第325話 数々の秘密と変化
ナイフを刺した瞬間、シュミニの体にぴしり、と罅が入り始めた。
その罅は彼の体中に徐々に広がっていき、彼の青白い肌をタイル状に分割していく。
さらにその罅から青白い光が漏れ始めて……。
「……シュミニ」
イザークがぽつり、と呟くが、それどころではない。
ロレーヌが、
「レント! これは……まずいんじゃないか!? 逃げた方が……」
……確かに、なんか爆発しそうな雰囲気が凄い。
もしそうなったときどの程度の規模なのかがまるで想像がつかない。
とりあえず、何か知ってそうなイザークに、
「イザーク! これはなんだ!?」
と尋ねてみるが、彼は、
「……分かりません。ともかく、この場は去った方がいいかもしれません。行きましょう」
と言って広間の出口の方に走り出した。
そして、俺たちが広間から出たと同時に、爆発音のような音が聞こえ、広間へ続く通路から強い風が吹き、吹き飛ばされる。
熱くは……ないな。
爆弾みたいなのとは違うようだが、しかし、なんだかものすごく気持ち悪くなるような風だ。
夏場に生暖かい風を浴びたような気分というか……。
ただ、気分が悪いだけで体に特に不調はない。
「……やっぱり、自爆かなんかだったのか?」
ぽつり、と俺がつぶやくと、イザークが首を振った。
「昔の話になりますが、シュミニはそういうタイプではありませんでした。目的のためなら犠牲をいとわないところはありましたが……敵を倒すために自爆、というのはあまりにも短絡的すぎて彼らしくないと思います。何か目的があって、そのためにああいった行為に出たのではないかと……」
「そういや、贄がどうとか言ってたな……」
俺の言葉に、ロレーヌが、
「贄か。何かを召喚する儀式とかか? ではあの広間に強力な魔物とか、そういうものが出現していると……?」
と推測を述べる。
その可能性はありそうだ。
見に行ってみようか、と思って三人で顔を見合わせる。
それから、
「……危険かもしれませんが……確認は必要でしょう」
というイザークの一言によって見に行くことに決まった。
イザークはそれ以上にシュミニがどうなったか気になっているというのもあっただろうが、ここで何も確認せずに帰るというわけにもいかない。
冒険者組合なりなんなりに先に報告に行く、という選択もあったが、それにしても流石にシュミニがどうなったかくらいは見ておかなければならないだろう。
警戒しながら、逃げて来た道を戻る。
そして、広間の直前までたどり着いたので、広間の中を覗くと、そこには何か巨大なものが中心に居座っていた。
「……あれは、なんでしょう? 竜……のように見えますが……」
「それにしては不格好だ。ワニが直立したような感じだな」
イザークの言葉に続いて、ロレーヌがそう評する。
ただ、どちらかというとロレーヌの発言の方が的を射ている気がする。
大きさはワニなんかとはケタ違いで、十メートル近いが。
体型も大きく異なり、体全体が筋肉とボコボコとした皮膚で覆われてとにかく怪力そうだ。
間違っても戦いたくはない雰囲気だが……。
そう思ってさらに観察を続けていると、
「……あれは、人の顔か?」
俺がその物体の腹部当たりを示しながらそう言うと、イザークとロレーヌがそこに注目する。
イザークはそれを確認して、
「……間違いないですね。シュミニです……」
と無念そうに言った。
巨大ワニ型魔物の腹部は、緑色の皮膚で覆われているが、その一部分が不自然に盛り上がっている。
それをよくよく観察してみると、人の顔のようになっているのだ。
そして、それはどう見ても先ほどまで俺たちと相対していた人物――シュミニに他ならなかった。
取り込まれたのだろうか?
それとも、あの魔物自身がシュミニ?
どういうことなのか分からないが……。
ともかく、これからどうするか決めなければならない。
一番重要なのは……あの魔物を倒すか、とりあえず報告に戻るかだが……。
俺とロレーヌとしては一旦戻った方がいい、ということで一致している。
なぜかと言えば、それほど実力に自信がないというのと、もしこのメンバーであれに挑んで死んでしまった場合、街の人々はこれにしばらく気づかない可能性があるからだ。
最近それなりに腕には自信が出てきている俺だが、絶対に倒せる、などと思えるほど自惚れてはいない。
なんだかんだ言って、しょせんはまだ銅級だ。
ロレーヌだって銀級ではあるが、頻繁に依頼を受けているわけでもないため、戦闘勘はそこまでというわけでもない。
使える魔術は豊富だし強力なのだけどな。
反対にイザークは今すぐにでも飛び掛かっていきたそうだった。
それは、あの魔物の腹に浮き出たシュミニをどうにかしたいから、なのだろう。
先ほどまで敵対していたとはいえ、昔からの知り合いなのだ。
助けたい、なのか、自分の手で引導を渡してやりたい、なのかについては、おそらく後者に近い気持ちだろうが、どちらもないまぜになったような感覚であろうことは想像に難くない。
ただ、心の中ではそう思っていても、イザークも今、何が一番重要なのかは理解しているようだった。
彼は魔物をちらりと一瞥してから首をゆるゆると振って、
「……私の我儘でマルトをこれ以上危険に晒すわけにはいきません。一旦、戻りましょう。倒したいのであれば、報告を終えた後にまた来ればいいだけの事です」
と言った。
その言葉に俺とロレーヌも頷き、広間の魔物にばれないようにゆっくりと通路を下がっていったのだった。
◇◆◇◆◇
奇妙なことが起こったのは、出口に向かってしばらく進んだときのことだった。
「……ギギッ!」
というある意味聞きなれた声を俺の耳が捉えたのだ。
イザークもそれを聞いたようで、俺の目を見る。
「……レントさん、聞きましたね?」
「ああ……」
少し遠かったから流石に普通の人間の耳のロレーヌには聞き取れなかったようで、
「何か音が鳴ったのか?」
と尋ねてきたが、その直後、俺たちの会話の意味をロレーヌも理解する。
少し進むと、通路の角から、びゅん、と弓矢が飛んできたのだ。
ロレーヌは基本的にずっと魔術の盾を張っているし、俺は俺で剣で叩き落とす準備もしていたが、その弓矢はイザークの手によってばしりと掴まれた。
それを確認したのか、角から、
「ギギッ!」
とまた声がし、そしてその主が現れる。
「……ゴブリン。なぜ、ここに……」
ロレーヌの不思議そうな声が響いた。