第426話 塔と学院、捜索の方針
様々な方法でもって、三人のうちいずれかを起こすべく努力したが、それは無駄に終わった。
いかなる魔術的方法をもってしても起きはしなかったし、物理的な方法も意味をなさなかった。
特に、ロレーヌが三人のうち最も耐久力の高そうな美男子の頬を思い切りたたいたにも関わらず無反応だったときは、流石の俺とオーグリーも顔を見合わせた。
これは、普通の方法ではどうやっても目が覚めないのだ、と察するのにあまり時間はかからなかったと言える。
「……いくらなんでも今の一撃は気の毒なんだが。頬にライムズの葉みたいな跡が残ってるぞ」
せっかくの美男子顔を台無しにされた男性を見ながら、俺はそう言った。
ちなみにライムズの葉、というのは人の手の形に似た樹木の葉っぱである。
大きさも大体、一般的な人間の手の大きさのそれと変わらない。
俺の言葉にロレーヌは反論する。
「どんな理由があるにしろ私は押し倒されかけたわけだからな。これくらいしても許されるだろう」
堂々としたものであった。
しかし、ロレーヌも自分の見識について疑いを持たれたくはないようで、すぐに注釈を入れる。
「……冗談は置いておいて、だ。これくらいやらないと目覚めない、深い催眠というのがあるからな。魔術が効かんということは、そういったことも疑わねばならんと思っただけだ。流石に女性二人にこれをやるわけにはいかんし……この人も、もし《セイレーン》に何の関係もないとしたら、事情をある程度説明すれば分かってくれることだろう」
どうやら、ただの気晴らしというわけではなかったようだ。
ロレーヌはそういうものからは程遠い……とまではいわないが、そもそも暴力で発散しようとするタイプではないしな。
その説明には納得がいった。
「それならいいんだが……いや、良くないか。この三人の状態には問題がある。起きないとなると、次の方法によるしかない……《セイレーン》を捕まえないとならないな」
俺がそう言うと、ロレーヌも頷く。
「あぁ、そうなるな。しかし……どこにいるのだろうな? この三人のうちの誰かなのか、この村の中にいるのか、それより少し離れた地点にいるのか……もうこの場を去ったのか」
いずれの可能性もあるため、捜索には難儀しそうな予感はある。
オーグリーがこれについて、意見を述べる。
「この場を去った、というのは考えなくてもいいんじゃないかな。流石に結果を見ずには帰らないだろうし、まだ《ゴブリン》はここにいる。一応、三人組で計画を立てながら動いているようだし、失敗したらしたでまた、会合を持つ予定もありそうだよ」
「確かにな。まぁ、仮にもうこの場を去っていたとしたら、最悪、《ゴブリン》を締めあげて聞けばいい……奴にはマーキングをしてある。どこに逃げようとも捕捉できる」
ロレーヌがさらっと言ったマーキングというのは魔術的手法による位置把握手段だった。
通常の魔力を探知する方法とは異なり、特定の人や物に特殊な術式をかけることにより、ただ魔力だけを探知するよりもはっきりと、遠くまでその位置を把握できるというものだ。
言わずもがな、この方法もまた、かなり高度なものである。
黙ってかけることもさることながら、どの程度の距離まで追えるかは術者の技量による。
ロレーヌはどこに逃げようとも、と言っているあたり、かなりの長距離まで追える自信があるということだ。
ロレーヌに捕捉されれば地獄の底まで追いかけられるわけだな。
おそろしい……。
「今すぐに《ゴブリン》を締めあげる、という方法もあるぞ」
《セイレーン》は《ゴブリン》の仲間であり、《セイレーン》の正体も、フェリシーたちを起こし、正気に戻す方法も知っていることだろう。
だから、単純にその方法によるのが効率が良さそうなのは確かだ。
とはいえ、これについては二人とも、賛成はしないだろ。
実際、俺の言葉にロレーヌが首を横に振る。
「今の段階で締め上げると、フェリシーたちを人質に使われる可能性があるからな。可能な限り、私たちはまだ、《ゴブリン》たちの思惑には気づいていない、という態度を取る必要があるだろう。フェリシーたちを見捨てるというのなら別にそれでも構わんのだが……そういうわけにもいかんしな」
これにオーグリーも同意する。
「おそらくは、フェリシーたちは僕たちに巻き込まれた感じだろうしね。ここで彼女たちの命なんてどうでもいい、というわけにはいかないよね……」
俺としても、一応言ってみただけで、本気でそうしようと思っていたわけではない。
二人ともこういうだろう、と思っての確認だった。
「しかし、そうなると難しいな。とりあえずは……外を探索してみるか? 意外とその辺の草むらから飛び出してくるかもしれんぞ」
ロレーヌが冗談交じりにそう言うが、絶対にありえないとは言えない。
この辺りで隠れる場所なんて、草むらとか森の中とかそんなところだ。
「他の村人たちの様子も見ないとならないもんね。ただフェリシーたちは放っておけないから……ロレーヌ、三人のことを見ていてくれるかい? 僕とレントで外を見てこよう。それで何も見つからなかったら、改めてまた相談……ってことでどうかな」
オーグリーがそう提案する。
俺とロレーヌは少し考え、この状況では他に手の打ちようがないな、と視線で会話した上で、オーグリーに二人そろって頷いた。
それから、ロレーヌは、
「あぁ、見てるのは構わんのだが、その前にこの男をこっちのソファに運んでくれないか? いつ目覚めるかは分からんが、目が覚めたとき、ベッドの上で男と一緒に、なんて状況だったら、この二人の女性も驚くだろう」
と言った。
今、意識のない三人は同じベッドの上に適当に転がされている状態だ。
確かに意識が戻った時、いきなり男の顔が目に入ったら、それが美男子であったとしても驚くだろう。
「それくらいお安い御用さ」
と、オーグリーが言って、男をひょいと背負い、ソファに運ぶ。
俺がやっても良かったが、オーグリーの方が位置的に近かったから即座に動いたのだ。
オーグリーはあれで結構腕力がある。
冒険者だから当然なのだが、その中でも力は強い方だ。
そこまで筋骨隆々という感じでもないと言うか、どちらかというと細身の男なのだが、人は見かけによらないものである。
運びながらオーグリーが、
「……ん?」
と少し首を傾げる。
何があったのか、と思い、
「どうかしたのか?」
と尋ねると、オーグリーは、
「……いや。なんかどこかで……まぁいいか。なんでもないよ」
と意味ありげなことを言って、男を下した。
それから、俺とオーグリーは三人をロレーヌに任せ、村の様子を見に行くために、部屋を出たのだった。