第425話 塔と学院、解ける誤解
「……心配せずとも分かっているとも。とにかく二人とも、中へ」
ロレーヌが少し呆れた顔をしつつ俺たちを自分の部屋の中に招く。
オーグリーはすぐに慌てた表情を引っ込め、肩に担いだ二人諸共中に入っていく。
俺はオーグリーの背後に誰もいないことを確認した上で、ロレーヌの部屋の中に入り、扉をきっちりと閉じた。
◆◇◆◇◆
「やっぱり、同じか」
とさり、と荷物をベッドの上に降ろしたオーグリーがそう言った。
そこには今連れて来た二人とは別の、もう一人がすでにいる。
俺やオーグリーのやり方とは異なって、その人物は魔術によって縛られていた。
光の輪が手足を縛っている。
かなり高度な魔術になるだろう。
俺にもオーグリーにも逆立ちしても使えそうにない。
魔術は自らの体から距離が離れれば離れるほど、また時間が経過すればするほどに維持するのが難しくなってくる。
魔道具を使えばまた話は別だが、そうではなく、術式のみでこのような魔術を維持するのは規模の割に難しいのだった。
ちなみに、捕まっているのは男だ。
見れば結構な美男子で、こんな田舎村では中々見ないタイプである。
見目麗しい人間というのは、男女問わず、小さいころに都会から来た人間に連れていかれることが少なくないからな。
別に奴隷、というわけではなく、店の見習いとか、いずれ養子に、とかそういうことが多いのだ。
あんまり治安のよくないところになるとまさに奴隷に、なんてこともありうるだろうが、一応、ヤーランでは奴隷は違法である。
大っぴらにやっている人間はいない。
だからといって存在しないわけでもないのがちょっとあれだが、こればっかりは人間の闇である。
いかんともしがたい。
騎士団やら自治団やらが頑張ってもいたちごっこなのだった。
「そういうことだな。だから、オーグリーがあられもない姿の女性を担いでいようと、その先導を怪しげな仮面の人物が務めていようと、どこかの奴隷組織の一員が密かに若い女性を気絶させて連れて行こうとしている、などとは思わんということだ。そもそも、奴隷商売はヤーランではやりにくいし、儲からん。今のお前たちならそんなことするより普通に冒険者稼業をした方が安全かつ手っ取り早く稼げるだろう」
フォローなのか妙な信頼なのか、合理的理由があるなら俺やオーグリーが奴隷稼業に手を染める可能性があることを前提にした台詞である。
……流石に冗談だろうが、ともあれ。
「この男は……色仕掛けを?」
オーグリーがその辺に特に突っ込むことなく、ロレーヌに事の経緯を尋ねる。
「あぁ……何か話があるというのでな。入れて、少しはまともに会話をしていたのだが、唐突にのしかかろうとしてきたので、とりあえず土の矢を打ち込んで気絶させておいた」
「また、物騒な……あれ、直撃すると相当痛いんだけどね」
オーグリーは震えるようにそう言った。
土の矢は土の塊を打ち出すと言う基本的かつ単純な仕組みの魔術であるが、それだけに魔術師の技量を正確に反映すると言われている。
ロレーヌくらいの魔術師が本気で放てば鉄板数枚くらい打ち抜くことも容易だ。
それを……ただの村人に?
「おい、こいつ生きてるのか……?」
俺がつい、そんな疑問を口にした。
「当たり前だろう。いくら私でもこんな小さな村で、どんな理由があるにせよ、いきなり人を殺すのはまずいということは分かる。お前たちだってそうだろう?」
「まぁ、ね」
「そりゃそうだ」
人のことを糾弾しておいてなんだが、それこそ当たり前の話だった。
加えて、他にも理由があるのは当然のことで……。
ロレーヌは静かに静音魔術を形成し、それから本題に入った。
「で、だ。こいつらは《セイレーン》本人か、その仲間かと思うんだが、どうだろう?」
おそらくは気絶しているだろうとは思うが、ベッドの上の三人にも聞こえないように範囲が設定されているようだ。
俺は安心してその質問に返答する。
「俺たちもそれを疑ってる。ただ、三人もいたとなると……今後どうするか難しいな。他にもいる可能性がある。それに……何か、変な感じがしなかったか?」
「……確かにな。何か、突然人が変わったように襲い掛かって来た。あれは……演技というよりも……」
ロレーヌが顎を摩りながらそう言う。
さらにオーグリーも言う。
「僕のところに来たのはフェリシーだったけど……覚えてる? フェリシー」
「あぁ。酒場で紹介された少女だろう?」
「そうそう。あの娘なんだけど、やっぱり様子がおかしかったよ。僕はすぐに気絶させたわけじゃないんだけど、捕まえたら獣のように暴れ出してね。まるで正気を失ったかのようだったよ。あれは自分の意志で動いている、というようには見えなかった」
つまりは、そういうことである。
俺とロレーヌは比較的さっくり気絶させてしまったが、何か変だなという気はしていた。
それは、俺たちを訪ねて来た彼らにはどことなく、本人の意思の気配のようなものが感じられなかった、ということだ。
人形が何かの命令に従って動いている。
そんな感覚である。
ただ、確定するのは早いだろうが、確認する必要があるだろう。
「魔術の気配はない。ただ、起こった出来事から考えると、その可能性は十分にあるだろうな。彼らは、操られていた。そういう可能性が……確認しなければならないが、誰か一人、起こすか」
「また暴れられたらどうしようね」
肩を竦めつつ、オーグリーが言うが、
「それは仕方あるまい。もしそうなっても、魔術ではない以上、正気に戻す方法が分からん。その場合は再度、気絶させるか魔術で眠らせて、早いところ《セイレーン》本人を捕まえるしかないだろうな」
確かにそれはその通りだ。
「なら……とりあえずはまだ、騙されている風を装っていた方が良さそうだな。気づいたと思われて逃げられたら困る。それと、村の様子も見に行った方がいいだろう。フェリシーたちの他にも、同じような状態になっている村人がいるかもしれない」
「……村人全員とかだったらどうする?」
オーグリーが不吉な台詞を言った。
これにロレーヌは頷き、
「なるほど、《舞台を整える》か。村人全員を役者にする、という意味だったのかもしれんな」
恐ろしい同意をしてくれたのだった。