第339話 数々の秘密と質問色々
「しばらくっていうと……どのくらいだ? 明日か、明後日か?」
ラウラには聞きたいことが色々とある。
だから、ついそんな聞き方になってしまったが、これにイザークは申し訳なさそうに、
「すみません。期待させるような言い方をしてしまいましたが……数か月、もしかしたら数年かかるやも知れず……」
と言ってくる。
そうだった。
彼ら吸血鬼は相当な長生きなのが普通で、その時間感覚は俺の様ななりたて吸血鬼もどきと比べるのは問題なのだった。
数か月、数年……それでも彼らからすると、しばらく、程度の時間でしかないのだろう。
しかしそうなると、色々と話があるのに、困ったな……。
まぁ、それを見越してラウラは《迷宮核》を取り込む前に色々と俺たちに言付をしていたのだろうが。
俺には、各地の神殿や遺跡を回ったり、伝承を集めたりするといい、というようなことを言っていたな。
あれは一体どういう意味だったのか……。
「ラウラのことは、仕方がないさ。マルトを守るために《迷宮核》を取り込んだわけだし、彼女以外にあれが出来る者はあの場にいなかったんだから」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです。私も可能な限り、色々と説明したくはあるのですが……残念ながら、私の知っていることは少ないです。何かお聞きになりたいことはありますか?」
そう尋ねられたので、ラウラが最後にマルトの地下で言った言葉の意味を聞くことにする。
「神殿や遺跡を回って、古い時代の伝承を集めるといい、みたいなことを言っていたが、あれってどういう意味なんだ?」
俺の言葉にイザークは難しそうな顔で、
「……それについては……そのままの意味でしょう。あなた自身のこと、これからのこと、それを考えるためにはそうすべきなのです」
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
なぜ、そうすべきなのか、その古い時代の伝承とは一体どういうものなのか、ということなのだが、イザークもそれが分からないはずはないだろう。
実際、イザークは続けた。
「答えることは、出来ます。出来ますが……私は、それを知り、そして解釈を間違えた者です。私のみならず、シュミニもそうでしょう……それを私が説明してしまうと……何か間違いが混在すると思うのです。ですから、それについては、レントさん。あなた自身で調べ、あなた自身が考えるべきだと……。ラウラ様が目を覚まされても、きっと同じことをおっしゃるでしょう」
結局、何も答えてはくれないということに変わりはないのだが、その意味するところは理解できる。
古い時代の話、それは長い年月にわたって伝えられてきたものであるから、欠損や歪みが当然に存在する。
必然的にそれらを集めたのち、解釈して理解する必要が出てくるが……その過程で推論を誤り、間違いが混在する可能性は少なくない。
イザークは、まさにその間違いを自分はしたのだ、と言っているのだろう。
そしてそんな間違いを犯したイザークから話を聞くと……レントもまた、同じ間違いに至るのではないか、とそういうことを言っている、のだと思う。
たぶん。
だからまっさらな状態で、自ら情報に触れて、自分の頭で考えろと……そう言いたいのだろう。
だとすれば、これはイザークに尋ねるべき話ではないということになる。
困った……まぁ、やるべきことははっきりしているのだからやればいいだけなのだが、旅に出る必要があるからな。
神殿も遺跡も世界中に存在している。
マルトでずっと冒険者をしてきた俺にとって、旅というのは遠いものだった。
というのも、ソロの銅級冒険者に護衛依頼なんてまず来ないし、他の地域に行っても稼げる可能性は少なかった。
路銀すら厳しかったというのもある。
しかし、今の実力なら……護衛依頼をしたり、また各地の冒険者組合で依頼を受けながら、旅をしながら稼ぐことも可能だろう。
心躍ってくるが、しかし同時にマルトを離れなければいけないことに寂しさも感じる……。
まぁ、転移魔法陣があるから、それが設置してあるところからならすぐに戻れるだろうが、旅に出たはずなのになぜかマルトにいる、みたいなことが情報として伝わると面倒くさいことになりそうだからな。
滅多なことでは使わないようにしなければならないだろう。
普通に馬車でする旅というのも憧れるところはある。
転移だけというのはちょっと趣がないというか、旅という感じがしないのだ。
「……まぁ、話は分かった。そういうことなら、それについては聞かないことにしておこう。他には……そうだ、俺が《存在進化》したって……何になったか、分かるか?」
俺には分からない。
というかまだ何にも試していないから、謎だ。
ちょっと身体能力が増しているらしい、ということくらいしか。
「レントさんは、我々とは少し違う、という話は覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。そんなことをラウラが言っていたな」
「そうです。ですので……正確にこの種族、とは言えません。言えませんが、吸血鬼に置き換えた場合、どのランクに当たるか、ということくらいは言えると思います。そのためにはまず、力を見せてもらわなければなりませんが……」
力か。
まぁ、腕力だけ見せても微妙だよな。
そこはたとえ吸血鬼で同じランクのものでも、個人差というのがあるだろうし。
人間と一緒だ。
そうそう、俺のこともそうだが……。
「リナもやっぱり、普通の吸血鬼とは違うのか?」
「えっ、私、吸血鬼じゃないんですか?」
リナがびっくりしているが、そこも聞いておかなければならないだろう。
普通の吸血鬼と同じでもいいはいいのだが、今のマルトにはおそらくニヴがいる。
あの壁も、事態が落ち着いているらしい今、もうなくなっているだろうから、そうなるとニヴはいまマルトを巡回中なのではないだろうか。
あいつに見つかって、リナが爪で引き裂かれてはたまったものではない。
この心配について、イザークは、
「……おそらくは。一番分かりやすいのが、その気配ですね。人には分からないことなのですが、我々吸血鬼には同族がなんとなく分かるんです。けれど、レントさんもリナさんも……同族としての気配が、ない」