第327話 数々の秘密と視点
「……ギィィィ!」
街の中を走っていると次々と出遭う魔物。
彼らを切り捨てながら、俺たちは進む。
それにしても不思議なのは、一体どこから湧き出してくるのかだ。
それはロレーヌも不思議なようで、
「……それほど強くない魔物とはいえ、一体どうやってこれほどの魔物を……延々と召喚しているのか? いや……それにしては広範囲に過ぎる……」
などとぶつぶつと言っている。
しかし、その答えは、街中を逃げ惑う人々の集団を見たときに明らかになった。
この状況である。
街を逃げ回る人々は少なくない数いて、マルトから逃げ出そうと、もしくは自宅よりも安全な場所に行こうと走り回っている。
そんな人々の一団の一つから、唐突に悲鳴が聞こえたのだ。
「……なんです!?」
とイザークが反応し、続けて俺とロレーヌもそちらを見ると、
「……まさか。そうか……そういうこと、か」
ロレーヌがそう呟いた。
俺もうめき声のような声で、
「……なんてことだ」
そんな言葉を自然と言わずにはいられなかった。
俺たちが目にした光景。
それは、マルトの住人の一人が、魔物に変化していく様子そのものだった。
◇◆◇◆◇
「……くそっ」
結局、放っておくわけにもいかず、魔物になったマルト住人のことは俺が切り捨てた。
その場にいた人々には何とも言えない目を向けられた。
別に、なんてことをするのか、みたいな非難の視線ではなかったが、怯えや恐怖と言った感情に塗りたくられていたのは分かった。
その目が伝えることは『わたしたちが魔物になったら、あんたたちはためらわずに切るのか』であった。
色々な意味で冗談ではない話だ。
俺だって、なりたくもない魔物になってしまった人間だ。
出来ることなら仮に魔物になろうがなんだろうが切りたくはない。
けれど、今回魔物に変化した奴は、隣にいた妊婦に襲い掛かろうとしていたのだ。
体だけでなく、心まで魔物になっていることが分かってしまった以上、切り捨てずにはいられなかった……。
逃げるようにその場から去り、またシュミニのいる地下、そこへの入り口に向かってひた走る。
無言だ。
何とも言えない空気である。
「レント。済まない、私がやればよかった……」
後悔するようにぽつりとロレーヌがそう言うが、それは違う。
別にロレーヌが悪いわけでもなんでもない。
俺が一番早く反応した。
ただそれだけだ。
距離も近かったしな。
ロレーヌは衝撃に一瞬だが固まってしまっていたが、それも人間として極めて普通の反応だろう。
……俺は固まりもしなかった。
やはりなんだかんだ言いながら、所詮は俺は魔物なのかな、と思いちょっと落ち込みかけたが、イザークが、
「レントさん。貴方は立派な冒険者です。一人の女性と、これから生まれ来る子供の未来を守った。そうでしょう?」
と恐ろしいほどの正論を言う。
確かに、そうだ。
俺が何もしなければ、その二人はもうこの世にはいなかったかもしれない。
けれど、そのことよりも俺は人だったものを手にかけたことに意識が行くのだ……。
良くないな。
俺は頭を振って、イザークに同意する。
「そうだな……。すまない」
「いえ……」
妙な空気になったが、こんな感じでシュミニのもとに辿り着くのは色々と問題だろう。
気を取り直していかなければならない。
無理に、というほどでもないが気持ちを切り替えて、前を向くことにし、地下への入口へと急いだ。
◇◆◇◆◇
「……あれは……?」
そうロレーヌが声を上げたのは、地下への入り口がある民家、その前に人が立っているのが見えたからだ。
魔物や屍鬼ではない。
黒いドレスを身に纏った、変わった雰囲気を纏う少女。
「……ラウラ様」
イザークがそう、呟いた。
そう、そこにいたのはラトゥール家の主である、ラウラ・ラトゥールだった。
なぜ彼女がここに?
今のマルトは非常に危険で、歴史があるだろう名家の年端もいかぬ少女が歩き回っていていいような状況ではない。
そう思う反面、しかし彼女なら……と思うところがないではない。
イザークの主なのだ。
イザークが一体何者なのかについて、もうほとんど確信に至っているわけだが、そんな彼の主なのだからラウラも……と考えるのは何もおかしな連想という訳ではないだろう。
彼女はそもそも色々な意味でそういう妖しさを纏っているのだから。
とは言え、今、詰問しなければならないことでもない。
それよりも、聞くべきはなぜ、ここにいるのか、ということだろう。
「……ラウラ、なぜここに?」
素直にそう尋ねる。
言葉遣いはもう以前から遜ってないし、今更だからな。
普通に喋る。
すると彼女は、
「状況の説明のために参りました。皆さんに、今、マルトがどんな状態なのかを認識してもらうために」
説明?
そんなものは後でもいい。
それよりも、シュミニだったあの魔物を倒すのが先決では……。
そう思ったが、ラウラは、
「正確な認識がなくては、この状況は解決できません。その意味は……すぐに分かります。とにかく皆さん、こちらに手を」
そう言って彼女は手を差し出した。
イザークは迷わずその手に自分の手を乗せたが、俺とロレーヌは少し逡巡する。
しかし、別に断らなければならないというものでもない。
時間もない以上、さっさとした方が良いのは間違いなく、俺もロレーヌもイザークと同じようにラウラの手の上に自分の手を乗せた。
「視点をお借りしますので、少し変な感じがするかもしれませんが、体はここにあり続けますのでご心配なさらずに。では……」
そう言ってラウラの体から不思議なオーラが発せられた。
魔力でも気でも聖気でもない……強いて言うなら……いや。
そんなことを考えていると、いきなり、ぱっと視界に映るものが変化する。
突然、空が近くなった。
遥か遠くに山々の稜線が見え、また森や平原も見える。
そしてきょろきょろとした視界が下に向かうと、そこには都市マルトの全景があった。
「これは……」
思わず言った自分の声はしっかりと聞こえた。
なんだか変な感じがする。
「お判りでしょう。これは、空にいる鳥の視点を借りています。レントさん、貴方があの鼠さんの視点を借りているのと同じように……」
ラウラの声もしっかりと自分の耳で聞いている感覚がした。
さきほど言った通り、体は相変わらずあの民家の前にあるということだろう。
いや、そんなことよりも、だ。
彼女の発言には看過できないところがある。