第33話 屍鬼の性能
次の日。
俺の体調が概ね、もとに戻ったことを確認してから、ロレーヌ提案の実験をいくつか行った。
まずは見た目の撮影から始まったそれは、かなり細かいことまでやったが、俺には一体何のためにやってるのかよくわからないものも多数含まれていた。
学者の性で、何もかも調べないと落ち着かないのかもしれなかった。
とは言え、それらの実験の中に、有用なものが全くなかったわけでもない。
むしろ、今までぼんやりと疑問に思っていたことのいくつかが解消されたので、やってよかったと思っている。
それでわかったことのうち、大きなものは、まず、俺が食事を出来ると言うこと、回復水薬などの回復系の薬剤がこの不死者の体になぜか効果を持つということ、そして毒の類がまるで効かないということだ。
また、食事については、人の血肉以外のものも口にできるとわかったことが大きい。
正直、屍鬼になった今ですら、なんとなく人の血肉を口にしたいという衝動は感じる。
肉についてはやはり屍食鬼の衝動だったのか、それほどでもないが、血についてはそれなりに強い渇きを感じる。
具体的にいうと、近くの人間が流した血の匂いがすぐに分かる。
方角は言わずもがな、その血を流した者の、年齢や性別、健康状態などもなんとなく分かるのだ。
これは相当だろうと思わずにはいられない。
しかも、美味しそうな匂いに感じる。
特に若く健康な娘の血の匂いに最も食欲を感じる……。
なんだかやばいものになってしまったな、と思わずにはいられない。
ともあれ、こんな渇きをずっと感じていては問題である。
どうにか解消できないか、と思って色々と試した結果、通常の食事をある程度食べるとその衝動は弱くなった。
それ以外にも、ロレーヌの血を若干分けて飲ませてもらったら、すっと引いていった。
通常の食事だと、大体普通の成人男性の三人前程度、ロレーヌの血であれば一滴で渇きは癒えたから、費用対効果的にはロレーヌの血の方が良さそうだが、まさか定期的に血をくれとも言いにくいなぁ、と思っていると、ロレーヌは、
「……この結果なら、私の血を定期的に飲んだ方が良さそうだな。とりあえず一瓶、保存の魔術のかかった容器に入れておくから、なくなったら言え」
と言って、すんなりと渡してくれた。
一瓶であるから結構な量のような気もするが、一度に飲むべきは一滴の血である。
つまり、これだけあれば一月くらいは持つだろう。
しかし問題はないではない。
なにせ、一月に一度、この量となると……流石にロレーヌの健康に問題がありそうだ。
普通の食事も挟みながら、大切に飲むことにしようと思った。
……しかし、普通に血を大切に飲むことにしよう、とか考えているあたり、人間らしさが希薄過ぎる自分の思考に頭が痛くなってくる。
そういう人間らしさをこれ以上失わないためにも、血だけを食事にしたりはしないで、普通の食事もしなければならないだろう。
また、毒については弱く、即効性のあるものから順に試してみたが、かなり強力なものでもまるで不調にはならなかった。
いざというときは、ロレーヌが毒の浄化魔術くらいなら使えるし、最後の手段として俺には聖気があるから発動すれば毒は何とかできると思っての無茶だったが、どちらも使わずに済んでしまったくらいだ。
毒については完全に無効だと思ってもいいだろう。
「……やはり、死んでいるから効かないということかな?」
ロレーヌがそんなことを呟いていたが、俺にもそれは分からない。
しかしそれが理由なら回復水薬も効かないはずだ。
どちらかと言えば、毒無効の特殊体質なのかもしれない。
あらかた調べ終わると、ロレーヌは、
「では、私はこれから実験の結果をもとに色々と考えてみることにする。お前は……まぁ、言うまでもないか」
何をか、と言えばこれからどうするか、だが、確かに言わずとも決まっていると言っていい。
俺のすべきことは、とりあえずせめて人間に見える状態になることだ。
できれば人間になりたいが……存在進化の本質が《望むものに近づく》ことだというのなら、いつか人間になれたりするのだろうか?
分からない。
ロレーヌにもその思いつきを尋ねてみるが、当然、
「分かるはず、あるまい……が、まったく可能性がないとも言えないからな。一応の目標としてはいいのではないか?」
と、いう返事をもらった。
ではその方向で頑張ってみるか……。
と決める。
暫定目標だ。
そしてそのためには迷宮に潜らねばならないが……。
「……この、けん、まだつかえると、おもうか?」
俺が剣を鞘から抜いてロレーヌに見せると、彼女は、
「……刃こぼれが酷いな。そのままでは無理だ。修理に出す必要があるだろう」
「だよな……」
ついこの間、渡してもらったばかりなのにもうこんな状態である。
絶対怒られるなぁ。
そう思いながらも、このままで戦うのは危険だ。
俺は覚悟を決めて、鍛冶屋にいくことにしたのだった。
◇◆◇◆◇
「……おい、なんだコレ」
鍛冶師クロープがその苦み走った顔をさらに厳しくゆがめながら、俺にそう言ったので、
「……あんたの、けんだ」
端的にそう言った。
するとクロープは、
「そんなの見りゃ分かる……俺が聞きたいのはなぁ……」
ため息を吐きながらそう尋ねてきたので、これ以上誤魔化すのはやめることにし、正直に話す。
「すまない。せいき、をながしたんだ……」
「あぁ? そりゃまた……それならこうなってもおかしくはないが、あんた、確か《水月の迷宮》に潜ったんだろう? あそこで聖気を使わなきゃならないような奴がいたか?」
この質問は、俺が魔力と気をある程度使えることを前提にしたものだろう。
つまりは、聖気を使わずとも、その二つの力のみで十分に対応できる魔物しか出てこなかっただろう、と言っているわけだ。
そしてそれは基本的には正しい。
だが、
「……じゃいあんと、すけるとん、にあった。だから、しかたなく……」
俺の言葉にクロープは目を見開いて、
「あそこに骨巨人なんか出るはずがねぇ……いや、あんたは嘘を吐くような奴じゃねぇよな……いったいどこで……」
「みとうは、くいき、をみつけた……」
「はぁっ!? あんた……おい、それは……」
驚いたが、即座に声を低めた辺り、その情報の重要性をクロープはよくわかっているようだ。
続けて、
「……本当か?」
そう尋ねてきたので、俺は無言でうなずいた。
するとクロープは、
「……いやはや、変な格好で来るから何があったのかと思いきや、そういうことがあったのか。それなら分からないでもねぇな……ま、いい。話は分かった。もう探索は済んだのか?」
分かった様なことを言うが、俺は特にそれには触れず、最後に聞かれたことにだけ答える。
「まだだ。だから、できるだけはやく、けん、がほしい……」
「だろうな……だけどよ、流石にまだあんたのオーダーの剣は出来てねぇ。今日のところはまた別の代用品をもってけ。もう少しいいのを出してやる」
もしかしたら頼んだ剣がもうできていたりしないかな、と思って来てみたところもあったのだが、やはり無理なようだ。
俺は頷いて、クロープの妻、ルカが選別してくれた魔力と気に耐える新たな剣を受け取り、店を出た。
◇◆◇◆◇
――ガンッ!
と、店を出ると同時に、何かにぶつかる。
どうやら、顔面をぶつけたようだ。
仮面がぶつかっただけなので無傷だったが、目の前を確認してみるとそこには男が一人いた。
白銀の鎧をまとった、騎士風の男である。
こういうタイプは居丈高なことも少なくなく、早いところ去った方が良さそうだな、と思い、軽く頭を下げてから黙って歩き出そうとすると、
「すまない。怪我はないか?」
と話しかけられたので、俺は仕方なく答える。
「……ああ。そちらは?」
「私も大丈夫だ……ところで、その様子だと、貴殿は冒険者だとお見受けするが……?」
そう話を変えてきたので、俺は返答せざるを得なくなり、頷いて答えた。
すると、騎士風の男は深刻そうな顔で、俺にこう、尋ねてきた。
「であれば、少し質問がある。この街の冒険者で、リナ、という少女を知らないだろうか?」




