第391話 塔と学院、ウルフの評価
久々に訪れた王都冒険者組合はやはり、マルト冒険者組合とは規模が違う。
建物それ自体の作りも頑丈そうだし、マルトとは数の違う冒険者たちがみんな入れるように大きさも何倍もある。
内部も、以前はそれほど観察できなかったが、よく見ると昇降機もしっかりあった。
まぁ、確かに五階とかまであるのに、それを階段で昇るのは地味に面倒くさいもんな。
滅多に行かないならともかく、ここの冒険者組合長の執務室はおそらく、最上階にあるのだろうし、毎日の出勤がそれでは難儀だろう。
「ヤーランの総冒険者組合長はかなりの高齢だということだしな。昔は冒険者として活躍していたとは聞いたことがあるが……流石に未だに現役、ということもあるまい」
ロレーヌがそう言う。
確かにその通りで、ウルフをかつて冒険者組合に引き込んだ時点ですでに総冒険者組合長の地位にいた人だと聞く。
かつては冒険者だった、という話も聞いたことがあるが、それも五十年は昔だということだった覚えがある。
となると……三十代で引退したとしても八十を越えている計算になってくる。
冒険者になるような人間というのは、体や魔力などの能力が通常の人間とは比べものにならないほど頑強な人が多いが、それでも八十を越えて尚、現役というのは……。
「……ただ、ガルブの婆さんの例があるからな。絶対とは言えないだろ」
我が故郷、ハトハラーの薬師にして、《魔術師長》でもある師匠、ガルブのことを思い出す。
あの人も結構な高齢だが、未だに十分現役だ。
今から冒険者を初めてもすぐに銀級くらいならなれてしまうのではないか?
と思ってしまうくらいだ。
そうなると俺は即座に抜かれていくわけだが……まぁ、師匠なのだから仕方がないか……。
「そう言われてみるとそうだな。私の師も、似たようなものだし……あの人は今でも帝国で楽しくやっているだろう」
「杖をぶん投げた人か?」
俺がちゃかすようにそう言うと、ロレーヌは眉根をしかめて、
「若気の至りだ。今ならもうやらんさ……というか、出来ん。あのときの師の怒りは……本当に今でも忘れられんのだ……」
「ふふ。会ってみたいもんだな」
なんだかロレーヌの昔のおもしろい話をたくさん聞けそうな気がする。
俺の話はハトハラーに行ったときに大概、あの村の住人たちが話してしまっただろうからな。
意趣返しというか……。
しかしこれにロレーヌは意外な反応をする。
「そうか? 私も久しぶりに会いたいな……だが、簡単に会えるような人でもないのだ。いずれ、帝国にも行くこともあるだろうし、そのときにはなんとかなるようにしてみようか」
と前向きに検討し始めたのだ。
てっきり嫌がるかと思ったが……まぁ、ロレーヌにとっては、恩師ということなのだろうな。
マルトに住んで長いし、たまに帝国に行くことがあっても長居することがなかったから、この十年、ほぼ会っていないのかもしれない。
そうなると、会いたくもなるか。
「じゃあ、そのときを期待しておこう……おっと、受付が空いたな。行ってくる」
俺が冒険者組合内の外来受付が空いたのを確認してそういうと、ロレーヌは頷いて、
「ああ、私はそこで待っていることにする」
と冒険者組合併設の酒場を指した。
正確には軽食と飲み物全般を扱っているところで、すべてとは言わないが、だいたいの冒険者組合に存在するところだ。
本格的に飲み食いするには少しばかり量や種類が少ないので、依頼受注前後のちょっとした時間とか、パーティーメンバーの到着待ちとかで使う程度だけどな。
つまり、この場合のロレーヌの使い方はきわめて正しいというわけだ。
「ああ。じゃあ、行ってくる」
俺はそう言って、受付に向かう。
◆◇◆◇◆
「……不在?」
俺が受付の言葉に首を傾げてそう言った。
それに対し、冷静な表情をした受付の女性は頷き、
「ええ……申し訳ありませんが、ただいま、ジャン・ゼーベックは留守にしておりまして……数日お待ちいただければ戻ると思うのですが……」
そう言った。
「帰ってくるまで待てば、会ってもらえるのか?」
俺がそう尋ねると、受付の女性は頷き、言う。
「それはもちろんです。マルト冒険者組合長ウルフ・ヘルマン様から直々に派遣された職員を邪険にしては、私が怒られてしまいます。ですが、いないものはどうしようもなく……大変申し訳ないのですが、そうですね……五日後にもう一度、というわけには参りませんでしょうか?」
丁寧な物言いである。
同じ冒険者組合職員に向けるにしては丁寧すぎる気がするが、冒険者組合というのは同じ組織ではあるけれども、それぞれの土地の組織で独立している部分が多いからな。
王都の職員からすれば、マルトの冒険者組合職員はなんというか、別の店の人間のように感じるのだろう。
しかし、それにしてもウルフの扱いがいいな。
様付け……そんな扱いをすべきような人間か?
とちょっとだけ思うも、やっていることを考えると彼ほどしっかり冒険者組合長をやっている人間も中々いないし、観察眼や冒険者としての実力も考え合わせると、傑物と言ってもいい人物である。
なるほど、様付けも納得だ。
ただ、マルトは王都からすればド田舎といってもいいような地域である。
王都でウルフが正当に評価されているのは意外な感じだ。
なんだかうれしい気はするけどな。
身内がほめられているようで。
まぁ、ともかく、そういうことなら待つしかないか。
それに、考えようによっては悪くない。
色々と用事は他にもあったことだしな。
時間がなければ諦める気でいたが、そのための時間をもらったようなものである。
だから俺は頷き、
「いや、それで構わない。五日後でいいんだな?」
「ええ、こちらの書類についてはその間に精査もしておきますので、ご報告の方もスムーズに進むと思います」
書類、というのはウルフに託され、冒険者組合に渡すようにと言われた大量の書類だな。
内容としては今のマルトの現状が大半だ。
報告はそれだけ送ればよかったのでは、と思うが細かいところとか、実際のマルトを見た感じとかは人の口から聞きたいというのもあるだろうしな、という名目で俺は来ている。
だからこその、職員の言葉だった。
「ああ、頼んだ。では、また五日後に」
俺はそう言って踵を返し、ロレーヌのもとに歩いていった。