第359話 数々の秘密と吸血鬼の鍛冶師
「しかし、それはあくまで普通に戦えば、の話で他に方法がないわけでもないのです」
イザークはそう続ける。
俺たちが首を傾げると、イザークは言う。
「たとえば、聖気。あれを、私たちは苦手としています。触れると火傷をしますし、武器に込められれば、ダメージは大きくなる……とはいえ、それでも一撃で死ぬ、ということにはなりませんし、若干再生が遅くなったり、その回数が減る、というくらいですが」
なるほど、確かにイザークは俺が作った聖樹もどきを嫌がっていたものな。
あそこからは僅かとは言え、聖気が噴き出ている。
未だに庭に生えているが、イザークは基本的にそちら側に近づこうとしない。
本当に嫌なのだろう。
だったら抜けばいいのに、と思うが、そこは彼のラウラに対する忠誠心の表れなのだろう。
しかし、吸血鬼に対して再生回数や速度を減少させることが出来る、というのは大きいな。
それが出来なければ延々と回復し続けるわけだから……。
よくよく考えてみれば、《新月の迷宮》でニヴはそれをやっていたのかもしれない。
ニヴは俺よりもずっと聖気の扱いに長けているから、使っているのか使ってないのかはっきり分からないんだよな……。
聖炎くらいあからさまにやってくれれば分かるんだが、普段はそんな使い方はしていないということだろうな。
俺だって一応、自分の聖気を隠すことは出来るようになっているわけだし、年季の入っているニヴが出来ないわけはない、と。
そういうことだろう。
思えば、あそこで出遭った吸血鬼たちが驚いていたのは、再生に限界があるということを知ったと言うのも勿論だろうが、消耗が思った以上に早かったから、というのもあったのかもしれない。
その理由は、ニヴの聖気だ、というわけか。
特にその点に言及しないで相手の心を折りに行っていたニヴの性格の悪さを感じる。
まぁ、それはいいか。
あいつの性格の悪さなど今更な話だ。
それも、基本的に吸血鬼に対してのみだしな。
他に対してはそれほどでもない。
「聖気以外にはないのか?」
ロレーヌがそう尋ねると、イザークは頷く。
「あります……これなんかはそうですね」
そう言って、何もない空間から、突然剣を取り出した。
腕を軽く振っただけのようにしか見えなかったが……。
一体どこから?
手品かな。
イザークは手品師なのかな。
……ないか。
ちなみに手品師、というのは魔術的な仕掛けを使わずにまるで魔術のように感じられる現象を起こす人々のことだ。
魔術を使ってすら不可能なことを、なんらかのトリックを駆使して実現していることもある。
タネを聞くと、大したことないな、と思うが、見世物として面白いから結構いろんなところでやっていたりする。
おっと、それより、今イザークが取り出した剣についてだ。
「それは……あれだな。シュミニと戦っていた時に使ってた剣? でもあのときのはもっと巨大だったような」
今、イザークが持っているのは細身の剣である。
だから、あれ、と思ったわけだが、イザークがその柄を思い切り握り締めると、細身の剣の刀身を起点にして、刃の部分がどんどん巨大化し、そしてあのときに見た大剣へと姿を変えていた。
赤色の刃を持った、大剣。
……かっこいいな。
しかし、なんだあの武器は。
魔法剣かな?
気になったのは俺だけではなく、ロレーヌが尋ねる。
「その武器は……魔法剣か? 細身の剣に魔力を注ぐことによって幅広の大剣へと姿を変える、という機構は見たことがあるが……」
一応あるのか。
まぁ、魔法剣は様々な鍛冶師たちが試行錯誤しながら色々と作り出している。
およそぱっと想像できるような機構は、その強弱はともかく、概ね存在していると思っていいだろう。
そう言う意味では珍しくないのかもしれないが、しかし、先ほど唐突にイザークの手元に現れたことが気になる。
そういう魔法剣なのかな?
でも、そうだとすると部分的に転移魔術を可能にしていると言うことに……うーん、分からん。
そんな俺たちの気持ちを理解したのか、イザークは説明を始めた。
「これは、血武器と呼ばれる特別な武器です。吸血鬼の鍛冶師が、使い手の血を使って特殊な製法でもって作り出すことにより、その吸血鬼の体内に収納することが可能となる、魔剣。これを使って戦えば、吸血鬼相手でも、通常の人間同士の戦いのようにダメージを与えられるのです」
《血武器》。
そんな武器があるのか。
いや、魔剣、と言っているから魔法剣の一種であると考えていいだろう。
魔剣と魔法剣だと意味が少し異なり、魔法剣、というのは魔法がかかった武器すべてを指す広い意味の言葉なのだが、魔剣、というのはその中でも強力なもの、というくらいの意味合いだな。
こんな説明するとロレーヌには正確ではない、もっと明確かつ厳密な定義が……とか言われそうだが、そもそも魔剣なんて普通の冒険者はまず、縁がないものだからな……買えば白金貨が何十枚、何百枚となく飛んでいく。
今の俺でも全然買えない。
今俺が持っている剣は、魔法剣の範疇だ。
効力は、気と魔力と聖気を通せる、というだけの単純なものだが……そんなこと言うと、それこそクロープに怒られるか。
間違いなく良い剣ではあるので、文句を言うのは罰当たりである。
大体、素材と金さえあればクロープなら魔剣と呼べるものを作ることも出来るのかもしれないしな。
「吸血鬼の鍛冶師は、魔剣を作る技術を保有しているのか……」
ロレーヌが驚きの表情でそう呟く。
基本的に、魔剣なんてものは迷宮の深層で見つかるか、古代から伝えられてきた品がどこかで見つかるとか、誰かが手放してオークションに流れてくるとか、そういう方法でしか手に入れることが出来ない。
新たに作り出す、というのはひどく難しいか、不可能とされているものをこそ、魔剣と呼ぶのだ。
だからロレーヌの気持ちは分かる。
しかしイザークは、
「私の知る限り、それが可能な鍛冶師は吸血鬼にも一人しかいません。そしてその人物の技術を継げる者もいないのです。ですから、吸血鬼全体が持っている技術か、と言われると違うでしょうね。その一人が、突出した天才だ、というだけです」