第326話 数々の秘密と街の状況
ゴブリン程度、どこにでもいる魔物であって、別に出くわしたとてそれほど驚くような相手ではないではないか、という意見もあるだろう。
確かにそれは概ね正しい。
しかしあくまでそれは、街の外で出遭った場合や、人間と交流を持っている平和的なゴブリンである場合に限られる。
基本的に、人間の街というのは魔物の侵入を拒んでいる。
小鼠のような極端に矮小な魔物ならすり抜けて入ってきてしまうが、ゴブリンくらいの、個体で人間の成人男性を害することが可能なほどの魔物となると、侵入を拒まれるのだ。
専門の魔術師などが、呪具と同様に、侵入した場合にそれと分かるような結界を形成し、そして侵入が判明した場合には即座に討伐の指令が出て、冒険者なり騎士なりが退治できるまで捜索する。
そんな状況であるがゆえに、マルトの地下であってもこんな風にゴブリンが現れるのはおかしいのだ。
当然、放置しておくわけにもいかないため、俺たちは現れたゴブリンを倒す。
三匹ほどいたが、俺とロレーヌ、それにイザークというメンバーで、ゴブリン程度に苦戦するわけもなく、簡単に倒すことが出来た。
もちろん、油断なくしっかりとセオリー通りに戦い、倒した。
ゴブリンはあれで連携に長けた魔物であるため、一匹ずつ数を削っていく方がいいと言われているのでそうしたのだ。
もちろん、このメンバーなら別々に一体ずつ相手してもよかったが、こんなイレギュラーな現れ方をしたのだ。
何かおかしな力を持っていないとも限らない。
そう思ってのことだた。
結果として、何の特殊能力も持っていない普通のゴブリンだったが……。
「……なんだったんだ? どうしてゴブリンが地下とは言え、街の中にいた……?」
ロレーヌが疑問を繰り返すが、その答えは誰ももってはいない。
ただ、推測するに……。
「さっきのシュミニの行動に関係あるのかもしれないな。とりあえず、地下を出て街の状況を確認した方が良さそうだ」
俺がそう言うと、他の二人も同感のようで、地下の出口に急ぐ。
◇◆◇◆◇
「……これは……!?」
地上への出口を出て、地下へ向かう穴のあった家屋から外に出ると、そこでは冒険者たちが街中にいる魔物と戦っている様子が目に入った。
種類は……色々だ。
ゴブリンもいればスライムもいるし、骨人もいるようだ。
しかし、あまり強力な魔物は見当たらない。
皆危なげなく相手をして、倒していっているようなので、加勢などは必要なさそうだが……。
「何が起こっている……?」
ロレーヌも街の状況に困惑しているようである。
イザークはそんな中、
「とりあえず誰かに聞いてみましょう……」
そう言いながら、少し先でゴブリンと戦っている男のもとへ行き、ゴブリンを一撃で切り捨ててから、尋ねた。
「この状況は一体どういうことなのですか?」
男は急に現れたイザークに若干面食らっているようだが、それでも答えた。
「いや……俺にも良くは分からねぇが、さっき突然、魔物が現れ出したんだ! それで、冒険者総動員で倒して回ってるんだよ!」
「突然……? 何の前触れもなく、ですか?」
「あぁ。あんたらも加わってくれ。屍鬼もたまに出るからきをつけろよ!」
そう言って男は次の魔物を倒しに走り去っていく。
「……聞きましたか?」
イザークがそう言ったので、俺たちは頷いた。
「あぁ。だけど、なんでこんなことになってるのか理由は分からなかったな……冒険者組合に行けば分かるか?」
「さぁな……しかし、地下でのことは報告しに行かなければなるまい。あれが原因の可能性が高そうだし、な」
ロレーヌがそう言ったので、俺たちはそのまま急いで冒険者組合に向かう。
◇◆◇◆◇
冒険者組合の中は全員が忙しそうに動き回っていた。
職員も総出で働いている。
そこら中にけが人が転がっていて、そのけが人たちも治癒術師に治癒をかけられてすぐに冒険者組合を出ていく、なんていう地獄のルーティーンを繰り返しているようだった。
致命傷を負っているような者はかなり少ないようなのがせめてもの救いか。
そんな中、自らもかなりの怪我を負いながらも指示を飛ばしているウルフの姿が目に入ったので俺たちは近づく。
「……レント! お前、またなんかやったのか!?」
俺を見ると同時にそんなことを言ってくるあたり、色々とあれだな。
だが気持ちは分かる。
俺が吸血鬼シュミニを追いかけて行ったあと、しばらくして街がこんな状態になっているのだから、何か俺がやったのかもと考えるのは自然だ。
実際、原因を目の前で見たかもしれないのだから更に反論できない。
ともあれ、俺たちはウルフにシュミニのことについて、説明する。
周囲に人の目があるので色々とぼやかしたところはあったが、概ねウルフは理解し、聞き終わってから頷いた。
「……何が起こってるのかはまだよくわからないが、おそらくそいつが原因だろうな。退治するしかなさそうだが……」
そこで期待したような目を俺たちに向ける。
はっきりと行けと言わないのは、色々と酷使している気持ちがあるからかもしれないな。
ただ、今のこの状況で酷使されていない冒険者などいない。
この冒険者組合の中を見れば一目瞭然だ。
ウルフ本人だって大怪我を負いながらも応急処置だけで頑張っているような状況である。
これで断れるわけがないし、断るつもりも別にない。
イザークだって行きたそうだしな。
ただ、彼は冒険者組合の組合員というわけではないが……別に一緒に行ってはいけないと規則で決まっているわけでもない。
今話した内容で、彼が十分戦力になることは分かっただろう。
それに加えて、マルト冒険者組合のお得意様のようだからな。
文句などウルフも付ける気はないだろう。
「わかった。行くよ。イザークが一緒でいいよな」
一応確認を入れてみるが、ウルフは、
「ああ。それはさっきの報告を聞いてるから、十分な力があることは分かってる。行くこと自体は構わん。ただ、報酬の問題があるが……」
これについてイザークは、
「報酬は必要ありません」
とはっきりと言った。
それは、この事態に自分の知り合いが思い切り関係しているという後ろめたさと、そもそも金銭的に不自由していないという理由があっただろう。
ただ、ウルフはそう言った事情とは関係なく言う。
「いや、そういうわけにはいかねぇ。命を張った奴はそれに見合う対価が必要だ。臨時の組合員として扱うから、後で報酬は渡す。計算は落ち着いてからで勘弁してくれ。じゃあ、行って来い!」
俺たちは頷いて、再度街に戻る。