第354話 数々の秘密と確認
「……ライズくん、ローラちゃん! 大丈夫でしたか!?」
治療院に入って、職員に病室に案内される。
そして二人の姿を見つけると、リナがそう叫びながら二人に駆け寄った。
あんまりうるさくしたら他の病人に迷惑ではないか、と思ったが、見る限り、ベッドは数人分あるが、今は二人しかいないようで、少しくらいなら騒がしくしても問題なさそうであった。
「……おぉ、リナ! 俺たちは平気だが……連絡取れないから心配してたんだぜ」
「いままでどこにいたの? いきなり私たちがいなくなって迷惑をかけたんじゃないかって思ってたよ……」
ライズとローラがリナを見て、まずそう言った。
二人はリナと別行動している時に吸血鬼にさらわれているから、そういう認識なのだろう。
リナもリナで実は吸血鬼にさらわれていて、かつ二人よりもずっと危険な目に遭っていた、ということを知らないのだ。
だからリナはまず、その点について話す。
「それはこっちの台詞ですよ……でも、無事でよかった。連絡が取れなかったのは、実は、私も吸血鬼に攫われてて。こっちの二人……レントさんとロレーヌさんに助けられたんです」
そう言って俺とロレーヌを紹介した。
ニヴはその場にいなかったからその紹介の中には入らない。
そして、もう二人、リナを助けた人物はいるわけだが、その辺は端折ることにしたようだ
ニヴに色々突っ込まれると面倒くさいから、という配慮もあったのかもしれない。
さっきのことで、ニヴが吸血鬼にとって天敵であるということは理解しただろうしな。
問題はあんまりリナは演技がうまくないということだろうが、今は別に演技しているわけではないから大丈夫だろう……多分。
「レント……? おぉ! レント! あんたがリナを助けてくれたのか」
「レントさん、ありがとうございます。私たちだけじゃなくて、リナちゃんまで……」
俺がいることに驚いたようだが、リナを助けたことそれ自体に驚きがないのは、俺が吸血鬼騒動で色々動き回っていたのを知っているからだ。
なにせ、《新月の迷宮》で二人を発見したのは俺たちだからな。
とは言え、あそこで一番戦果を挙げたのはニヴだが。
それだけに、俺はそこまで誇れない。
リナについても俺以外の力が大きい。
だから俺は言う。
「……まぁ、成り行きだし、俺はそれほど貢献していないからな。別に俺に礼はいらないさ。それにしても、三人ともあんなことに巻き込まれたのに、全員無事で何よりだ。ちなみに、こっちのロレーヌは覚えているか? 二人を助けたときにもいたんだが……。俺の……友人だな。よろしくな」
俺がそう言うと、ロレーヌが前に出てきて、
「ロレーヌだ。《新月の迷宮》では慌ただしくて自己紹介も出来なかったが、二人の話はレントから聞いているよ。ちなみに、学者兼魔術師をやってる。冒険者としてのクラスは、銀級だな。よろしく頼む」
そう言って頭を下げた。
ライズはロレーヌが銀級、と言ったあたりで驚いたような顔をし、ローラはロレーヌの顔と体型を見て目を瞠り、それから自分の体を確認していた。
……なんとなく二人の気持ちが分かってしまう。
「あの魔術師の人か……けど、銀級……? すげぇ! あのっ、いつか俺も銀級になりたいんです! まだ銅級だけど……早くなるために、コツとかありますか!?」
ライズは俺に話しかけるときとは明確に異なり、敬語を使い始めた。
そしてその瞳は憧れの冒険者を見る表情だ。
俺にはそんなに威厳がないか?
……妙な仮面に怪しげなローブ。
うん、ないな……あるとすれば、不気味さであろう。
ロレーヌはそんなライズの質問に微笑みつつ、答えた。
「それについては私はあんまり良いアドバイスは出来ないな。私が銀級なのは、別に努力のたまものではない。学問をある程度やっていると、横道から銀級の資格を得られるんだ。もちろん、最低限の実力は試されるが、その程度でな。もしもまともに銀級以上になる方法を知りたいのなら、こっちの人の方が詳しいだろう」
そして、最後尾からライズとローラを観察していたニヴを示した。
なんでそんな慎み深い位置取りなんだ、らしくないじゃないか、と言いたいところだが、その目的を考えるとむしろニヴらしいと言える。
おそらく、ライズとローラの行動や表情など、諸々を出来るだけ本人たちに気づかれずに観察しようとしたのだろう。
俺のことも以前、極めて詳細にストーキングしてくれた生粋のストーカーだからな、ニヴは。
なんて本人に言ったら怒りそう……でもないか。
吸血鬼が関わったら何でもかんでも常にテンションマックスな印象があるが、それ以外の場面だとむしろ冷静で温厚だ。
その辺りが、なんだか嫌だなぁ、と思いつつも積極的に追い払う気にはならないゆえんなのかもしれない。
策略なのか天然なのか……分からん。
「はいはい、はじめまして……ではないですが、お二人とも。ご紹介にあずかりましたニヴ・マリスと申します。冒険者で、クラスはこれで金級です。どうぞお見知りおきを」
大分軽い感じで前に出てきたが、その目はあまり笑っていない……と分かるのは、ある程度修羅場を潜り抜けてからでないと難しいだろう。
そういう気配を隠すのも、ニヴはうまい。
実際、ライズもローラも、彼女に対して警戒していない。
ライズは金級、と聞いた辺りで先ほどより更に目を輝かせているだけだし、ローラにしても、ニヴの無意味な美人さにさらにがっくり来ているだけだ。
「……ええっと、もしかして、あの二人の吸血鬼と戦ってた人……? それに、金級だって!? すごい……その若さで、しかも女なのに……!」
見覚えはあるようである。
まぁ、当然か。
ライズもローラもニヴに助けられた、と言っていいだろうからな。
しかし、吸血鬼と戦っているときの彼女とは様子が違って静かだからか、一瞬誰だか迷ったようである。
それにしても、若干女性差別か、となる発言をしたライズであるが、別にそんな意図がないことは言うまでもないだろう。
というか、冒険者という職業がそもそも体力が重要な仕事である。
いくら魔術や気による身体強化があると言っても、強化のもっとも基本となる基礎体力は男性の方が高いのは当然だ。
したがって、強い冒険者は男の方が必然的に多くなる。
それもあって、女性は冒険者組合では馬鹿にされがちと言うか、男性冒険者より一段落ちる、というような目で見られることも少なくないと言う単純な事実がある。
実際は、なめてかかった男性冒険者が腕利きの女性冒険者にボコボコにされる、ということは少なからずあるので賢い……というか、経験がしっかりある冒険者は男女で区別して冒険者を見たりはしない。
ただ、経験が薄い者たちは、一般的な感覚……つまりは、女性は男性より腕っぷしが弱い、という常識に縛られて、失敗することが多いわけだ。
ライズはそのどちらでもなくて、単純に称賛しているだけだろう。
そもそも彼のパーティーメンバーは自分以外女性だしな。
女性なんて、とか思ってたらこんな構成にならない。
そんなライズに、ニヴは言う。
「それほど若いとも言えないのですが、頑張りましたからね。吸血鬼狩りをたくさんして、実績を積んだのです」