第402話 塔と学院、自己紹介
「……失礼いたします、王女殿下。ナウスでございます。本日はジア王女殿下のお客様をお連れ致しました」
二人の屈強そうな騎士が完全武装で両端に立っている大きな扉を軽く二度、叩いてナウスがそう告げた。
俺たちは彼の後ろで直立不動である。
怪しいことを可能な限りしないようにという意思からだ。
……直立不動なのは俺だけか。
ロレーヌとオーグリーは大分余裕そうというか、いつも通りである。
二人とも慣れているのか?
考えてみれば、二人は銀級冒険者だ。
高位の貴族からの依頼を直接受けたことだって何度もあるだろう。
キャリアの違いを察して俺は人知れず涙する。
いや、あんまり気にしないけどな。
……本当だぞ。
……早く銀級になろう……。
最近色々あって依頼をさほど受けられていないから試験を受けるための条件が満たせていないが、時間が出来たら依頼を受けまくって銀級試験に申請しよう。
心の底からそう決めた俺だった。
問題はその実力が今の俺にあるかどうかだが……こればっかりは受けてみないとわからないな。
一応、銀級相当の魔物は倒せるようにはなっているし、条件さえ良ければ金級推奨の魔物も倒すことが出来てはいる。
タラスクなんかはあれで金級向けだからな。
ただ、あれは毒の対処が大変だから、という非常に特殊な条件下で、完全毒無効といういわば反則を俺が持っていたからなんとかなったに過ぎない。
だから、やっぱり今の俺の実力を正確に評価するなら、銀級くらい……ということになるのだと思っている。
たぶん……いや、もしかしたら銅級上位くらいなのかも……自信が……。
と後ろ向きな考えに至りそうなところで、ナウスの叩いた扉の向こうから返事があった。
「……ナウス。どうぞ、お入りください」
「では、失礼いたします」
ナウスがそう言って扉を開き、まず先に中に入ってから扉を押さえつつ、俺たちを中に招いたので、ぞろぞろと中に入らせてもらった。
◇◆◇◆◇
入ったところで、ナウスが部屋の中央に立っている十五、六歳くらいの豪奢……でもないか。一般に比べれば豪奢だが、王族としてはそれなりのドレスを身に纏った少女に、俺たちについて説明する。
もちろん、その少女はこの国、ヤーランの第二王女、ジア・レギナ・ヤーランだ。
以前見たままだ。
「王女殿下、こちらは、先日街道で襲撃された際に助太刀していただいた冒険者の方々です」
その上で、目配せをしてきたので、自己紹介をしろ、ということなのだろうと察する。
俺からかな……とちょっと思ったが、しかしまずロレーヌが先んじて口を開いた。
「ジア王女殿下、ご機嫌麗しゅう。私の名はロレーヌ・ヴィヴィエ。辺境都市マルトにて、しがない学者として身を立てている者です」
仕草も非常に洗練されていて、流石、大陸一の大国、帝国出身だけはあるな、と感心する。
また、ロレーヌがそこまで言ったところで、王女は首を傾げ、
「学者……? 冒険者なのではないのですか?」
「冒険者もしておりますが、そちらはどちらかと申しますと副業でございます。本業は学者、ということになります」
「そうでしたか……」
ロレーヌの答えに納得したのか、王女はそこで口を閉じ、続きを待つような様子に戻った。
続き、つまりは俺たちの自己紹介だ。
次こそ俺が……と思っていると、その前にオーグリーが口を開く。
「王女殿下、ご機嫌麗しゅう。銀級冒険者、オーグリーと申します。本当はもっと正確な名前があるのですが、舌を噛みそうなほどに長く、王女殿下をそのような苦難に付き合わせることは心苦しく思いますので、これでご勘弁頂きたい」
かなり砕けた、というか、不敬と言われるか言われないかギリギリのところを攻めた挨拶に思えるが、王女も侯爵も微笑んでおり、どうやら問題ないらしいと言うことが分かる。
貴族の線引きというのはあいまいで、人によって、また地域によってかなり異なるものだから分かりにくいのだが、オーグリーはその辺りをよくわかっているらしい。
王女はオーグリーに言う。
「まぁ……それほどに長い名前をお持ちなのは、ご出身の部族か何かの慣習ですか?」
「ええ、まさにその通りです。私としましても、もっと短く口にしやすい名前をと思ったのですが、まさか生まれる前に戻って両親にそうしてくれとも言う訳にもいかず、さりとて名前を捨てるわけにも参りません。仕方なく、人に名乗るときは相手の迷惑を考えて、もっとも呼びやすい部分を口にしている次第です。もちろん、本来の名前を名乗るようにとご命令いただければそのように致しますが、その場合は紅茶とお菓子のご準備を。飲み終わるまでには終わるといいのですが……」
「ふふ……いいえ。構いませんわ。ナウス、そうですわね?」
ジア王女の確認にナウスは頷き、
「殿下がそうおっしゃるのであれば」
と答えた。
本当にいいのかな、と思わないでもないが、どのような人物かは銀級冒険者として登録されている時点で、冒険者組合に確認すれば分かることだ。
もちろん、組合も貴族の権力をかさに着た、高圧的な身元照会には応じないが、簡単なそれには、特に王宮からのものには答えることの方が多い。
冒険者組合と国との関係は、完全に独立しているというわけではなく、かなりの部分、国に従属している。
国からの命令はそうそう無碍には出来ないわけだ。
しかし、他国の冒険者組合とも緩やかな繋がりがあり、反対に国からあまりにも問題のある要求が為された場合には抵抗することもある。
微妙な関係なのだ。
ともあれ、オーグリーについては問題はないだろう。
続けて、ジア王女の視線が俺に向く。
ロレーヌとオーグリーのそれもだ。
俺はちょっとだけ緊張しつつ、口を開く。
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下。銅級冒険者のレント・ヴィヴィエです。お見知りおきを」
失敗したくないというのと、今ここにいる三人の中で最も冒険者としての階級が低いこともあり、時間は短めの方がいいかなと思ってかなり簡潔な自己紹介になった。
説明すべきこともあまりないというか、自意識過剰かもしれないが王女殿下に興味を持たれたくないというのもある。
ただでさえ、変な仮面を被っている俺だからな。
静かにしているのが一番だと思ったのだ。
けれど、案の定、というべきか、無意味な努力だったようだ。
「銅級でいらっしゃるのですか。ですが、銀級のお二人とパーティーを? それにその骸骨の仮面は……何かご事情でも? あぁ、そういえば、ヴィヴィエ、というのはロレーヌさんと同様のファミリーネームですわ。何かご関係が……」
などと、次から次へと質問が出てきてしまったからだ。
確かにいずれも気にかかるところだろうが……大半は、俺が不死者になってから何度か聞かれたことである。
答えるのはさほど難しくないだろう、と思い、俺は返答する。