第421話 塔と学院、故郷
「まぁ、今のは仕方なかったろ。繁殖期の飛竜に近づける方法、なんてそう簡単に、しかも流れの冒険者になんて教えられるわけないからな」
俺が若干残念そうなロレーヌにそう言えば、頷く。
「確かにな。私個人としては知りたかったところだが……こればっかりはどうしようもあるまい」
ロレーヌの知的好奇心は強い。
間違いなく、知りたいことだろうが、それなりに常識はある。
とっ捕まえて拷問してでも、などと考えるほど極悪でもない。
かといって完全に善人というわけでもないだろうが、良心はある。
ああまで拒否されたら無理に聞き出そうと思わないくらいには。
「だけど、別にその方法が使えないなら使えないで構わないしね。正攻法で行けばいいだけだ」
オーグリーがそう言った。
正攻法、というのは極めて単純な方法である。
突撃だ。
もちろん、そうすれば飛竜が襲い掛かってくるのは確かだが、全部倒して進めばいい。
水色飛竜は全身が素材になるから、それなりにいい儲けになるだろう。
魔石も水属性のついた、使い方が豊富なものだ。
問題は、果たしてそんなにたくさん倒せるのかという話だが、俺では無理だ。当然だ。
オーグリーは?
オーグリーでも無理だろう。
では誰がやるかと言えば、我らが大魔術師ロレーヌ様である。
なんてふざけて茶化すと怒られそうだが、実際、まっすぐに水色飛竜の群れに突っ込むとなると、一番活躍するのはロレーヌになる。
なんだかんだ水色飛竜は空を飛んでいるがゆえに強力な存在なわけで、風の魔術でもって地面に落としてしまえば俺やオーグリーでもなんとかすることは可能だ。
もちろん、数十匹数百匹となると無理だろうが、飛竜はどんな種類でもそこそこ賢い。
数匹正面から打ち倒せば、向こうからはほとんど近寄ってこなくなる。
それでもまだ襲い掛かって来る奴、というのもいるだろうが、それこそ一匹ずつなんとかすればいいしな。
仮に、無理そうであれば逃げ帰ってくることも念頭には置いている。
無茶はする気はない。
こうなると、失敗しても失敗扱いにしないでくれると冒険者組合職員が言ってくれていたのが本当にありがたい。
「それはいいんだが……私も努力はするが、流石に数百匹一斉にかかってこられたら逃げるからな。むやみやたらに水色飛竜を殺してもいいことはない」
ロレーヌが言うのは、懐具合的なこととは関係なく、環境への影響を懸念してのことだろう。
水色飛竜がいるお陰で、この辺りの魔物は間引きされているという面もあるだろう、とロレーヌは言った。
ゴブリンとか、そういった弱めの魔物はより上位の魔物のいい餌だからな。
良く増えるし、よく食われる……。
ただ、こういう小さな村の人間にとってはゴブリン程度であっても脅威だ。
それを減らしてくれる水色飛竜はありがたい存在だろう。
ちなみに、飛竜が自ら人間を襲うことは少ない。
というか、高度で強力な魔物になればなるほど、自ら好んで人間に襲い掛かることは少ないのだ。
それは、人間よりも魔物を食べた方が魔力的な栄養という部分で効率がいいからだ、と言われている。
それでも全くないと言う訳でもなく、必ずしも安心できるということでもないが、ゴブリンのように積極的に人に襲い掛かる魔物よりはずっとましだ。
「もちろんさ。この村に害を運んできたいわけじゃないからね……さて、そろそろ宿に戻ろうか。明日のことを考えると、もう、いい時間だ」
外を見れば、月が時間を教えてくれていた。
明日やらなければならないことを考えると、今日のところは早めに寝て、明日は早朝から活動した方がいい。
となると、もう寝た方がいいのは確かだった。
「そうだな……じゃ、宿に戻るか」
俺がそう言うと、二人は頷く。
店主に少し多めに料金を支払い、俺たちは店を出たのだった。
◆◇◆◇◆
宿につくと、三人はそれぞれ別々の部屋に入った。
店主には同じ部屋で構わない、と話していたのだが、ほとんど人の訪ねることのない村である。
部屋も余ってるし、別々に使ってくれて構わない、と言ってくれたのでその言葉に甘えたのだ。
加えて、三人部屋というのがそもそもなく、それを作るにはベッドを運ばないとならないから却って面倒だ、というのも悪びれずに言ったところは田舎村の宿の亭主らしかった。
宿の、自分に与えられた部屋に入ると同時に、オーグリー・アルズは部屋の灯りを消してベッドに横になる。
灯りを消してもなお、周囲の景色が見えているのは、旧友たちとこうして、一緒に冒険を出来ていることに対する喜びが、オーグリーを興奮させているからかもしれなかった。
天井の、何か顔のように見えてくるシミを見つめていると、なぜかそれが昔の知り合いたちのそれに見えてくる。
自分の故郷が思い出された。
あそこには何もなかったなと、そんな風に。
いや、本当に何もなかったというわけではない。
そうではなく、オーグリーが欲するものが何もなかったのだ。
プライドばかり高く、可能性を探ろうともしない人々にオーグリーは飽き飽きしていた。
あんなところにずっといて、少しずつ魂が腐っていくのだけは耐えられなかった。
だからこそ、オーグリーは冒険者になった。
あの頃の知り合いたちがその話を聞けば、間違いなく鼻で笑って馬鹿にするだろう。
一体何をくだらないことをしているのか、と。
別にいい、と思う。
お前たちには何も分からない、と。
……いや。
一人だけ、分かってくれる人がいる。
「……爺ちゃん……」
今もまだ、生きているのだろうか。
わからない。
故郷を出るとき、決めたのだ。
もう二度と、あそこには戻らない、と。
けれど、今は……。
なんだか、戻ってもいいような気もしていた。
レントやロレーヌ。
彼らと話していると、自分のルーツの重要さに気づく。
戻らない、と決めたのは決意ではなく、ただの逃げだったのではないのかと、そんな気すらしてきている。
だから……。
そう、だから。
「今度、会いに行こうかな……レントと、ロレーヌも連れて……」
ぽつり、と呟きつつ、オーグリーの瞼は徐々に重くなっていった。
そして、視界は暗闇に沈んだ。