第379話 塔と学院、新たな仕事
「それで、俺専用の仕事、って一体何なんだ?」
冒険者組合長の執務室に入ると早速、俺は本題に入る。
早いところ、その概要を聞いておかないと不安だった。
別に俺のために用意していたというわけではないということだから変に身構える必要はないのかもしれないが、ウルフが半ば冗談混じりだとしても、俺専用、などと言う仕事である。
そこそこの面倒くさい仕事だろう、と予測するのは当然の話だった。
「まぁ、焦るなよ……とりあえずだが、今の冒険者組合の現状はお前も分かってるよな?」
ウルフの言葉に俺は頷き、
「ああ、下の様子を見ればな。一目瞭然だろう」
「だろうな……で、ああなっているのは、《塔》と《学院》にマルトの冒険者を斡旋しているからなわけだが、実際のところ、あれで概ねうまくいっている。向こうからすれば、迷宮の調査に必要な戦力と見張りが得られるわけだし、こっちからすれば金払いのいい王都の連中からむしりとれるわけだからな」
「また山賊のような話だな……」
まぁ、普段、マルトで出されている依頼なんかよりは遙かに割のいい仕事であるのは確かだろうな。
都会の連中はとかくプライドが高い奴が少なくないから、一緒に行動するにあたって、その辺りについては我慢が必要だろうが、それくらいで懐が相当暖かくなると思えばむしろその我慢すら心地よく感じるものだろう。
王都とこっちでは物価も違うし、王都と同じ感覚で依頼を出してくるわけだから、報酬は高くなるしな。
マルト冒険者組合の職員たちも、マルトと王都の依頼料の違いなんかはある程度説明するだろうが、それでも依頼料を下げる、ということをしないらしい。
まぁ、《塔》も《学院》も国の運営だからな。
予算はそこから出ていて、変に節約すると次から減らされかねないとか、そういう事情もあるようだ。
加えて、今のマルトは人手が全く足りていないからな。
結構な高値を出さないとそもそも冒険者が依頼を受けてくれない、というのもある。
つまりは、迷宮のお陰で結構な好景気なわけだな。
もちろん、あんなもの出来ずに、誰も死なない方がよかったに決まっているが、不幸中の幸いというか、転んでもただでは起きるつもりはないと言うか……。
後ろを振り向いていては、この厳しい世の中では生きてはいけないということだろう。
特に辺境の人間はそのあたりたくましい。
「だから、《塔》や《学院》のほとんど全ての依頼に適切な冒険者を斡旋できたんだが、さすがにここまで忙しいのは普段じゃあり得ないから、どうにもこうにも人数が足りなくてな。一部、冒険者組合職員にも依頼を片づけさせてるんだ」
それはそれほどは行われないことだが、場合によってはどこでも行われていることだ。
今回のように人手が余りに足りない場合とかな。
普段、普通に片づけられている低額の薬草採取の依頼とか、こういうときは後回しにされてしまうことが多い。
やっぱりとりあえずは儲かる仕事に飛びつくものだからな。
暇になってくると徐々にそういう依頼も片づき始めるので、基本的には放置だが、それをすることによって後々結構な問題になるかも知れない、と予測される場合には冒険者組合から人手を出して片づける、ということも稀にある。
まぁ、それでもそこまでするかどうかは冒険者組合や冒険者組合長の性質にもよるが、マルトはウルフが冒険者組合長だからな。
その辺り、気を配っているのだろう。
ここまで話が来れば、大体何を頼みたいのかは分かってくる。
俺はウルフに尋ねる。
「それでも片づかない依頼を、俺に片づけてくれってことか? 雑用仕事なら得意だから別に構わないが……」
こういうときに余っている依頼は、マルトでは俺が優先的に片づけていたからな。
といっても慈善というわけではなく、慣れると手早く片づくために意外と儲かるためだ。
十年選手だった俺の処理速度は普通の冒険者の数倍にもなる。
単純な雑用依頼でも、俺の手元には銀貨が結構入ってくるのだ。
それならみんなそうすればいいだろ、となるような気もするが、普通それだけ長い間冒険者をしていればもっと割のいい仕事を片づけられるようになっているものだからな。
つまり、ぜんぜん強くなれなかった俺みたいな冒険者に特有の金の稼ぎ方だった、というわけだ。
「あぁ、それもある」
「それも?」
つまり、本題ではない、ということか。
まぁ、最初、下でウルフが俺に言ったのも、処理に困ってる話が一つある、だったもんな。
雑用依頼をまとめて、ということだったらそんな言い方はしないか。
ウルフは続けた。
「その辺りの雑用依頼関係については、時間があるときにちょろちょろ片づけておいてもらえると助かる。が、本題はそれじゃなくてな……冒険者組合職員に依頼を片づけさせてるって言ったろ? 結果として、本来の冒険者組合の仕事の方にしわ寄せが来てしまっててな……これ以上はもう、仕事を抱え込むのは無理なところまで来ている。それなのに、だ。ここに新しい迷宮が出来たって話が、一番耳に入れたくない人の耳に入っちまってな……その人をちょっと迎えに行かなきゃならなくなった」
マルト冒険者組合長ウルフが、迎えに行かなければならない人……と言われると、まぁ偉い人なんだろうな、というぼんやりとした想像がつく。
しかしそういうことなら……。
「ウルフが自分で行けばいいだろ?」
そう言ってみたが、ウルフは首を横に振って、
「お前、この書類の量見て、もう一度同じことが言えるのか? あぁ?」
とブチ切れ気味で言われた。
……まぁ。
確かに執務室に入ってみてまず思ったのは、ここは紙の地獄だろうかとという感想だったからな。
ウルフの目が血走っているのは、何も腹を立てて、というわけではなく、単純に寝不足だろう。
体力の権化のようなこの男がこれだけ限界に近づいているのは……なんというか、かわいそうな気がした。
「……いい、哀れむような目で見るな。それなら、俺の頼みを聞いてくれ」
ウルフが俺の妙な視線に気づいたらしく、手をうっとうしそうに振りながらそう言った。
……まぁ、話の内容も予測に反して大したことじゃなかったしな。
それくらいなら、と思って俺は頷く。
「別に誰か人を迎えに行くくらいなら構わないぞ」
ただ、問題というか、聞かなければいけないことがあったな、と思って俺は尋ねる。
「で、その迎えに行かなきゃならない人って、誰だ?」
肝心なその点について触れると、ウルフは少し苦々しそうな顔で、
「……ヤーラン王国、総冒険者組合長だ」
そう言ったのだった。