第346話 数々の秘密と羽
「まぁ、調べるべきはこんなところかな? ……いや、もう一つあったか。まぁ、変わらんかもしれんが一応やっておくか?」
ロレーヌがそんなことを言ったので、なんだろうか、と思って首を傾げると、呆れたような表情で言われる。
「……羽だ、羽。出力が上がってたらお前、月の裏まで吹っ飛んでいくかもしれないだろう? 広い場所で一度、どのくらいのものか試してみた方が良い」
……あぁ、と言われて納得する。
単純な腕力だけでもそれなりに調整しないと握手をするたびに握り潰すヤバい奴になりかねない。
羽も増えた魔力や気を流して、結果どこまでふっとんで……というのはあり得ない話じゃない。
「じゃあ、試しにやってみるか……。そういや、普通、吸血鬼って羽とか生えてないよな?」
一応、イザークにそう尋ねてみると彼は言う。
「……そうですね。ただ、獣人族には鳥人などがいますので……そう言った者が吸血鬼の眷属になった場合は、羽が生えているという状態にはなりますが……」
それはもともと持っているだけだから、俺とは違うだろうな。
しかし、だとすれば俺の羽は一体何なんだという話になるが……イザークにもよくわからないようなので保留かな。
「まぁ、とりあえず試してみるか……羽……うおっ」
羽を出すべく、念じてみると思った以上に大きなものが背中から飛び出たような感覚がした。
俺の羽って、そんなに大きくなかったよな?
せいぜい、数十センチ、というくらいで、それを出すときはこんな感覚はしなかった。
しかし、恐る恐る背中を見てみると……。
「……でかっ」
片翼で俺の身長よりも大きな翼が俺の背中にあった。
しかも、蝙蝠の翼膜のようであったそれは、どことなく鱗のようなものに包まれているような感じがする。
皮膜の部分は赤いが、縁の部分はくすんだ緑色であった。
……なんだか、これは……。
「……竜の翼のように見えるな。なぜ、そんなものが……?」
ロレーヌが困惑しながら言う。
そうだ。
まさに、俺の背中についている翼は竜のもののように見えた。
と言っても、本物と比べると小さいし、しょぼいが、形だけ見るとそういう感じだ。
「かっこいいですね! 私の背中にも生えないかな……」
とリナが言っているが……そう言えば調べてないな。
もしかしたら生えている可能性はある。
「獣人の中でも上位の種族に、竜人というのがいますが、彼らはそのような翼を持っていたと思います」
イザークが俺の翼を観察しながらそんなことを言った。
竜人か。
存在は知っているが、実際には見たことのない種族だ。
ここマルトが、そしてヤーラン王国が超絶田舎で、住んでいる種族の大半が人族というのが大きな理由だ。
人族というのは他の種族と比べてパッと見でわかる際立った特徴が少ないが、その代わりどんなところでも平気で住み、そして増えていくというある意味で最強の特徴がある。
他の種族というのは意外と住む場所を選んだり、特殊な環境がなければ生きられないとか、そういうのがあったりするから、人族のようにどこでもというわけにはいかない。
たとえばエルフなんかは森がないときついとかな。
別にないからって森禁断症状になっていずれ死ぬ、とかではないらしいが、こう、鬱っぽくなってしまうんだそうだ。
そして衰弱していって、場合によっては死ぬこともあるらしい。
平気なエルフもいるというが、そういうのは少数派だという。
そういうわけで、俺は竜人には会ったことがないが、そもそも、竜人、というのはかなり珍しい種族だと聞いたことがある。
「ロレーヌは会ったことがあるか? 竜人」
そう尋ねると、彼女も首を振った。
「いや、ないな……。彼らは獣人の中でも特殊な地位にいると聞く。そのため、滅多に人前に姿を現さない。帝国は人族至上主義、とまではいかないもののそれに近いところのある国家だったから、獣人はそもそも近寄らんし……。イザーク殿は会ったことが?」
話しぶりからして会ったことがあるような感じだったが、やはりイザークは頷いた。
「ええ、かなり昔の話になりますが、何度か。しかし会話を交わしたわけではなく、出くわした、という感じに近いですね。かなり手ごわくて……」
……手ごわくて?
どうやら平和的な出会いではなかったようだ。
まぁ、なんだかんだ言って吸血鬼だもんな……。
そりゃ、戦いになるか?
「ちなみになんで戦いに?」
「彼らと私たちがそのとき狙っていたものが被っていたのですよ。それで、奪い合いになりまして……そのときに、レントさんの背中から生えているような翼を出して戦っていました。かなり強力な気の使い手だったと」
気か。
ということは、魔術師系というよりも肉体派なのかな?
獣人は大抵そうだが、中には魔術が得意な種族もいるし、その辺りは場合によるが……。
まぁそれはいいか。
「じゃあ、これは竜人の羽ってことかな。竜人に会って意見を尋ねてみたいところだ」
直接聞けばそれは俺たちのじゃねぇぜ、とか、おお、同士よ、とかいってくれるだろうし。
そんなお気楽な台詞だったのだが、イザークは難しい顔で首を振った。
「いえ、それはやめておいた方が……。彼らは恐ろしく誇り高いです。もし、それが竜人のものではない、という場合に、ものまねのようにつけている、ととられたら襲われかねません。それに、もどき、とはいえ、吸血鬼である、という点もまずい可能性が……。彼らは自らの種族に強い誇りを持っていますので、吸血鬼がそれを持つ、というのを許すという気がしません」
なるほど、そういう奴らなのか……。
怖いな。
というか、この羽、見られるとやばいんじゃ……。
そうそうぽんぽんと使うのは危険ということか。
そもそも羽が生えているの見られるとまずいというのがあるから、それほど使ってはいないからいいのだが、いざというときはな。
まぁ、気を付けていくしかないか。
「しかし、そうなると……やっぱり鑑定神しかない、か」
種族を調べるにしても、仮面をどうにかするにしても、それしかないというわけだ。
本当に鑑定神自身が鑑定してくれるのかは分からないが……。
「それが一番安全かと思いますよ。とりあえず、見た目と特徴だけから種族を名付けるなら、吸血竜人というところでしょうか。そんな種族はないのですけど」
イザークが適当に名付けた。
いや、ちゃんと考えてくれたかもしれないが、そのまますぎて……どうなんだろうな。