第420話 塔と学院、交渉
ペトレーマ湖、というのは今回の俺たちの最終目的地である。
このルーザ村は、そのペトレーマ湖に最も近い村であり、だからこそ滞在地に選んだわけだ。
ペトレーマ湖にはいくつかの貴重な素材が存在しており、それを目当てに俺たちは来た。
つまり、水猫や泥魔導人形、それに飛竜天麻という俺たちの目的とする素材がすべてそこには揃っているのだ。
しかし、その割にはこのルーザ村に来る冒険者は少ない。
というのも、俺たちが捕獲、採取しようとしている素材はともかく、ペトレーマ湖でとることの出来る他の素材については、別のところで、かつ簡単に採取できるものが大半であり、わざわざこんな田舎くんだりまでくる必要がない、というのが大きい。
俺たちがここに来なければならなかったのは、俺たちの目的とするものを一度に、というか期間内にまとめて採取できるのがここしかなかったためである。
他の地域で採ろうとすると、移動だけで一週間かかってくるからな。
そもそもまとめて一度に取ろうとするのが間違いなのだ。
どれか一つだけなら、二日で何とかなるのである。
オーグリーが無理に予定を突っ込むからこんなことに……と思わないでもない。
が、別に彼からすれば無理に入れた、というよりも十分に可能だと思ったから入れたんだ、という話になるのだろう。
実際、出来ると思われるので何とも言えない。
計画力はあると評価していいだろう。
腹が立つ。
「ペトレーマ湖の様子、ですか……?」
おっと、それよりも今はこのフェリシーという女性から話を聞いているんだったな。
骸骨仮面の俺や、孔雀服のオーグリーが尋ねるより、落ち着いた雰囲気のロレーヌが話した方がいいだろうと質問は彼女に丸投げである。
「あぁ。私たちはそこでいくつかの素材の採取を予定しているんだが……」
ロレーヌがそう言った途端、フェリシーは焦った様子で、
「えっ! だ、だめですよ! 今の時期は飛竜の繁殖期で……気が立ってるんです。湖に行ったら、間違いなく襲い掛かられますよ!」
と言った。
ペトレーマ湖は飛竜の繁殖地で有名である。
飛竜には様々な種類がいるが、その中でも色飛竜と呼ばれるものの一つ、水色飛竜が好んでそこにやってくる。
通年、そこにいるというわけではなく、何年かに一度、特定の時期にやって来て、卵を生み、子供が孵ると飛べるようになるまでそこで育て、そして冬が来る前に温かい地域へと飛び去って行く。
フェリシーが言うのは、今がまさにその時期であり、容易に近づくことは出来ない、ということだ。
しかし、ロレーヌは言う。
「それについては知っている。飛竜天麻を採取するつもりで来たんだが……あれは飛竜がいるところにしか生えない植物だからな」
「あぁ、飛竜の排泄物が肥料なんだったか?」
俺が前に読んだ本を思い出してそう言うと、ロレーヌは頷く。
「そうだ。と言っても、仮説に過ぎないがな。飛竜については小型のものなら飛竜便とか竜騎士なんかが従えていることもあって、飛竜天麻を人工的に栽培する実験も行われたことがあるようだが、自然のものよりも大きくはならなかったそうだからな。何か他にも必要な条件があるのだろう、ということだ」
「一応、栽培は出来たってことか?」
「あぁ。ただ、数や質が流通に回すには不十分だと言う。経済的にも微妙だとな。採ってきた方が早いし質もいい。あまり有用な実験ではなかったそうだ」
色んなところで色々なことを色んな人がやっているのだな、と思う。
この話は俺が読んだ本には載ってなかったな。
書くほどのことでもないからか、秘密裏に行われたか、俺の勉強が足りないからか……その全部かな。
「おっと、話がずれた。フェリシー、と言ったか。そういうわけで、飛竜がいることは分かっているんだ」
ロレーヌがフェリシーにそう言うと、彼女は難しそうな顔で、
「でしたら、諦められた方が……」
というが、ロレーヌは首を横に振る。
「冒険者の辞書にその言葉は載っていないな……というのは格好つけすぎかもしれないが、無理ではない、ということも分かっている。少数だが、たまにこのルーザ村から飛竜天麻が、まさにその飛竜の繁殖期に出荷されたことがある記録があるらしいではないか。つまり、飛竜の繁殖期であっても、ペトレーマ湖に近づける、何らかの方法があるのではないか、と思ったのだが……」
これは王都で調べたことだな。
一応、ここに来る前にルーザ村に来たことのある行商人を探し、何人か声をかけてここのことを聞いている。
その際に、その話を聞いた。
ヤツールはそんな行商人のうちのひとりだった訳だ。
まぁ、本当は行商人ではなかったわけだが。
それとも、行商人の副業で間者をやってるのかな?
いかにもありそうなことだ。
情報集めには便利そうだし、こういうとき、すんなりと色々なところに潜り込めそうだしな。
俺たちは、今は気づいているにしても最初は普通に信じて彼の馬車に乗せてもらったのだから。
ロレーヌの言葉に、フェリシーは目を見開き、
「そ、それは……」
と口ごもる。
どうやらあまり知られたくない話だったようだ、とそれで分かる。
なぜだろう?
繁殖期の飛竜の縄張りに近づける何かがあるのなら、それは非常に有用な気がするが……。
有用すぎて明かせないと言うこともあるか。
飛竜は、特にその子供の頃、卵もそうだが、捕まえてやれば高値で売れる。
小さいころから育てると人に懐くからな。
竜騎士や飛竜便に使う飛竜はそう言った方法に加えて、それぞれ特殊な調教方法でもってその役割にあった育て方をしているらしいが、基本は小さいころからの刷り込みだ。
大量に飛竜の子供や卵を確保できる手段があるのなら、それはどの国でも欲しがるものだろう。
その予想が当たっているのかどうか分からないが、ロレーヌも似たような推測をしたようだ。
「……話しにくいことがあるのかな? なんとなく分かる。ただ、私たちは本当にただ、欲しい素材を手に入れたいだけだ。そしてそれは、飛竜の雛や、卵ではない。もし、その“方法”が、私たちに明かせないものだというのなら……そうだな、道案内をしてくれる、というのならどうか? もちろん、報酬は出すし、色々なことについて、口を噤むことを誓おう」
しかし、これにフェリシーは、
「……すみませんが……だめです!」
そう言って、その場から脱兎のごとく、走り出し、店の外へと消えていく。
それを見て、ロレーヌは俺たちに、
「……すまん。交渉失敗だ」
と申し訳なさそうな顔で言ったのだった。