第357話 数々の秘密と近接
「……それは残念だな。もっとマルトで活躍してくれると思ってたのに」
俺がそう言うと、ニヴは俺の目をじっと見つめてからため息を吐き、肩を竦め、
「……全くの嘘、というわけでもなさそうですが……完全な本心、というわけでもないようですね、レントさん。ま、いいでしょう。しかし、私も忙しいのですよ。吸血鬼狩りに、ね。私がいなくなっても、あんまり寂しがらないでください。レントさんが吸血鬼だというのなら話は別ですが……」
そう言いながら、俺に近づいてきた。
しかし、顔をぎりぎり直前まで近づけて、ニヴは首を振る。
「本当に不思議です。レントさんはなぜ、吸血鬼ではないのか……」
「どういう意味だ?」
「どういうもこういうも、そのままの意味です。私はレントさんが、吸血鬼である強い確信を持っていました」
「それは、俺の行動が怪しかったとか、そういうあれだろ?」
「それもありますが……究極的には勘です。理詰めでも、聖炎でもなく、私の勘……これは外れません。が、今回初めて外れました。ですからね、レントさん。貴方は私にとって未だ、興味深い存在なのですよ……」
さらに近づいてきそうになったところで、
――がちゃり。
という病室の扉が開く音がし、そしてそこからリナが顔を出して、俺とニヴを見た。
そして、一瞬、時が止まり……。
「……えっ? レントさんとニヴさんって……え? そういう……そういう関係なんですか? ロロ、ロレーヌさん! いいんですか!?」
などと騒ぎ出した。
グラグラとロレーヌの体をひっつかみ、揺らすリナ。
ロレーヌはなんというか微妙な表情をして、そのままされるがままになっている。
「……いいも何も……あれは……そういうのとは……ちがう……と思う……がな……」
「じゃあ何なんですか!? 男と女があそこまで近づいているとき、することが他に何があると! ききき……」
「……きき?」
「……キスとか……」
「いやぁ……するのかな? リナ、一緒に見ててみようか」
ロレーヌが茶化すようにそう言った。
それに対してニヴは、
「……ふむ、レントさん。してみますか? 私は別に構わないんですが……」
「俺が構うわ。とりあえず離れろ」
ふざけたことを言い出したので肩を押して離れさせた。
冗談なのか本気なのか若干口を尖らせつつあったのが怖い。
こいつとそんなことしたら何もかも吸い取られそうで恐ろしい。
俺の方が吸い取る側のはずなのだが……それが出来るイメージがまるで浮かばない。
そんな俺たちの行動を見て、なぜかリナは若干がっかりしており、そしてロレーヌは悪戯っぽく笑っていた。
「からかうのもいい加減にしてくれよ、ロレーヌ」
俺が文句を言えば、ロレーヌは、
「いや、なに……リナが意外と耳年増で面白かったからな。残念だったか?」
とリナに言う。
言われたリナは顔を赤くして、
「……そそ、そんなことは……ええと、お二人はそういう関係では、ない……?」
それでもそう尋ねてくるあたり、本当に耳年増というか、そういうことに興味津々なのかもしれなかった。
「私はそういう関係になっても……」
「だから、やめろっての。お前が言うとどこまで本気なのか分からないから余計にな……」
俺がそう言えば、ニヴも最後には首を横に振って、
「全く、レントさんは冗談が分からない人ですね。ま、これ以上やると怒る人が一杯いそうなのでやめておきましょう。リナさん、さっきのはたまたま近づいただけで、何でもないですよ」
「……そうなんですかー……」
だから、なんで残念そうなんだ。
俺とニヴがそんな感じになってみろ。
きっと最終的には殺し合いと書いて、愛し合うと読むような関係になるぞ。
それくらい、相容れないものがお互いにある……ような気がする。
なにが、と言われると困るんだけどな。
それこそ勘みたいなものだ。
「大体そんな関係だったらこんな人目につくところではなくもっとこそこそしますからね。流石にロレーヌさんの目の前で、とかはちょっと……」
「言われてみれば……でも、そう言った趣向もあると聞きますが……」
「……リナさん、貴方、本当は色々分かっていてあえて言ってませんか? 私、そんな気がしてきたんですけど」
「いえいえいえっ! そんなことはっ! 全く!」
「……」
ニヴとリナは妙に気が合うのか、話が弾んでいる。
というかニヴの方が押され気味な感じがするのは気のせいだろうか。
意外だ……。
そんな二人を置いといて、ロレーヌが近づいてくる。
「……で、実際はどうなんだ? 狂える吸血鬼狩りとは言え、見た目については文句のつけようのない絶世の美女だ。あれだけ顔を近づければうれしかったんじゃないか?」
冗談交じりにそんなことを尋ねてきたが、俺は首を振った。
「むしろ喉の奥にブレスを溜めてる竜が顔を近づけてきたような感じしかしなかったけどな……」
「……それは、なんというか、お気の毒に……」
「そもそも俺は最近そういう感覚が薄いんだ。全くないとは言わんが……あんまりな」
ひそひそ声で話し合う。
ニヴに聞かれても問題ないようにぼやかして。
「あぁ、そういえばそうだった、な。しかしリナは……興味津々だな?」
確かに言われてみるとそうだ。
彼女もまた、吸血鬼もどきになっているはずで、俺のように様々な欲望が薄くなっている、はずなのだが……。
いきなり吸血鬼になったからか、シュミニが伴侶にするために使う下級吸血鬼化を使ったからかもしれない。
俺の場合は最初は骨だったからな。
生き物の欲求とはすべて遠く離れた肉体で、その名残が今の今まで続いていると言うことかも……。
そう考えると、いずれ、その辺の欲望は帰ってくるのかもしれないな。
まぁ、それでも人間だった時よりもずっと希薄なのだろうが。
「……まぁ、お年頃ってことなんじゃないか? 近くに友達以上恋人未満なカップルがいるわけだしな」
「ライズとローラか? なるほどな……」
そんなことを話していると、ニヴとリナは会話を終えたようで、
「お二人とも、それでは私はこれで失礼させていただきます。明日辺りに街を出ますので、見送りに来てくれてもいいですよ? では」
そう言って治療院を去っていった。
どこまでもつかみどころがない性格をしているが……見送り?
いやぁ……かなり、悩ましいところだった。