第341話 数々の秘密と関係性
ラトゥール家の庭、と言ったら屋敷と生垣迷宮に挟まれたところになる。
反対側にも中庭があるが、そちらは植物園とか薬草園などがあって、そこで荒っぽいことをしてもいいという感じではない。
「その点、こちら側ですと、多少荒らしても迷宮の力で修復することが容易です。ですので、遠慮なさらずに暴れてくださって結構ですよ」
イザークが生垣迷宮を前に、そう説明した。
今更ながらに思うが……。
「あの生垣迷宮って魔道具の力で作られたものだって話だったが……?」
「あぁ、それは本当ですよ。本物の迷宮を模して造られた、古い時代の魔道具だということです。ただ、本物のように魔物を生み出したり、大きく周囲を浸食したりは出来ないようですが……」
それを聞いて、少し安心する。
これもまた、《迷宮核》を抱える迷宮の一つだと言われたら……ちょっと恐ろしい。
まぁ、ラウラが主で、彼女は真実、マルトという都市を守るつもりでいるようだから問題ないのかもしれないが、彼女が何らかの理由で迷宮の主の座を降りてしまった時のことを考えるとな……。
長い時を生きる吸血鬼だからその心配はいらないのかもしれないが、考えずにはいられなかった。
仮にそうだとしても、俺に出来ることなんてそれほどなさそうだけど。
代わりに迷宮の主の座に収まるとか?
悪くはないが……何か制限があるという話をしていたしな。
それを聞かないと判断もつかない。
「まぁ、ともかく、少しくらい壊しても問題ないってことか。安心しておくよ」
「ええ。それじゃあ、始めましょうか。と言っても、まずはレントさんの身体能力や出来ることの確認からですね」
イザークがそう言ったので、まずはそこから始まった。
◇◆◇◆◇
とりあえずは腕力からかな。
そう思って、その辺に落ちている石を拾って、握ってみた。
すると、ぱきり、とすぐに罅が入り、ぼろぼろと崩れ落ちていった。
「……魔物の体だ、と分かっていても凄いものだな。身体強化の類は使用していないのだろう?」
ロレーヌがそう尋ねてくる。
もちろん、その通りなので俺は頷いた。
「ああ。単純な腕力はかなり上がってみるみたいだな。さっきもドアノブを握りつぶしてしまって、困った」
「……レント、家のドアノブは壊すなよ」
ロレーヌに釘を刺される。
そりゃあ、俺だって好き好んで壊したわけではない。
もちろん、ロレーヌの家のドアノブだって破壊するつもりはないが……腕力の調整を身に付けないとまずいな。
そう言えば、俺はこんなだが、もう一人、感覚がかなり変わっているだろう者がいる。
「リナはその辺りどうなんだ? 腕力とか」
「まだ試してないんですけど……」
そう言ったので、彼女にもその辺から拾った石を手渡し、握ってもらう。
「う~ん……!!」
物凄く一生懸命力を入れて、しばらく。
ぱきり、という音がしてしっかりと石が割れた。
「おぉ!」
とリナは驚いた顔をする。
人間だった時には、出来なかったことなのだろう。
世の中にはわりとびっくり人間がいて、素手で石を握り潰せる奴というのは人間にもいないわけではないからな。
たとえば、神銀級の冒険者なんかのうち、腕力を武器としている者は間違いなく可能としているだろう。
だが、リナはついこないだまで普通の駆け出し冒険者をしていた少女である。
こんなことが出来ていたわけがなかった。
「リナもやっぱり身体能力が上がってるんだな……」
俺がそう呟くと、イザークも頷いて言う。
「リナさんは概ね、下級吸血鬼クラスといったところですね。単純な腕力ですと、実のところ屍鬼の方が強かったりするので、大したものでもないのですが、それでも通常の人間と比べますとかなり違います。魔力などはいかがです?」
その質問は、俺とリナ両方に向けられたもので、とりあえず魔術を使ってみようか、ということになる。
と言ってもリナは大した魔術を使えないらしかったので、まずは俺が呪文と合わせて手本を見せることになった。
「……ええと……火よ、我が魔力を糧にして、ここに顕現せよ……《点火》」
以前も使った、基礎の基礎である。
とは言え、以前もしっかりと異常な効果を発揮してくれたので、みんなにはかなり離れてもらっていた。
そして発動した魔術は、案の定……。
「……これは、もう点火というより放火だな……」
立っている火柱を見ながら、俺はそう呟く。
生垣迷宮が延焼しないかと不安だったが、火に触れても殆ど燃えなかった。
生木だからなのか、それとも他に理由があるのか……。
まぁ、これだけの火炎である。
生木であっても普通ならそれなりに景気よく燃えるだろう。
つまり、おそらくは生垣迷宮の方が特殊である可能性が高い。
「……今の魔術は、流石に私には使えませんよ……」
火柱がおさまってから三人が近付いてきて、その中のリナが言う。
それに対してロレーヌは、
「何か勘違いしているかもしれんが、今のは初歩の生活魔術の《点火》だぞ。魔術を一つでも発動させられる魔力量を持っているのなら、それこそ誰でも使えるものだ。リナに使えないはずがない」
リナとロレーヌは俺が眠っている間にしっかりとお互いに交流して、仲良くなっているようで、気安そうだ。
ロレーヌは妹と実験動物が一緒に手に入ったような感覚で、リナは姉と美味しそうな食料が一度に出来たような気分で楽しいらしい。
……お互いに超物騒な関係だな。
まぁ、二人がそれでいいっていうのならいいんだけど……いいのか?
若い娘たちの考えることには俺にはわからん。
などと思考がおっさん化したところで、リナがロレーヌに驚いていう。
「今のが……生活魔術……? 生活魔術って、あんな家一軒を焼き尽くすようなものを指す言葉でしたっけ?」
「生活魔術とは、魔力消費量が少ない代わりにその効果も極めて小さく、日常生活に多少役立つ、程度の効果しか望めない魔術のことを指す。まぁ、あくまで通称で、学問上は別の呼び名だが……学者くらいしか使わんのでいいだろう。ともかく、そういう定義からすると、レントのあれは生活魔術であって生活魔術ではないな」
「ですよね……」
食料と実験動物が人を化け物のような目で見ていた。
ひどい。