第393話 塔と学院、手紙と階級
東天教の教会の内部は、外観からも想像されるとおり、荘厳であった。ただ、その宗教の教義にしたがっているからか、華美というわけでも豪華という感じでもない。
美しくはあるが、派手さの抑えられた神秘性の感じられる石像や壁画がそこかしこに見える。
いずれも、東天教の教典に書かれている出来事や人物を形どったものであり、それぞれのオブジェの前で東天教の教徒たちが祈りを捧げていた。そんな広間の中心には数十人は腰掛けられる長イスが何列も設置されている。
長イスに挟まれるように存在する、紫色の絨毯が敷き詰められた身廊がまっすぐに祭壇に向かって延びている。
祭壇の背後にはステンドグラスが見え、そこに刻まれているのは東天教が崇める東方の天使だ。
しかし、そんな部分すらも煌びやか、というよりかは、穏やかで静謐な空気を形作る装置のようであり、そこからこの教会堂全体に静穏な環境を広げているかのようだった。
「特定の宗教を信じるつもりはないが、それでもこのような場所に来ると、黙っていても伝わる何かを感じずにはいられんな」
ロレーヌが嘆息してそう言った。
帝国だとロベリア教が盛んなわけだが、ロレーヌは基本的に無宗教である。
そんな彼女ですら、何かをほんの一瞬、信じたくなるような、そんな気持ちにさせる場所だということだろう。
実際、神や精霊の加護というのは存在するわけで、信仰心をもってもいいのだろうが……。
別に深く信仰しているいないに関わらず、加護は与えられるというのが本当のところだったりするからな。
俺もロレーヌも、聖気を与えられているわけで、宗教団体的に言うなら、聖者、聖女、ということになるだろうけれど、あの祠の精霊を信仰しているのか、と言われると微妙な話だ。
感謝はしているのだが……まぁ、難しい話である。
「まぁ、分からないでもないが……しかし、やっぱりこういうところに来てもなんともないな。マルトの小さな教会ならともかく、本部ともなれば何か起こるかもしれないと思っていたんだが……」
俺がふとそうつぶやくと、ロレーヌは俺の様子をじっくりと観察してから、
「……確かに、いつもと変わらないな。まぁ、ここは教会ではあるが、聖気で満ちている、というわけでもないようだし、それに仮にそうだったとしても、お前は聖気を操る不死者なわけだしな。それほど不思議なわけでもあるまい」
「まぁな。そこまで危険そうだったら、そもそも入ろうとすら思わなかったわけだし」
教会に入るにあたって、外部から見た印象は、大きく荘厳な建物ではあるけれども、嫌な感じもまずい感じも全くしない、ということだった。
俺の体は不死者であるのだから、その存在にとって危険なものであるのなら、近づけば何らかの違和感や忌避感があるかもしれない、と危惧していたが、実際にはそんなことは一切なかったわけだ。
そして入ってみても特になにも起こらなかった。
何かあったら、ロレーヌに引っ張り出してもらう、しかなかったことを考えると、そこそこ危険な賭けだったかもしれないが……マルトの孤児院にある礼拝堂など、宗教施設には色々行っているからな。
小さなものとはいえ、予行演習がすでに済んでいたと考えればそれほどの賭けだったわけでもない。
「とはいえ、ここが大丈夫なだけで、他の宗教団体の教会ならアウトということも考えられる。そのときは十分に気をつけることだ」
ロレーヌはそう、釘を刺すのを忘れなかった。
確かにそれはその通りではある。
神々同士での仲というのもあったりして、対立する神を信仰する者同士や、聖者、聖女同士だと、その力の減衰が起こったりする、というのは聞いたことがある。
つまり、神は善悪というよりそれぞれの好悪で人を選ぶようなところがある。
東天教では大丈夫でも、他の宗教団体ではだめかもしれない、というのはそういう意味だ。
「そうだな、気をつけることにするよ……で、それはともかくとして、手紙だ。誰に渡すんだ?」
俺が話を変えると、ロレーヌは懐から手紙を取り出す。
それはしっかりと封蝋のなされたもので、宛名も記載されてはいないが、当然、ロレーヌはその相手の名前を聞いている。
彼女が受けた依頼だからだ。
「リリアン殿に依頼されたのは、"東天教ヤーラン王国本部、エルザ僧正"にこれを渡すように、ということだった」
「……また、ずいぶんと偉い人宛なんだな?」
東天教の位階は大僧正を頂点として、僧正、権僧正、大僧都……と後になるほど下がっていく、大体、十階級からなっている。細かくいうともっとあるんだが、基本的にはそんな感じだ。
そして ロベリア教でいうところの、大教父、他の宗教での教皇や法王に当たるのが、大僧正、というわけである。
そこからすると、僧正は枢機卿にあたり、場合によっては大僧正になることも可能な地位だということになる。
そんな人物と直接手紙のやりとりをするというのは……リリアンって偉かったのかな?
自分では僧侶の、としか名乗ってなかったからその階級は未だに知らないが……。
普通、マルトくらいの都市の教会の責任者といったら、下から三番目に当たる、大律師くらいなもののはずだが。
まぁ、こればっかりは聞いてみないと分からないけどな。
「東天教はロベリア教ほど階級に縛られていない、ということではないか? ロベリア教で大教父に手紙を送ろうとしたら、それこそよっぽどの功績がない限り、その目に入ることはないらしいがな」
それもまたきつい話である。
「小さな子供が、なけなしの金で送った手紙でもダメか」
「いや、一応送れはするのだ。しかし、たくさんの部下たちによって下読みがなされ、弾かれていき……最後に大教父の目に入るのが、きわめて少数になる、ということだ。だからむしろ、そういった子供の手紙については弾かれないのではないか? 読んで返事をした、となればロベリア教のイメージアップにもなる。たまに、帝国でも地方の街の教会に行くと、大教父自らがお返事を書いてくださった、と飾られていたりするからな」
「……なんだかな。悪いことではないんだろうが、悪いことだよな……」
「世の中、世知辛いのだ。ともかく、まずは手紙だ……その辺の僧侶に渡して、読まれなかった、なんてことにだけはならないようにしたい」
そういって、ロレーヌは周囲を見渡す。