、今は遠慮しておこう。さて、それでは次は尋問かな。催眠らしきものにかかった人たちを起こさねばならん……」
ロレーヌがさらっと流し、そう言った。
「ちゃんと話してくれるかな?」
俺がそう言うと、ロレーヌは、
「なに、話したい気持ちにさせればいいのだ。問題ない。ちょっと、お前たちはこの部屋を出ていてくれ。あぁ、この三人も移してな。尋問は私が一人でやろう」
「えっ? 大丈夫かい、ロレーヌ。曲がりなりにも人を洗脳できる能力を持った相手だ。一人では危ないんじゃ……」
オーグリーが心配げにそう言うが、俺はあまり心配がない。
「……いや、大丈夫だろう。むしろ俺はこの《セイレーン》の方が心配だよ。ロレーヌ、お手柔らかにな」
俺はそう言って、気絶している青年を担いで部屋を出る。
ちなみに向かうはオーグリーの部屋である。
オーグリーも女性二人を担いで、慌てて俺についてきたのだった。
◇◆◇◆◇
しばらくして、オーグリーの部屋の扉が控えめに叩かれる。
それから、
「私だ。ロレーヌだ。扉を開けても構わないか?」
そういう声が聞こえてきたので、俺とオーグリーは顔を見合わせて頷き合い、それから扉を開く。
もしかしたら向こうにはロレーヌ以外が、なんていう可能性も考えていたが、そこに立っていたのは間違いなくロレーヌその人であった。
ロレーヌは部屋の中に入ると、尋問の結果について話し始める。
「大体、必要なことは聞けた。まず《セイレーン》の能力についてだ」
「やっぱり、人を催眠にかける、ってことでよかったのか?」
俺が尋ねると、ロレーヌは頷く。
「ああ。大体、一度に二十人ほどの人間を自分の意のままに操ることが出来るらしいな。ただ、これには一定の準備が必要なようだ。特定の薬を嗅がせる、とか、ある程度会話を交わしておく、とかな。また、あまりにも身体的・精神的な強度が違いすぎると……この場合は、催眠をかける相手の方が高すぎる場合だな。催眠にかけることが出来ないらしい。まぁ、これは村人にかける場合にはほぼ、問題にならないだろうが」
「ははぁ……それって魔術とは違うのかい?」
「魔術ではない。異能とか特異能力とか呼ばれるものだな。魔力の介在がない、非常に珍しい力だ。発現する者に法則も見つかっていないから研究も進まない分野だが、非常に興味深い。一度解剖させてもらいたいくらいだ」
別に《セイレーン》が解剖されても構わないが、それはとりあえず後にしておいてほしいところだ。
今必要なのは原理の正確な解明ではなく、催眠にかかった者の解除方法である。
そのことはロレーヌも理解しているようで、自らの研究者気質を抑えて、話を元に戻す。
「それで、催眠をどうやって解除するかだが……意外と簡単だったな。もう解除されているそうだ。術者の意識が失われるとそれで解除されるとのことだ。《セイレーン》はオーグリーによって一度気絶させられている。だから、もう普通に起こせば起きるらしい」