第351話 数々の秘密と行方
新しい迷宮が出来るとどう忙しくなるか、については分かりやすいところで言うなら、単純に冒険者が増えると言うところだろう。
迷宮は基本的にその内部の資源というのは常に発生し続けてはいるものの、無限ではない。
あまりに多くの冒険者が入り込むと、獲物が何一つない、という事態に陥りかねない。
まぁ、そうはいっても魔物についてはそうなることはほとんどないと言っていいのだが、宝物関係はそうはいかない。
もともとそうそう簡単に見つかるものではなく、冒険者の数が増えれば発見率も下がるのは当然の話だ。
冒険者というのは魔物からとれる魔石や素材を売却することで毎日の生活費を得ているわけだが、そんな生活の中で夢見ているのは高価な魔道具の類を発見し、それを売却することで大金持ちになる、ということだ。
一生遊んで暮らせるほどの品を手に入れられることなどそれこそ滅多にないが、しかし、それが厳しくも辛い戦いの中の一つの夢として、冒険者たちを慰めているのは事実である。
けれど、そんな夢も大量の冒険者が押し寄せてきたら実現の可能性は下がるわけだ。
もともとかなりの低確率ではあるが、それでももしかしたら、と思っていたのに、そんな中で新参者がそういう品を発見し、冒険者から一抜け、なんてしたらもう間違いなく心穏やかではいられないだろう。
そんな事態に陥らないようにするために、冒険者組合では緩やかに冒険者の数の調整を行っているのだが、新しい迷宮が出来たとなるとマルトが受け入れられる冒険者の人数が相当に増えるわけだ。
まだすべて確認できたわけではないだろうが、規模によっては数百人の冒険者が新たにやってくる可能性もある。
それで、ウルフは忙しくなる、と言っているのだ。
まぁ、新たに出来た迷宮というのは中にある宝物や魔物が手つかずであり、早めに入った方が実入りがいいというのもあるから、一時期たくさん押し寄せて、そのあとさっと減少し、そして冒険者の数が安定する、という過程を経るものなので、本当に死ぬほど忙しいのはこれから半年か一年ほどくらいだろうが……。
「……他にも、今回のは研究者たちも来るだろうな。辺境とは言え、発生した直後の迷宮というのはやはり珍しいものだ。私もくまなく調べてみたい欲求がある……」
そう言ったのはロレーヌだ。
魔物や迷宮と言った存在については彼女の専門であり、その欲求は理解できる。
しかも今回彼女は通常の研究者では決して関わらない、関わろうと思っても関わることが出来ない深みにまで足を突っ込めている。
今すぐにでもラウラを叩き起こして一晩中でも質問し続けたいに違いない。
本当にそんなことは出来ないだろうが。
ロレーヌの言葉にウルフも頷き、
「ああ、そういう奴らも来るだろうな。王都には名高い《学院》や《塔》があるわけだし、そこの教授とか魔術師とかがな。ただ、そういう奴らは大体国の紐付だし、護衛関係については騎士団とかがやるだろう。だから、そこまで冒険者組合がやることもないはずだ。仕事は増えない……と思ってる。準備だけはしておくつもりだが」
《学院》は国立の高等教育機関で、いわゆるこの国のエリートを輩出する学校だな。
基本的に魔術を全員に教えるため、魔術学院、とも呼ばれることがあるが、正式名称はただの《学院》だ。
貴族や大きな商家の子供が行くことが多いが、平民でも優秀なら入ることが出来る。
年齢は特に区切られてはいないが、大体十代の若者が行くものだ。
《塔》は、魔術師たちが集う研究機関だな。
国によって呼び方が違ったり、乱立していたりするが、この国ヤーランの魔術師たちはそこまで過激なのは少ないから、王都の《塔》と言ったら一つしかない。
細かく区切ると魔物の研究所やら、魔術の研究所や、迷宮の研究所やらと分かれてはいるが、組織としては一まとまりで《塔》と呼ぶことが多い。
ちなみに他の国、特に帝国なんかは一口に《塔》と言っても色々とあるみたいだが……まぁ、それはいいだろう。
「《学院》や《塔》の人間と言ったら、変り者が多いらしいな。何も起こらないことを祈るよ」
俺がそう言うと、ウルフも顔をしかめて頷く。
「俺もそう願いたいぜ。ま、何かあったらよろしくな」
と恐ろしいことを言う。
《学院》にしろ《塔》にしろ偉いのは大体権力があるからあまり関わりたくないのだが……。
まぁ、それでも仕方がない時もあるからな。
ヤーランの貴族はそこまで横暴なのは少ないし、まともに訴え出ればそこまで厳しいことは出来ないはずだし、そこまで心配はいらない……と思いたい。
「よろしくされないことを俺は願っておくよ」
「そりゃないぜ……お前も職員なんだから働かねぇと。で、まぁ、マルトの近況はそんなところだな。他に何か聞きたいことはあるか?」
そう尋ねられたので、少し考えてみる。
俺としてはないかな。
ロレーヌもなさそうだったが、リナが、
「あのっ、《新月の迷宮》で保護された冒険者たちって、今は……?」
そうだった、それがあったな。
ライズとローラ。
俺と銅級試験を受けた二人は、リナのパーティーメンバーだ。
俺が起きてこないとつじつま合わせや、それにリナがどういった存在なのかの確認が出来ないため、リナは街に出れなかったわけだ。
だからまだ二人がどうなってるのか詳しく分かっていない。
まぁ、そうはいってもしっかり助けたし、自分で動けていた。
街まで連れてけとベテラン冒険者に頼んでいたわけだし、マルトのどこかにいるはずである。
これについてウルフは冒険者組合長らしくしっかり把握しているようで、
「ああ、あいつらな。嬢ちゃんは、リナ、だったか。パーティーメンバーのライズとローラがどうしてるかってことでいいか?」
と正確に尋ねた。
新人冒険者のパーティーまで覚えているのは凄いな。
いつ死ぬかわからないのに、というと酷いが、他の街だと冒険者組合長の認識なんてそんなものだからな。
ウルフは尊敬するべき冒険者組合長である。
リナが頷くと、ウルフは思い出すような顔で、
「《新月の迷宮》で保護した奴らは冒険者組合と提携してる治療院に分散して入院させてるから……ちょっと待て、今資料を探す……あったあった。二人とも、コーム治療院にいるぞ。場所はここな」
かなり親切にマルトの地図を示しながら教えてくれたのだった。