第383話 塔と学院、第二孤児院
「さて、リナ。準備はいいか」
ロレーヌがそう尋ねる。
何の準備かと言えば、彼女の"後輩”に会う準備だ。
昨日、夜に冒険者組合から使いが来て、馬車の手配が済んだ、ということだった。
出発の時間は午後から、というだいぶ遅めにとってもらえた。
おそらく、ウルフが気を遣ってくれたのだろう。
急な話だし、それくらいの時間的余裕は必要だ、と考えたのかも知れない。
実際、色々とやることがあって、午前いっぱいくらいは出発できそうもないのでありがたい話だった。
その用事の第一が、これ。
リナをアリゼと対面させ、俺とロレーヌが不在の間、冒険者と魔術師としての修行をリナに任せることを相談するためだ。
相談と言ってもほとんど決まったことだが、リナにしろアリゼにしろ、とてもではないが相性がよくなく、そんなこと出来ないと言うのなら無しにするつもりではあった。
その場合は申し訳ないが、二週間、アリゼの修行はお休みになるが……まぁ、そうなったらそれはそれで、という感じだ。
そこまで厳密に決めてやってるわけでもないことだしな。
「は、はい……準備、いいです!」
良さそうにはとても聞こえない。
ちなみに今、マルト第二孤児院、その応接室までやってきて、アリゼの到着を待っているところだった。
どうも院長のリリアンによれば、彼女は今、買い出しに行っているらしく、少ししたら戻ってくるという話だったので、待たせてもらっているのだ。
その間にリナに心の準備をしてもらっていたわけだが、あんまり出来ている感じではない。
そんなに緊張するようなことでもないような気がするが……まぁ、彼女にとっては初めての後輩なのだから、と考えれば分からないでもないかな。
そんなことを考えていると、
ーーコンコン。
とノックの音がしたので、
「入ってくれ」
と俺が言う。
若干偉そうかも知れない。
……いや、俺に威厳なんかないか。
一人で勝手に落ち込んでいると、失礼します、という言葉とともに、扉の向こうからアリゼが現れる。
俺とロレーヌの顔を見て、ほっとした顔をするが、見覚えのない顔も見つけて少し、怪訝そうだ。
「なんだ、レントとロレーヌさんじゃない。お客様だって言うから、緊張しちゃった」
アリゼはそんなことを言うが、それほど緊張していた感じはしない。
どっちかというと、よそ行きの顔をしていたという雰囲気だった。
リリアンは誰が来たのか、はっきり伝えなかったのかも知れない。
それか、他の子供に伝言を任せたか。
……後者かな。
院長であるリリアンは忙しく、そのくらいの伝言のためにずっと待っている、というわけにはいかない人である。
相手が俺たちだ、というのもあるだろう。
あんまり気を遣わないでくれ、とは言っているし、アリゼとは勝手知ったる仲だからな。
「一応お客様ではあるぞ。まぁ、様をつけられるほどの存在かと言われるとあれだが」
「ロレーヌさんは偉い魔術師様だからさん付けよ。レントは……レントだからね」
と明確に区別してくるアリゼであった。
ひどい話である。
とはいえ、親しみを感じてそんな口調になっているのは明らかなので別にとがめはしない。
ロレーヌについても本人は別にさんなどいらないと頻繁に言っているが、俺と違って彼女には威厳があるからな。
どうしても抜けないようだ。
学者という地位も作用して余計にそうなっているのかもしれなかった。
対してただの冒険者というのは気安いものだからな。
敬称など滅多に遣わないので問題はない。
「……どういう意味だ。まぁ、別にいいんだけどな」
「いいんじゃない……ところで、あの、そっちの人は?」
アリゼがおずおずと、そう尋ねてきた。
かなり気になっていたらしい。
俺とロレーヌに気安い態度でしゃべっていたが、それも初対面の人間がいるから緊張をほぐそうとそうしていたのかもしれなかった。
「あぁ、そうだったな。こちらはリナ。それで、リナ、この少女がアリゼだ」
ロレーヌが端的に説明するが、少し説明が足りない。
しかしそれは不親切、というわけではなく……。
「……リナ・ルパージュです。鉄級冒険者で、ロレーヌさんとレントさんの……弟子? みたいなものをやってます」
リナが棒のようにびよんと立ち上がり、そう言った。
それに少しふっと笑ったアリゼは、
「アリゼです。この孤児院の子供で……レントとロレーヌさんに冒険者としての技術と魔術を教わっています」
と自己紹介した。
つまり、ロレーヌの言葉足らずは二人に自分で自分のことを説明させるため、だったわけだな。
「ま、つまり二人は我々の弟子同士だというわけだ。兄弟子弟弟子、ならぬ姉弟子妹弟子の関係にある。どっちがどっちか、と言われると……微妙なんだがな」
ロレーヌがそう言った。
確かに言われてみるとそうだな。
早く弟子になった方が姉弟子だというのなら、アリゼの方がそうだが、実力的にはどっちだ、と聞かれるとリナである。
より深く事情に首を突っ込んでいるのも、リナだな。
そして年齢的にも当然リナだが……。
「あんまりその辺は気にすることもないだろ」
俺がそう言うと、ロレーヌもうなずき、
「まぁな。ともあれ、今日は二人に顔を合わせてもらうために来たんだ」
そう言った。
アリゼは首を傾げたので、俺は言う。
「実のところ、しばらく俺とロレーヌはこの町を留守にするんだ。といっても二週間前後になると思うが……その間、アリゼの指導が出来ないからな。リナと一緒に修行をしてもらおうと思って来た」
「えっ。どこに行くの?」
そう尋ねてきたので、俺は答える。
「王都ヴィステルヤだな……何か土産でも買ってこようか?」
「王都……そうね、何かおいしいものを……孤児院のみんなに」
自分に、と言わない辺り、アリゼには思いやりがあるというか、しっかり孤児院のお姉さんをやっているなと思わざるを得ない。
俺はうなずき、
「分かった。ところで、今の話はどう思う? とりあえずの提案で、無理にというわけじゃないんだが……」