第366話 塔と学院、口論の行方
「当たり前と言えば当たり前ですけど、そんな私を見た友人はとても心配してくれまして……」
ついこないだまで一緒に小奇麗なカフェでお茶を楽しんでいた友人が、ある日突然、ものすごくボロボロの格好で街中を彷徨っているのを見たら……。
それは当然、心配するだろう。
もちろん、それがちゃんと友人である場合に限るだろうが。
嫌いな奴がそんな感じだったら、俺であればほくそ笑む。
ざまあみろ、と。
……性格悪すぎるか?
まぁでも仕方ないよな。
そこまで嫌いな奴というのはそんなにいないけれど。
リナの言葉にロレーヌが尋ねる。
「……心配してくれたのだったら、別にいいのではないか? 事情を説明して……まぁ、気まずいだろうが、別れればそれでいい」
確かに、そんな風にもう住む世界が違うのだからと、適度なところで話を切って疎遠になる、というのが良くある話だな。
冒険者になる、というのは往々にしてそういうことだ。
リナのように貴族から冒険者に、なんてなると余計にな。
俺のように村人から冒険者に、という場合は逆な感じになることも少なくない。
魔力や気を使えて、それなりに戦えて魔物を倒してまぁまぁな収入を得られるようになると、ただ村人をやっているよりはずっと高収入になるからな。
俺はもうお前らとは住む世界が違うんだぜ、と増長する奴も少なくない。
ただ、それは長い人生を考えるといろんな意味で悪手なんだよな……。
なぜと言って、冒険者は死ぬまで続けられる職業ではないからだ。
俺はよく、死ぬまで一生冒険者を続けてやる!とか心の中で思ったりして自分を奮い立たせたりしているが、真面目に将来のことを考えると、そうは言えないものだ。
なにせ、冒険者は常に死と隣り合わせ。
危険の度合いは半端ではない。
いや、死ぬならいっそその方がいいだろう。
問題は、死なないで済んでしまった場合だ。
つまりは、魔物と戦うなりなんなりして、片腕や片足を失う、とかそういう怪我をした場合である。
別に絶対治せないわけではない。
宗教団体の高位聖人なら治療することは可能だ。
ただし、そのためには多大なる寄進が必要であり、小金を稼げるようになった冒険者程度がどうにかできるような額ではない、というだけだ。
それに、あまり長い間放っておくと身体欠損の状態が《固定化》してしまうとも言われている。
それでも治せる聖人もいるようだが、そこまでいくと寄進の額ももう本当にどうにもならなくなるからな……まぁ、そうなると逆立ちしたって無理という訳だ。
そしてそうなった冒険者……いや、元冒険者が行きつく先は、いくつかに絞られる。
そのうちで最も穏便なのが、故郷の村に帰る、という選択肢だ。
けれどこれを選べるのはあくまでもその村とそれなりにいい関係であった場合だけだからな。
それでも居心地が悪かったりする場合も少なくないのだから、冒険者時代に俺はすげぇんだぜ、みたいな態度でいた奴が戻れるわけがない。
だからこそ、あんまり傲慢になってはいけないのである。
この辺りについては冒険者組合でもなりたての冒険者には説明していることだが、大体みんな、冒険者になった喜びで何も聞いてないからな……。
ただ、それでもマルトはマシな方だが。
結構故郷に戻る冒険者の数が多いのは、マルト冒険者組合の特色の一つだからな。
おっと、大幅に話がずれたが、リナが続ける。
「私もそうしようと思ったんですけど……結構その子、お節介な性格で……『ちょっと、ちゃんとご飯食べてるの!? その服、ほつれているところ直しましょうか!? あぁ、それよりもまずは、宿は大丈夫なの!?』みたいなことを畳みかけるように……」
別に迷惑そうではなく、少し嬉しそうに言っていることから、ありがたいと思っていたのだろう。
ロレーヌはそれに頷きながら言う。
「……なるほど。まるで母親のようだが、いい友人だな」
「ええ。だから、彼女に会ったことは、少し気まずかったですけど、良かったんです。でもそういうやり取りをしていたら、道の向こうから《学院》の生徒が二、三人やってきてですね……」
ため息を吐きながら言ったリナに、俺は、
「……話は読めたぞ。盛大に馬鹿にされたんだな?」
それ以外にないだろう。
よくあることだ。
似たような状況で馬鹿にされたことなんて俺には枚挙にいとまがない位だしな。
やれ、もう冒険者なんて諦めろだの、実力ないのにデカい顔すんなだの、もう聞いてるだけで疲れることを言われる。
別に俺の方から近づいていっているわけでもないのに、そういう奴は大抵自ら近寄ってきて好きなことを言うのだ。
かといって、こっちから何か言い返せば、そんなことを言われると思わなかった、みたいな心外そうなアホ面をした後、鈍く動いた頭で話の内容を理解して顔を真っ赤にして怒り出したりする。
ああいう奴らってどうにかならんもんか、とたまに思うが、生まれつきの性格とそれを直そうとしなかった周囲と本人のどうしようもなさが行動のあらゆるところから見えるので、諦めるしかないのだろう。
たまに反省する奴もいるにはいるんだけどな。そういう奴は、少数派だ。
リナは俺の言葉に頷き、
「ええ。私のみずぼらしさから叩き始めて、そんなのと付き合っている貴女も同類ね、みたいなことを友人にしばらく言いつづけました。あれだけ喋って口が疲れないのかと感心したくらいです」
「……妙なところに感心するなよ」
俺がそう言うとロレーヌが、
「《学院》の生徒なのだろう? おそらく授業でよく議論などするのではないか。やはり主張をぶつけ合う訓練をすると、舌が良く回るようになるからな……」
と妙な解説を入れる。
少しだけなるほど、と思わないでもなかったが、問題はそこではない。
「反論しなかったのか?」
言われっぱなしというのは精神的に辛いだろう、と思って俺がそう尋ねると、リナは、
「時間の無駄ですからね。ただ、友人の方は結構言い返してくれましたよ。最後には寄って来た《学院》の生徒の方が敗北していました。友人は《学院》でも成績がかなり良いようで、その辺りを言われるともう黙り込むしかなかったようでした」
「ほう。向学心の高い者の方が勝ったわけだな。なるほどそれは素晴らしい」
ロレーヌが再度、よくわからないところで感心していた。
話を聞くに、リナの友人はリナのようなほわっとした性格ではなく、結構気が強いタイプのようだ。
しかし……。
「そんなことがあったなら、《学院》の人間が嫌いなのは納得だな」