第385話 塔と学院、徹夜の成果
「……あっ、いたいた」
リリアンとの話が終わり、とりあえずと思ってロレーヌと孤児院の礼拝堂で待っていたら、入り口の方からそんな声が響いた。
振り返ってみると、そこにはアリゼとリナがいた。
「どうやら話は終わったようだな」
「そうみたいだな……」
ロレーヌと顔を見合わせ、そんなことを言い合いながら立ち上がる。
二人のところに寄ると、どちらとも比較的明るい顔をしていたので、話し合いは悪くない結果になったのだろうと想像がついた。
「もういいのか?」
ロレーヌが二人にそう尋ねると、二人とも頷く。
「はい! 一緒に修行がんばろうねってことになりました!」
リナが底抜けに明るい雰囲気でそんな風に言う。
一緒に修行を頑張ると言うより、リナがアリゼに教えるんだけどな、と思うが、それも一緒に頑張るうちには入るか……。
なんだかリナの口からそう聞くと、教えると言うより二人で遊んでいる図しか頭に浮かんでこない。
もちろん、今まで冒険者としてしっかり修行はしてきたのだろうし、最近の俺やロレーヌとの訓練だってまともにやっているのだから、そんなことにはならないだろうが、なんでだろうな……イメージかな。
「そうか……ちなみに、どんな話をしたんだ?」
ロレーヌが続けてそう尋ねると、アリゼが、
「それは……秘密」
と言ったので、ロレーヌが首を傾げて、
「なぜだ?」
と尋ねる。
これにアリゼは俺の方を一瞬見たので、それをめざとく見つけたロレーヌが、俺にジェスチャーで遠くに行くように指示する。
俺はそれに黙って従い、礼拝堂の端っこに座り込んだ。
そして、なんだよ、俺、仲間外れかよ……と思いながら、三人で話し始めたロレーヌたちを見つめた。
耳の性能は上がっているので、この距離でも聞き取れるかも、とちょっと思ったが、実際、聞き耳を立ててみると、これが全く聞こえない。
別に俺の耳が悪くなったわけではないことは、ロレーヌたちの服の衣擦れの音すら聞こえないことから明らかだ。
注意深く観察してみれば、ロレーヌが魔術を発動している。
音声を遮断する、風の魔術だ……。
まぁ、内緒話をするのだ、それくらいのことはすんなりやるか、と納得する。
それに加えて、疎外感を強く感じて、俺は膝を強く抱えた。
礼拝堂の端で、膝を抱えて潜む、漆黒ローブ、骸骨仮面の存在……。
まるで悪魔か悪霊であるが、これでも聖気持ちである。
むしろ天使に近いはずだ。きっと。
しばらくして、
「レント、もういいぞ」
というロレーヌの声が聞こえたので、膝に突っ伏した顔を上げる。
もう風の魔術の気配もなく、どうやら話は終わったらしい。
「……」
無言で俺が近づくと、ロレーヌが若干あきれたように、
「ふてくされるんじゃない……まぁ、悪かったがな。しかし、女には男には明かせぬ話というものがあるものだろう?」
そう言った。
言外に、少しは察しろ、と言っているようである。
「……いや、別にいいんだけどな。ちょっと寂しかっただけだ」
本当に特に気にしてはいない
十年迷宮でぼっちを極めた俺が、ほんの十数分程度ハブられてたくらいで落ち込むわけがない。
ただの悪ふざけというか、ポーズである。
そもそも、大体何を話してたかは分かるしな。
たぶん、俺のことだろ?
俺の何について話してたかまでは分からないが……。
「ならいい。ともあれ、リナとアリゼのことはもう心配いらない。これで安心して旅立てそうだな」
「ああ……そうだな。そろそろのんびりしていられる時間でもなくなってきたし、行くか」
俺がそう言うと、ロレーヌも頷く。
それから、俺たちは礼拝堂を出て、一旦リリアンのところに手紙を受け取りに行ってから、孤児院をあとにした。
アリゼが馬車の見送りを、と言っていたが、孤児院でも古株の方で意外と忙しい。それに加えてそこまで今生の別れというわけでもないので、ここでいいよと孤児院の入り口で別れの挨拶をした。
それから、三人で馬車乗り場に向かって歩きながら、リナに色々と注意事項を言っておく。
といってもそれほどのことでもないのだが……。
「とりあえず、修行は安全第一でな。無茶はしないことだ。それと、何かあったときはイザークのところに駆け込め。まぁ、滅多なことはないと思うが……」
それくらいのことである。
これにリナは頷き、
「はい、分かってます! あっ、それとお土産期待してます!」
などと言う。
アリゼとは違って殊勝なところはなかった。
まぁ、こういう素直なところはリナの美点である。
アリゼは若干、子供らしさがないんだよな。
それは、孤児院で育ってきたため、かなり他人には遠慮がちになるからだ。
俺たちに対してはそういうところが減ってきたように思うが、まだまだな。
もちろん、無理にどうこうすることではないのだが。
しかし、リナは土産と言うが……。
「……リナは王都の出身だろう? 今更、何を買ってきても新鮮味にかけるのではないか?」
ロレーヌがそう疑問を口にする。
確かにな。
今はこうして都市マルトで吸血鬼もどき見習いとして冒険者をしているリナだが、もともとは騎士の家のお嬢様である。
潤沢なお小遣いをもらって王都で散財の限りを尽くしてきたのだろうし、だとすれば、今更、お土産なんて……と思う。
俺がロレーヌに続けてそんなことを言うと、リナはあわてた様子で、
「そんなわかりやすいお嬢様はしてなかったですから! そもそも騎士の家、貴族、といっても、そんなに経済的に豊かだったわけでもありませんよ……。確かに、そういう人が貴族に多くいるのは事実でしょうけど、私の家は……そういうところ、厳しかったので。お家は大きかったですけどね」
そう言ってくる。
まぁ、俺も分かっていった冗談でもある。
爵位が高ければ高いほど、それに比例して経済的に豊かな者が増えていくのは事実だが、下の方の爵位の者の方が金持ちだったりすることも少なくないしな。
一番上の、公爵の位を持っていても、それより豊かな平民というのもいるわけだし。
豊かな商人なんてのはその代表である。
「じゃあ、やっぱり土産は必要だな。でも何がいい? レントに任せると、きっと、おかしなものを買ってきたりするぞ」
ロレーヌがそう言うと、リナは懐から何かを取り出してきて、
「はい、どうぞ。ここから選んで何かを……!」
と言ってきた。
なんだなんだ、と手渡されたものを覗いてみる。
それは、荒い紙の冊子だった。
ロレーヌが、お前たちも自由に書き物に使っていいぞ、と気前よく俺とリナに提供してくれているものだな。
書き損じてもそれを粉々に砕いて再利用できる魔道具までおいてあるので、あまり紙の値段を気にせず使っている。
荒いものは安いんだが、それでも気軽に、というところまでではないからな。
「……これは、王都の地図か。で、店の名前と名物、というわけか?」
ロレーヌが後ろからのぞき込んで、そう言った。
リナはその言葉に頷いて、
「昨日、徹夜で作りました! これさえあれば、王都観光は完璧です!」
などと言っている。
確かに、昨日、ロレーヌの家に戻ってきたリナに王都に行く話をしてから、どたどたと自室で忙しそうな音がしていた。
なんだろうか、と思っていたが、こういうものを作っていたわけだ。