第381話 塔と学院、旅の準備
「ええと……主武器の剣だろ、はぎ取り用の短剣……着替えに、干し肉、塩……その他諸々、全部あるな。よしよし」
ロレーヌの家で、持ち物を全部広げながら頷く俺。
もちろん、全部と言っても魔法の袋に入っている全て、というわけではなく、明日から始まる王都への往復の旅に必要なもの全部、ということだ。
今の俺の魔法の袋、容量が大きいから無駄なものが大量に入っているんだよな……。
どっかで拾ったきらきらする石とか、見た目のかっこいい流木とか。
何の役に立つのか、と聞かれたら困るが、まぁ……もうものが入りきらないとなったらそのとき捨てるからいいのさ。
「……うきうき明日からの準備をしているところ悪いんだが、怪しくないか?」
ロレーヌが家の柱に寄りかかりながらそう言ってくる。
この、怪しい、というのは俺のやっていることが怪しい、と言いたいわけではなく……。
「……まぁ。色々な。分かってるよ」
「だとしたら何故すんなり受けて帰ってきたのか……」
ウルフからの依頼のことについてである。
若干あきれたようでいながら、しかし俺がやりそうなことだと諦めているようでもあるロレーヌである。
俺は言う。
「王都にはどうせ行かないとならないだろ? 用事もあるわけだし。それに、ウルフには色々迷惑をかけているわけだからな……。たまには頼みを聞いてもいいだろうと思って」
「たまにどころではなく、結構聞いている方だと思うがな」
「そうか?」
……そうかもしれない。
まぁ、人間持ちつ持たれつである。
いつかこうやってウルフに売りつけておいた恩が、うまいこと返ってくる日もあるだろうし、そのための種まきだと思えば悪くはないだろう。
俺は人間じゃないけどな。
「そうだろうが……しかし、総冒険者組合長か。帝国のは会ったことがあるが、ヤーランのは見たこともないな」
「そうなのか? 銀級なら一度くらい、と思ったが」
「ヤーランではどうなのか知らないが、帝国の総冒険者組合長が直々に会うとすると、それは金級より上だからな。私が会ったことがあるのは、あくまで学者としてのことだ。そのときも、護衛にいたのは金級だった記憶があるぞ」
「なるほど……」
国内の冒険者の元締めなのだ。
金どころでなく、白金や神銀の冒険者を護衛につけるべきでは、と思うがそこまで格が高い冒険者は冒険者組合長とどちらの重要性が高いのか判断が難しくなってくるからな。
ウルフのように元冒険者、という肩書きの冒険者組合長も少なくないとはいえ、あくまでも事務方の長であり、英雄であるということは稀という感じだろうか。
加えて白金や神銀の冒険者となると、言っては何だが、性格的にあれな人々が多いので……冒険者組合長が命令したからって聞くとは限らないし、聞かせる手段もないという話になる。
ニヴ・マリスを思い出してほしい。
あいつは金級だが、いずれ白金になる女だ。
ああいうのばかりだと思えば、その内実も分かろうというものだ。
……俺って何に憧れてるんだっけ?とちょっとだけ思わないでもない。
いや、人格者の、すばらしい神銀級だっているんだけどな。
それこそが俺の憧れるものである。うん。
「……ちなみにだが、ロレーヌはウルフからの依頼について、何が怪しいって思うんだ?」
それを聞いたからって別に受けないことにする、ということにはならないが、参考としてである。
これにロレーヌは、
「色々とあるが……そもそも総冒険者組合長なら自分の足で、ここに来ればいいんじゃないのかというのがあるが……。それこそ金級でも護衛に引き連れて、豪華な馬車で、とかな」
確かに、そこまでとは言わないが、貴族なんかはそうやって王都からたまに来たりする。
そのように来るのが、まぁ、なんというか普通である。
ただ、これについては……。
「一応、マルト冒険者組合から王都の本部にまず現状のマルトについて直接、報告をあげる、というのがあるって話だったぞ。手紙で定期的に報告はあげているそうだが、細かいことはマルトにいる奴から対面で報告を受けた方がわかりやすいからって。で、俺がその際に、新迷宮について色々と問題があるかもしれないから、総冒険者組合長にマルトにお越しくださいって要請を出す、っていう流れがあるってことだ」
「要は形式の話か?」
「まぁ、そういうことだってウルフは言っていたな。総冒険者組合長ともなると、しがらみが多いから簡単には王都を離れられないんだとさ。だから対外的なわかりやすい理由付けがいるって」
「……分からんでもないが、若干弱いような……」
一応は納得できる理由を言ったつもりだが、ロレーヌ的にはまだ、しこりが残っているらしい。
なんだよ、わがままな奴め、と思うところかも知れないが、実際のところ、これは俺も同感だった。
「……だよな。なんだかこじつけのような気が……」
「他に理由がある、と。お前もそう思っているわけだ」
「勘だけどな。ただそれが何なのかはよく分からん。ただの気にしすぎかも知れないし、そうじゃないかもしれないし……こればっかりは行ってみないと」
実際に王都に行ってみれば否応なく分かることだ。
もう行くことは決めてしまったわけだし、気にしてもしょうがないと開き直っている部分もある。
そんなことをロレーヌに言うと、
「ま、お前が納得しているならそれでよしとするか。あとは……以前の、王都での約束のことだな」
「あの王女さまを助けたことだろ? 俺とオーグリーだけで王城に行ってもいいんだが、そうするともう一人冒険者がいただろう、連れてこいって言われそうだしな。ロレーヌも来た方がいいだろうと思うが、どうする?」
「また旅をしてもいいとは思うが……リナのことがあるからな」