第353話 数々の秘密と晴れた疑い
ニヴの言うことは確かに事実で、実際過去、吸血鬼の群れを討伐したのち、関わった人間の確認を怠ったために再度、吸血鬼の群れが発生して最後には滅びた村なんかの話もあるくらいだ。
しばらくの間、確かに吸血鬼の眷属と化していないかの確認を続けることは重要である。
重要であるが……それはともかくとして。
「……いい加減、あれ消してくれよ……」
俺がリナを見ながらニヴにそう言うと、彼女ははっとした顔で、
「そうでした。見えてないんならいいやとか思ってました。申し訳ない」
手のひらを掲げて握りつぶすような仕草をすると、リナを包んでいた青白い炎は徐々に縮小して、最後には、ぽっ、と小さな音を立てて消えた。
その音だけはリナにも聞こえたようで、
「なっ、なんですか? なんですかっ!?」
とか言っているが、本当に何の不調もなさそうなので、別にいいだろう。
「……しかしなんでまたリナを疑ったんだ?」
ロレーヌがそう尋ねると、ニヴは、
「それはもちろん、レントさんと一緒にいるから……というのは冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください。そうではなく、レントさんたちが今回出来たらしい迷宮から出てきたときに一緒にいたという話を聞いたので、リナさんもまた、吸血鬼に攫われていたのを助けられたのかなと思ったんですよ。で、職業柄、疑わしきは燃やしておかないと、ということで……」
耳が早いと言うか情報収集能力が凄いと言うか。
案外たまたま聞いただけ、とかなのかもしれないが、絶対に関わってこようとする感じが物凄い強いニヴだった。
おそらくは、あの民家から出てきたのを冒険者か住民が見ていたのだろう。
入った時は四人で、出て来たときは五人でした、では勘定が合わないからな。
とはいえ、普通はふーん、ちょっとおかしいね、くらいで済ますところを、ニヴはあれってもしかして吸血鬼なんじゃね?と結びつけるタイプの頭をしているからこうなったわけだ。
もうちょっと普通の思考をしてくれないものかね……と思うが、その勘はかなりいいところを突いているので文句も言いにくい。
強いて言うなら、増えた一人じゃなくて一緒に入った四人のうち、二人が正真正銘、吸血鬼だったよ、残念だったね、とか言いながらどや顔をしてやりたい気分だと言うくらいだろうか。
言えるわけないが。
殺されそうだからな……誰にって、ニヴとラウラとイザークに。
誰一人として勝てそうな相手がいない。怖い。
おかしいな……強くなったはずなのに、周りは俺より強い奴ばっかりだ。
ロレーヌだって、身体能力という意味ならあれだが、純粋火力とか、魔術による盾とかが張れることを考えると、仮に戦ったとしても完封で負けそうだしな。
冒険者の坂道はまだまだ俺にとって傾斜の緩やかなものではないようである。
「……まぁ、そういうことならリナに対する疑いは晴れたってことでいいよな?」
俺はニヴに念を押して聞いておく。
ここではっきり宣言してもらえれば、後々問題にもならないしな。
ニヴは俺の言葉に、
「ええ、もちろん。何の問題もありません。申し訳なかったですね、リナさん。お詫びが欲しいですか? レントさんのときは白金貨二十枚あげましたが」
「はっ、はくきんがにじゅうまい……? そんな大金を……えっ?」
リナが俺のことを強盗か詐欺師を見るような視線で見ている。
……いやいや、別に俺が積極的に求めたわけじゃないぞ。
俺はそこのところを分かってもらおうと弁解する。
「リナ、何か勘違いあるようだから言っておくが、俺は別にそんな金額要求したわけじゃないからな。ニヴがどんどん積み上げていっただけだ」
金貨の海でおぼれさせるとはまさにああいうことを言うのだろうな、という積み上げっぷりだった。
まぁ、タラスクの素材を売る、という名目もあったし、純粋にもらっただけというのとも違うしな。
それにしたって大金だけど。
「リナさんは要求しますか?」
ニヴが畳みかけるようにそう尋ねると、リナは首を振った。
「い、いえっ。私は……というか私はお詫びをもらえるようなことをされたんですか?」
そうだった。
まだ説明していなかった。
これについてはニヴに完全なる責任があるので、じっとニヴを見つめる。
……無駄に美人だな、と思った。
こいつに美貌とか必要なのだろうか?
謎である。
ともかく、ニヴはそんな視線に敗北したようにため息を吐いて、
「……色々と端折りますが、リナさんが吸血鬼かどうか試しました」
「それは……さっきからの話の流れでなんとなく分かりますが、一体どうやって? 特に何かされたと言う感覚はないのですけど……」
まぁ、そりゃそうだ。
無害なら何の意味もないことだからな。
ニヴは言う。
「端的に言うと、燃やしました。こんな感じで」
と言って俺に向かって《聖炎》を射出してくる。
避けようと思えば避けられる速度で出してきたのは、いきなりはやめろ、と言った俺の言葉を考えてくれたからなのかもしれない。
逃げられる速度ならいきなりではない、と。
大雑把な話だ。
まぁ、どうせ効かないんだから受けても構わない。
《聖炎》は俺に触れ、そして俺の体全体を包みこんで青白く燃え上がった。
それを見たリナは、
「も、ももも燃えてますよ! 水っ! 水をー!」
と叫び出すも、俺が、
「いや、別に全然熱くないから平気だ。そもそも、さっきまでリナはこんな感じだったんだぞ」
「えっ? えー?」
混乱しているリナにニヴが言う。
「これは聖気による特殊な炎なのです。普通の人は触れても怪我も火傷も負いません。が、吸血鬼だけはとっても苦しくなり、かつ火傷もします。よほど低級でない限りは、これだけで死にはしないのですが……まぁ、そこはいいでしょう。ともかく、これで燃やすと、吸血鬼かどうか一目瞭然で分かる、というわけですね」
「一目瞭然……ええと……」
その先に何かを言いたそうなリナである。
もちろん、意味は分かる。
そこに吸血鬼っぽい人いますけど、だろう。
それに私も、と付け加えたいだろう。
しかし、言う訳にもいかないため、ぼけっとした声でただ一言、
「そ、そうなんですかー……」
と棒読み気味に言ったのだった。
もっと演技しろ。