第403話 塔と学院、仮面の話
「殿下の疑問にお答えしますが……まず、なぜ銅級の私が銀級の二人とパーティーを組んでいるのか、というものでしたね」
「ええ」
「それについては我々三人とも、元々辺境都市マルトで活動していた冒険者だというのが大きいでしょう。加えて、ロレーヌは駆け出しの頃から、オーグリーは銅級だったときからの知り合いでして、そこに上下の差はなかったのです」
今は出来てしまったけどな。
特にオーグリーが銀級に上がってしまったのは意外なことだったが、別にもともと全く実力がなかったとか将来のなさそうな存在だったというわけでもない。
いずれ上がるだろうと言うのは分かっていたし、覚悟はしていた。
それが思ったよりも早かった、というだけだ。
嫉妬と言うのは特にない。
なぜなら、今まで同じ銅級だった同僚に追い抜かれていく、という経験はこの十年で嫌と言うほどしたから。
それに、俺の夢は自分が神銀級になることであって、他人がどうこうというのは基本的に関係のないことだと言うのも大きい。
「そうでしたか……ですが、今もパーティーを組まれているというのは少し変わっているような?」
それはその通りだろう。
俺たちは俺とロレーヌはともかく、オーグリーの活動地は王都だからな。
そう言った細かい事情を王女殿下は知らないだろうから、余計にそう思うのかもしれない。
王都にやってきた冒険者と言うのはどんどん上を目指す。
クラスが離れれば、今までのパーティーは解散だ、なんてことも珍しくないと言うか、むしろ多いと言った方がいいだろう。
これは薄情というわけではなく、力に差が出来てしまった者同士で組んでいても後々結局困ってしまうからだ。
強い者が弱い者を守るために力を大きく割かなければならなくなって、実力を発揮できないような状況になることは良くない。
冒険者組合としてもその辺りには問題意識があるようで、そういう者に対するパーティーメンバーの斡旋は比較的熱心に行っている。
新人に対してはあまりしない癖にな……新人はどんどん数が減るからそこで淘汰してしまった方が効率的と考えているのかもしれない。
世知辛いことだ。
「おそらくそのご質問はこの間の、殿下方と行き会った時のことをおっしゃっているのだと思いますが……」
「そうです」
「でしたら、あれはあくまで臨時でパーティーを組んでいたに過ぎません。普段は、私とロレーヌはマルトで、オーグリーは王都で活動しておりますから、固定のパーティーというわけではないのですよ」
この言葉に、王女は納得したように頷く。
さらにこのあと、おそらくはなぜ、と質問が来るだろうと思ったが、あまり突っ込まれたくないところなので俺は続ける。
「それとこの、骸骨の仮面についてですが……」
「ああ! それはすごく気になっておりましたの!」
ぽん、と品よく手を叩いて頷いた王女殿下である。
どうやらうまいこと話題逸らしに成功したようだなと悟る。
ちなみに、俺が聞かれたくなかったこととは、なぜマルトから王都に来ていたのか、と言う点だが……まぁ、冒険者だからな。
聞かれてもいくらでも欺きようはある。
ただ、後で嘘をついたな、とか言われても困るので可能な限り嘘はつかないようにしたということだ。
それにしても王女殿下の食いつきがいいが、それも当然だろう。
仮面を被っている冒険者と言うのはそれほど珍しくもないが、こんな骸骨の不気味なものを選ぶ者は少な目だからな。
全くいないわけではないが、滅多に見ない。
昔、マルトを歩いていたのを一度か二度、見かけたかな、というくらいだ。
普通の仮面なら結構いるんだけどな。
鳥とか猫とか犬とかそういう系の奴。
変わったところだと、物凄い抽象的なモチーフの奴とかだろうが、そういう奴は本当の変わり者だ。
近づかない方がいい。
待てよ……俺もそんな感じで見られている可能性もなきにしもあらずだよな……?
あまり気づきたくない事実に気づいてしまった俺だった。
ともあれ、気を取り直して続ける。
「これについても、それほど込み入った話があるわけでもなくて申し訳ないのですが……」
「そうなのですか?」
「ええ。以前、顔を怪我したときに、治癒術や回復薬などで治癒出来るまで隠そうと思いまして。知り合いに何か適当な仮面を買ってくるように頼んだのですが……その知人が持ってきたものがこれでした」
「……お怪我はまだ?」
これは治っていないのか、という質問だろう。
しかしこれについての答えは明確だ。
「いえ、もう治癒しました」
「ではなぜまだつけて……」
首を傾げる殿下に俺は言う。
「この仮面はどうも、かなり変わったものでして……外れないのです」
この言葉に反応したのがナウスだ。
「まさか、呪物ですかな?」
なんてものを持ち込んでくれるのだ、という顔をしている。
しかし、俺は首を横に振った。
「いえ、そうではないようです。もし仮に呪物なのだとすれば、ここには持ち込めないのでは?」
ここは王宮だ。
そう言ったものに対する対策は通常の場所の比ではない。
これにナウスは、
「……ふむ、確かに……。とはいえ、絶対と言うわけでもありませんからな。昔のことになりますが、強力な呪物を持ち込んだ曲者もおります」
「そんな人物が……」
実際問題として、俺自体が曲者だしな。
魔物だ。
入れている時点で例外なく入れないと言う訳ではないのは分かる。
とはいえ、ナウスの言っていることはあくまで例外、という扱いで俺は続ける。
「ですが、私は違います。それにこの仮面も。これは……どうも、神具に近い、らしいとのことです」
「神具……?」
「ええ、私はわずかですが、聖気を宿しておりまして……」
言いながら、ふわり、と聖気を可視化して放って見せる。
以前は出来なかったが、最近出来るようになってきた技術だ。
吸血鬼の技を学んだ辺りからかな……何か、共通する部分があるような気がしている。
どこが、と言われるとよくわからないが。
「……確かに、これは聖気の輝き……」
ナウスが頷く。
「これは、私が以前、うち捨てられてた小さな祠を気まぐれに修理したとき、そこに宿る精霊がまさに気まぐれでくれたものです。ですので、これほどに弱いのですが……その精霊にもう一度会う機会がありまして。仮面について聞いてみたら、神具に近い、とのお話をされました。詳しくは分からないと言われてしまいましたけど」
あいつはもっと細かく説明しろ、と未だに思うが、神や精霊というのはそういうものである。
こればっかりはどうしようもないというのが正直なところだ。
「神具……」
俺の説明に驚いたのか、王女殿下は、ほう、とした表情である。
……いや?
何かこれは違う気もするな……。
「ナウス、これは……」
殿下はそれから、ナウスの方を見て、何かアイコンタクトをした。
主従の間で何らかの情報伝達が行われたことは分かるが……何なのだろうな。
俺はロレーヌとオーグリーと顔を合わせるが、彼女たちにも分からないようだ。
精霊についてはありふれた話だし、仮面についてもよくわからない、というだけの情報なのでそれほど隠す必要はないと思い口にしたが……もしかしたらまずいことを言ったかも、と思った俺だった。