第330話 数々の秘密と主
「……おいおい、なんだこれは」
マルトの民家から地下に降りると、そこは様相がかなり変わっていて、俺たちは驚く。
先ほど通った時はあくまでもただの石造りの地下道、といった雰囲気だった。
石材をしっかりと積み上げて形成した、丈夫な構造物で、長い年月は経っているが時の経過に負けないで今の時代まで残り続けている。
そんな雰囲気の場所だった。
しかし今はどうだ。
直線的だったはずの道は、不自然に曲がりくねり、地面にも大きな起伏が出来ている。
また無機質な素材であるのはそこまで変わっていないが、奇妙なことにそうであるにも関わらず、時折生き物のように蠕動しているように見えた。
パイプのように太い血管のようなものが浮かんでいる部分もあり、近づいてみると脈動しているのが分かる。
「……時間が、あまりないようですね」
ラウラがそう言った。
「これが……迷宮化の魔術なのか?」
進みながらロレーヌがそう尋ねると、ラウラは頷く。
「ええ。こちらは迷宮を生き物として捉えたアプローチの魔術になりますね……。放っておけば広がり続けるシンプルにしてかなり危険なタイプです……おっと、魔物も……強くなってきていますか」
ラウラがそう言って視線を前に向けると、角から魔物が飛び出してきた。
現れたのはゴブリンやスライムなどではなく、鉄製の武具を身に付けた蜥蜴人が三体である。
極端に強い魔物という訳ではないが、通常ゴブリンなんかと比べるとかなり異なり、それなりに強敵だ。
少なくとも《新月の迷宮》だと第四階層から先でなければ出現しない。
とは言え、このメンバーにとってそれがどれほどの脅威かと言われると……。
誰が言わずとも、全員が即座に戦闘態勢に移る。
とりあえず俺とイザークが先に突っ込み、剣を振るって二体の蜥蜴人の盾を切り上げる。
そこに隙間が出て来たことを確認したロレーヌが土の矢を複数打ち込み、致命傷を負わせた。
ここまでは普段通りだが、最後に残った一番奥の一体については、ラウラがやった。
彼女が蜥蜴人に向かって掌を掲げると、突然、蜥蜴人の腹部当たりに黒い空間が開き、そしてそこに向かって蜥蜴人が圧縮されていく。
バキバキと骨が折れるような音、身に付けている金属製の武具がひしゃげるような音が鳴り響き、そしてカラン、と音を立てて地面に小さく丸まった蜥蜴人だったものが、ころりと落ちた。
「……行きましょう」
……なんだあれは。
強いて言うなら俺の聖魔気融合術に近い現象だが、俺は全力をかけて出来るかどうかだ。
しかし彼女はほとんど片手間にやりきったように見えた。
イザークが強い、というだけあるだろう。
本当なら突っ込んで色々聞きたいのだが、すべて後で、と言われているのだ。
時間もないし、とにかく進むしかなく、俺たちは走った。
◇◆◇◆◇
「……なんとか、辿り着きましたか」
俺たちがシュミニと相対した部屋の直前についた時、ラウラがそう言った。
「まぁ、大体の位置は覚えていたし、道は曲がりくねってはいたけど、道順も概ね同じだったからな」
「そのようですね。迷宮化の魔術は時間が経てば経つほど内部構造が変わってしまうものですから、あまり間を空けずにこれたことが功を奏したんだと思います。では、中に入ろうと思いますが……みなさん、覚悟はいいですね?」
ラウラがそう尋ねた。
シュミニと相対した部屋は、場所こそはおそらく変わっていないようだが、魔術の効果が進んでいるのか、その部屋の前には扉が出来ていた。
一般的な迷宮で見るような、階層主の扉のようなものだ。
異なるところは、そういうものとは違ってかなり装飾が細かく派手であるということだろうか。
中にいるのがこの迷宮を支配している存在だから、ということだろう。
俺たちはそのことも考えながら、ラウラに頷く。
「ああ。ここまで来たらやるしかないからな……」
俺がそう言うと、続けてロレーヌも、
「迷宮の支配者、迷宮核、そんなものを間近で見れる機会などまず、ないからな。楽しみだよ」
そう言う。
最後にイザークが、
「……私の手で、出来れば引導を渡してやりたい相手です。とはいえ、最後の一撃に拘ったりは致しませんので、その辺りはお気遣い無用ですよ」
と言った。
譲った方がいいのかな、とか少し思っていたのでそう言ってもらえると気が楽になるというか、戦いやすくなるな。
冒険者でも色々な理由で最後の一撃を譲る場合がある。
もちろん、命の方が大事だからどうしようもない場合はそういうことは無理だが、出来る限りは、というときがあるのだ。
階層主を倒したときに出現することがある宝の所有権の問題とか、今回のような因縁のある相手である場合とか、色々な。
「では、行きましょうか」
ラウラがそう言って、扉に手をかける。
俺たちは武器を握り、その向こう側に覗くだろう景色を想った。
◇◆◇◆◇
「一回り大きくなっているな……」
ロレーヌがそう言った。
確かに、そこにはシュミニだった巨大な魔物がいるが、その大きさは俺たちがここを去った時よりも一回り大きくなっている。
全長十メートルくらいだったのに、今は十一、二メートルはありそうだ。
横幅も広がっている。
変わってないのは腹に浮き出ているシュミニの顔くらいだ。
「……グラァァァァァァ!!!!」
と、観察もそこそこにして俺たちが一歩部屋に足を踏み入れると同時に、そいつは俺たちに反応し叫び声を上げる。
耳をつんざくような巨大な音にビリビリと部屋それ自体が震えた。
どう見てももう、人間的な理性は感じられない。
魔物そのもので、人型の存在を攻撃するときに感じるようなためらいは一切持つ必要がなさそうだ。
……まぁ、ゴブリンとか相手でも全然ためらわないけどな。
長く冒険者をやってればそんなものだ。
シュミニだったその直立ワニ型魔物は、その巨体からは想像も出来ないくらいの速度で俺たちに向かって来て、大きく口を開ける。
「皆さん! 散開です!」
と、ラウラが言うが早いか、全員で部屋の端の方に散らばる。
言わずとも固まらずに別々の方向へと散ったのは、狙いを逸らすべきだと皆が同時に判断したからだ。
戦いが、ここから始まる。