第400話 塔と学院、門番との問答
「……レントと言う者だ」
俺がそう名乗ると、堀を跨ぐように王宮まで続く橋の手前、頑丈そうな石造りの門の前に立つ二人の兵士のうち、一人が怪訝そうな顔で俺をみた。
当然だ。
彼にとって、俺の名前は初めて聞くそれであるのだろうから。
「……どこの人間だ? 何をしに来た」
案の定、門番は予想できた台詞を俺たちに向かって吐く。
そう、俺たちだ。
俺とロレーヌとオーグリー。
あれからしばらく世間話をし、会議は切り上げたが、次の日になってから、三人で連れ立って、王城へと来たというわけだ。
一般国民が住んでいる市街区を抜け、貴族街に入った時は流石に緊張したが、エーデルの手下の調査通り、何の警戒設備も機能することなく、普通に抜けることが出来た。
それなりに貴族の屋敷を警備するため門の前に立っていた門番の皆さんには怪訝な目で見られたが、彼らは基本的にそれぞれの貴族の私兵であるために、屋敷の門から自らの意思で離れて中途半端に怪しい奴を追いかけたりはしてこない。
まぁ、武器を振り回したり魔術をぶっ放しながら「俺は不死者だ! 偉大なる吸血鬼、ラウラ・ラトゥール様の命により、この王都をぶっ壊してやるぜ!」とか言ってたら流石に通報されるだろうしすべての門番が飛び掛かってくるだろうけど。
いくらなんでもそんなことはしないがな。
そんなことをしたらヤーラン王国中が俺の敵になってしまうから。
……いや、それよりもラトゥール家が敵になる方がずっと恐ろしいが。
それだけやっても敵になる感じがしないところがなお怖い。
ラウラは微笑みながら、「遊んでいただけるならお望み通りに。それもまた、楽しそうです」とか言ってきそうだし、イザークはそんな主にノリノリで従うのだろう。
いやすぎる。
そもそも勝てる気がしない。
いずれ神銀級になったらあれを相手にしなければならない、と言われるとちょっと子供の頃からの夢も揺らぐくらいに。
……冗談だけど。
そんなくだらないことを考えつつ、俺は門番に答える。
「……銅級冒険者だ。今日は第二王女の……ジア・レギナ・ヤーラン殿下にご用事があってきた。決して怪しい者ではない。どうか、通してくれないか」
それは、正直に訪問の目的を述べた台詞なのだが、門番はあからさまに疑惑の深まった表情をし、続けて質問してくる。
まぁ、その視線は正しいだろう。
なにせ、俺は魔物だからな。
しかも不死者だ。
魔物の中でも忌み嫌われるほうである。
不死者のイメージと言えば、極め切った魔術師が魂を売ってなる、とか、この世を恨んで死んだ奴が復讐のためにそうなるとか、最悪なのだ。
とはいえ、そんなことは門番には分からない。
「銅級冒険者程度が王女殿下にご用があると? ……絶対にありえないとまでは言わないが……しかし、今日はそんな予定があるとは聞いていない」
極めつけに胡散臭い俺だが、その俺についても一応、考えてくれている辺り、この男は門番として誠実なのかもしれなかった。
他国ならここで門前払いだろうしな。
俺が門番だったら、俺みたいに怪しい男をいくら王女殿下に用事があると言ったからって王城に入れたりはしない。
だが、俺には切り札がある……というか初めから出せばよかったんだが。
俺は懐をごそごそといじり始める。
魔法の袋はもっているが、そこからすでに取り出しておいたのだ。
その方がぱっと出せるからね。
ぱっと……ぱっと出てこないな。
あれ、確かこの辺に……。
ごそごそ懐を探し回っている俺は、余計に怪しいらしい。
門番の右手が腰に下げた剣の柄にかかりかけている。
……これはまずい。
早く探さないと。
ごそごそ……ええと、うんと……あったあった!
それらしき手ごたえを感じた俺は、それを思い切り胸元から引き抜く……と同時に、門番の剣も引き抜かれた。
武器でも出したかと思ったのだろう。
しかし、俺の手に握られていたのはそんなものではなく……。
「……メダル?」
門番はそう、声に出した。
それから、引き抜いた剣を鞘に戻し、そして何事もなかったかのように俺に言う。
「ということは貴族の紹介か……いるんだよな、地方の小身貴族をだまくらかして、メダルを手に入れて王家に取り入ろうとする奴。お前もその口か……ん……!?」
話している門番の目にちょっとずつメダルを近づけていくと、流石に彼にも理解できたようだ。
驚いた表情で、
「こ、これは、アンクロ侯爵家の紋章!? しかも、これはナウス殿の……」
あんまりまじまじと観察したわけではなかったので分からなかったが、渡した個人が特定できる情報までメダルには記載されているようだ。
それこそこんなものもらったのは……いや、借りたんだっけ。
借りたのは、初めてである。
詳しい情報など知らない。知る機会がなかった。
マルトには大きな貴族など領主のロートネル子爵くらいしかいないし、その領主とだって俺は懇意だったというわけでもないからな。
せいぜいが、冒険者と関係を築くために、という建前でロートネル子爵が開いてくれたパーティーなどで一瞬遠くから見たことがあるくらいだ。
そういうパーティーでは、子爵は俺みたいな銅級と話している暇もなく、他の出席者……たとえば、組合長であるウルフとか、組合と関係の深い団体の長とか、そういう人々と話をしていて、近づくこともなかった。
まぁ、やろうとしても子爵の周囲にいる侍従などから止められるからな。
俺とは縁がなかったというわけだ。
ただ、そのうち会う機会はあるかもしれない。
なにせ、ロートネル子爵家はラトゥール家と関係が深いと言う話だったし、そのラトゥール家とかなり近しい関係に今の俺はなってしまっているからだ。
とはいえ、今のところはそんなに深く考える必要もないだろう。
「……お前、これをどこで?」
よっぽど、ナウスから奪い取ったんだろう、と言いたかったのだろうと思うが、門番はその言葉を飲み込んで冷静にそう尋ねた。
俺は答える。
「以前、殿下とナウス殿が魔物に苦戦しているところを道中、見かけたんだ。見過ごすことはできないと考え、助太刀した。こっちの二人も同様だ」
と、ロレーヌとオーグリーを示す。
「……そうか、お前たちが……。確かに、その話なら聞いている。招いたはずなのにいつまでも来ない、ということもな。だからこそ、もう来ないのだと思って頭から抜けかけていた」
これは、嫌味であると同時に事実なのだと思われた。
王宮に招かれたからと言って、全員が全員、それに応じるわけではない。
たとえば、脛に傷があり、それを明らかにされたくない者などは、来ることは出来ない。
俺など代表的で、警戒装置が稼働するならもうばっくれるしかなかったのは言うまでもない話だ。
俺ほど極端な例でなくとも、今は商人だが、昔は盗賊、とか、今は冒険者だけど実家の貴族家を出奔して偽名で活躍中、なんて者もいたりする。
そんな奴らはどれだけ名誉なことだ、と思っていても、こんなところにはこない。
だからこそ、門番としてもこれはもう来ないな、と思ったら記憶の奥の方に追いやってしまうのだろう。
それでも、記憶の片隅に残っているのだから偉いと言うべきでもある。
「色々と、事情があったんだ。わざとじゃなかった。直接、殿下とナウス殿に謝罪もしたい……通してくれるだろうか?」
俺の言葉に、門番は頷き、
「いいだろう……しかし、このままお前たちを三人で王城内に向かわせてもまた同じようなやり取りになる。俺も、中の侍従に取り次ぐまでついていこう」
と、親切に王城の入り口辺りまでの案内を買って出てくれたのだった。