第372話 塔と学院、リナの友人
「……ははぁ、それでこんなところにねぇ。つまり、この二人は冒険者の先輩ってわけ?」
場所を変えてマルトにある一軒のカフェ。
席に着いているのは俺とロレーヌ、リナと……そしてリナの元同級生であり、マルトに来て早々、一悶着を起こした人物の一人であるエリーゼ・ジョルジュだ。
最初の台詞はそのエリーゼが、リナからなぜ、このマルトにいるのかの経緯を聞いた結果、嘆息するように出てきた言葉であった。
ちなみにその内容はかなり欺瞞に満ちている。
具体的には、リナが謎の骨人に出会った話とか、迷宮主になりかけた話とか、すでにもう人間ではないという些細な事実に関しては省いている。
とはいえ、嘘をついているわけでもない。
リナは言う。
「……そうだね。王都からここに来て、色々とうまくいかなかったんだけど、こっちの……レントさんに迷宮で救われてからはなんとかやっていけるようになってきたよ。ロレーヌさんもすごい魔術師でね、私も魔術を教えてもらう予定なんだ」
これについては、リナには《分化》とか吸血鬼もどき由来の奇妙な技能が身についてしまっているからだ。
言い訳がてら魔術もそれなりに詳しくなって、使えた方がいいだろうという理由である。
突っ込まれても魔術なんですよ、これは~、ととぼけるためには、魔術でなにができて、なにができないのかをよくよく分かっておかなければならないからな。
《分化》なんて魔術を使ったからってできることではないけどな。
ただ、影を飛ばしたんです、みたいなことはできるため、そういうことは言える。
魔力感じないんですけど、と言われたら、隠蔽が得意なんで……とか苦しいけど言える。
……まぁ、可能な限り秘密の技能にしておく感じになるな。
ただ、いざというときがあるからそのためだ。
「へぇ。魔術師だったのね……だから私たちの前に出ても堂々としてたわけだ。それに……ノエルが言っていたわ。目の前の人物の実力を見抜けるようになれとか……ロレーヌさんって、実はすごく強いですか?」
ぶつぶつと言いながら、最後はロレーヌに尋ねたエリーゼである。
これにロレーヌは少し首を傾げつつ、
「……いや。それほどでもないな。私の本職はどちらかというと学者だ。魔術は片手間に過ぎん」
と言う。
その台詞に俺は心の中で嘘をつくな嘘を、と思ってしまうが、本職が学者で魔術師が副業なのは事実だ。
問題はそれほどでもない、という点にあるが……まぁ、謙遜だな。
実際、ぱっと見で魔術師の実力を看破するのはそう簡単なことではない。
ただ単純に魔力を放出してくれれば、圧力を感じるから分かるんだが、そんな分かりやすいことはしてくれないからな。
威圧にやったりすることはあるだろうが、普段は魔力を隠蔽している魔術師も少なくない。
ロレーヌは常に自分の魔力は隠している方だ。
その方が色々な意味で安全だからな。
そんなロレーヌの言葉に、エリーゼもやはり常識は知っているようで、怪しげな眼を向けて、
「……本当ですか? うーん、だとしたら、ノエルがあんな風に言う理由がないんですけど……」
そういうも、ロレーヌはその言葉尻を捉えて素早く話をずらす。
「そうそう、あの少年な。またずいぶんとエリーゼ、君と仲が悪いようだったが、何か確執でもあるのか?」
これにエリーゼは素直に答える。
「確執……というほどでもないんですが、学院の成績で首位争いを常にしているもので。それがエスカレートしていつからかあんな関係に……といっても、私が負け続けてるんですけどね。一度も勝てたことがない」
「ほう、あの若さで優秀な生徒なのだな」
「ええ、それは間違いないです……ただ、ちょっと上から目線なところがあって、それでさっきみたいなことは日常茶飯事というか」
ちょっとか?
と突っ込みたくなったのは俺だけではないだろう。
ただ、俺とロレーヌにはそこに突っ込まないだけの分別があった。
しかしリナは違った。
「ぜんぜんちょっとじゃないよ! ものすごく上から目線だったよ!」
はっきりとそういうのは、最後にちょろっとエリーゼのことを馬鹿にしていったことについて、友人として義憤でも感じているからだろう。
まぁ、確かに腹の立つ物言いであったが、ただ、聞きようによってはエリーゼの実力を認めている風でもあった。
少なくとも自分に次ぐ実力があることを認めてはいたような気がする。
しかし、リナはちょっと子供っぽいところがあるからな。
そういうところよりとりあえず、なんなのあいつ、みたいな感情が先立つのだろう。
「まぁ、確かにね。ただ、普段はそこまで筋の曲がったことはしないのよ。だからさっきは少し不思議だったんだけど……そうそう、ロレーヌさん。さっきのあれ、結局どういうことだったんですか? ノエルの言い分が正しいというお話でしたけど、なにがどういうことだったのか、私には分からなくて……」
「ああ、そうだったな。それについては……まぁ、さっき言ったとおりだ。あのノエル少年のローブにかかっていた魔術を、あそこにいた商人が歪めた。結果として、ローブの性能が低下した……そういうことだ」
それは、分かっている。
ノエルの話はまさにそういうことに他ならなかったのだから。
気になるのは、理由である。
エリーゼも同じようで、
「でも……このローブは《学院》で制作している特別な品です。設計から素材集め、縫製、魔術付与に至るまで、その道の第一人者が技能の全てを注いで作ったもの……。そう簡単に性能が低下するようなものではないはずです。もちろん、魔物との戦闘で酷使した、というのなら話は別ですが、今回はただぶつかったくらいで、特別そういうことはなかったのに……」
確かにそれはそうだ。
そもそも、アリアナの幹部クラスの商人、とは言っても、戦闘能力が高いというわけではない。
ぶつかったくらいで魔物の攻撃と同じクラスの打撃を与えられるはずもなく、それに加えてあいては学生とは言え、《学院》の魔術師だ。
どう考えても勝負にはならない。
商人がそんなに強かったら恐ろしいではないか……。
まぁ、世の中には自分で武具の素材を取りに行く鍛冶屋とか、薬草探しに冒険者ですら立ち入らない危険地帯に入っていく薬師とかもいるとは言うけどな。
少なくともさっきの商人はただの小太りの小男でしかなかったはずだ。
しかし、ロレーヌはその男が《学院》の魔術師のローブを損壊したという。
いったいどういうことか。
ロレーヌは言う。
「……まぁ、そうだな。普通ならそうはならないさ。しかし……こういうものがあれば、違ってくる」
そういって、ロレーヌは懐から何かを取り出して、ごとり、と机の上に置いた。