第362話 数々の秘密と奇妙な分化
「……ともあれ、どうやらリナについては問題なさそうだな。これからも努力していけば吸血鬼……もどきとして実力をつけていけるだろう。それが果たして喜ばしいことなのかはちょっとあれだが」
ロレーヌがそう言いながら、最後に少し首を傾げる。
言いたいことは分かる。
別にリナは吸血鬼もどきになりたかったわけではないし、吸血鬼もどきとして実力者になりたい、というわけでもないのだからそこに疑問が生じるのは当然の話だ。
ただ、リナも冒険者である。
そのため、単純に強くなる、ということそれ自体は喜んでもいいことだろう。
仮にそのうち、人に戻れる方法を探したとして、その場合に今の魔物体質由来の強さが受け継がれるのかどうかはまた問題ではあるが、そこも気にしても仕方がないしな。
いつか、強さか、種族かの選択を迫られる日が来るのかもしれないが、そのときのことはそのとき考えるしかないだろう。
「吸血鬼生活も決して悪くはないのですけどね……寿命もないことですし。ただ、長い年月を過ごすにしたがって、周りに置いて行かれる気分はなんとも言えないものがありますし、ひとところにとどまり続けるには色々と苦労があります。そういうことを考えると、すごくいい生活だとも言い難いものです。そのあたりについての答えは、一朝一夕では出せないでしょうから、しばらく悩んでいただくとして……とりあえず、今は、レントさんの《分化》ですね。何が起こるのかは私にも予測できませんが、覚悟はよろしいですか?」
イザークがそう尋ねてきたので、俺は頷く。
今まで何度となく訳の分からない状況に置かれてきた俺だ。
この程度の予測不可能さで物怖じするような精神はもう持っていない。
……でも、あんまり変なことが起こるのは嫌だが。
ただ、それでも《分化》するだけなので、余程おかしなことがおこったとしても変な生き物の影に《分化》するだけだろう。
たぶん、きっと。
ゴキブリとかになったらやだなぁ……というくらいだろうか。
「さて、それでは覚悟も決まっていると言うことですので、始めましょうか。といっても、やり方についてはすでにリナさんにしてしまったので、あとは実践するだけですが……覚えておられますか?」
流石に十分くらい前のことは若干鳥頭気味なところのある俺でも覚えている。
確か……自分の体を何かの集合体だ、と考える。
そしてそれらが独立していくようなイメージを浮かべれば、《分化》出来る、とそう言う話だったはずだ。
一応、間違っていないかイザークに確認すると、彼は頷いていう。
「ええ、その通りです。問題は何の集合体だと考えるかですが、私は蝙蝠、リナさんは猫、と、例も見たわけですし、やりやすいのではないかと思いますが、いかがですか?」
「確かにな。大体の雰囲気は掴めた気はしている……」
ただ、実際、何がいいかなと考えると悩むな。
こういうことについては優柔不断なんだよな……。
リナが猫だから犬とか?
安易だな……。
あ、エーデルがいるから鼠はどうだろうか?
でも鼠だと、空とか飛べないし……飛空艇の件で分かる様に俺は空を自由に駆け巡りたい願望がかなりあるのである。
けど、空を飛ぶなら自前ですでにできるし、わざわざそれに拘る必要もないような気も……。
あぁ、選び難い。
「そう言えば、イザーク殿もリナも、動物でイメージしていたが、それ以外は可能なのか? 例えば……そう、植物とか」
ふとロレーヌがそんな言葉を口にする。
これにイザークは、
「出来なくはないですが、一度やってしまうと固定してしまうので避けた方が……」
と言っていたのだが二人のそんな話を聞いているうち、俺の頭の中には自分が木になったようなイメージが強く浮かんでしまった。
しまった、と思ったその時には、自分の指先が変化していくのが感じられた。
輪郭が希薄になり、そしてそこから何かが……生えて来ているな。
おい、これはあれじゃないのか。
枝とか葉っぱとか……。
止めようと思ったが、すでに変化は腕の先まで来ている。
全体が枝のようになってきていて、もう止めようがなさそうだ。
あぁ、出張肥料だった俺は、ついに自分自身が植物になってしまうのだろうか……。
冗談のようで冗談にならない感じだ。
今からどうにか方向転換を図れないものか、そう思って、色々とイメージしてみる。
植物の集合体か……それってつまり、森だろう。
森ということは、そこには動物も住んでいるんじゃないか?
たとえば、それこそ鼠とか野犬とか、兎とか鳥とかさ……。
場所によっては竜とかもいるかもしれないし……。
そこまで考えたところで、枝になった腕とは反対側の指先から、兎や鳥の影が飛び出していくところが見えた。
視点が二つ増え、少し目が回った感覚がするも、すぐに慣れる。
一度飛空艇模型で自分以外の視点を経験していたのが良かったのかもしれない。
そして俺は思う。
この方向性で行けるかもしれない、と。
何かの集合体になったと考えろ、とは言われたが、別に一種類じゃなければいけないとは言われていない。
イザークからするとそれは自明だったから言わなかっただけかもしれないが、どうやら出来ているようだし、別にいいだろう。
さらに俺は考える。
植物、と言うが別に必ずしも地面に根を張っていなければならないというわけでもないだろう、と。
何か別にものに変化できると言うのはいいが、移動できなくなると言うのは不便極まりない。
そう思っての考えであり、そして実際に世の中には移動できる植物系統の生き物というのは存在する。
魔物で灌木霊なんかは分かりやすいだろうし、樹木の精霊のドライアドなんかも広い意味では植物と言えなくもないだろう。
つまり、樹木が移動してもいいはずだ。
俺の身が何かに変わるとして、動く植物になってもおかしくはない……。
俺の想像は、俺の体を非常に奇妙な存在へと変えていく。
イザークやロレーヌ、それにリナの瞳は驚きの感情に彩られて見開かれている。
しかし、一度始まってしまったものはどうしようもない。
俺は自分の考えるまま、《分化》していく……。