第323話 数々の秘密と凄腕の正体
吸血鬼が飛んでいった、とウルフが言っていた方向に走っていくと、途中、何かを探し回っている冒険者たちの集団に出会った。
何を探しているのか、と思って彼らの声に耳を澄ますと、
「吸血鬼はどこに逃げたんだ!? さっきまで、銀髪の凄腕と戦ってたってのに、二人とも消えちまったぞ!」
「知るかよ。転移魔術でも使ったんじゃねぇか? 吸血鬼は上位のものはすげぇ魔術を使えるっていうし……」
そんな会話をしている。
やはり、こっちの方に吸血鬼が来ていたというのは間違いないようだ。
しかし、彼らは完全に見失ってしまっているみたいだが……。
けれど転移魔術、というのは流石に冗談というか売り言葉に買い言葉なのだろう。
探しても見つからないから、怒鳴り合っているだけだ。
ともかく、それでも何か手がかりはないかと俺は彼らに近づいて話しかける。
「おい!」
「お前は……あぁ、最近マルト冒険者組合に来た変な奴か。腕は確かだって話だが……」
今は仮面を顔全部覆っている形にしているため、レント・ヴィヴィエだと捉えた冒険者がそう言った。
しかし、俺のことはそんな風に言われているのか。
まぁ、たしかに見た目からして変な奴なのは否めない……。
ただ、今はそれは置いておき、尋ねる。
「今ちょっと耳にしたが、この辺りに吸血鬼がいたんだろ? どこに行ったのか全然分からないのか?」
すると、話しかけた中年冒険者は苦々しい表情で頷き、
「……ああ。実は、吸血鬼の野郎はあの辺の屋根の上にいて、凄腕の銀髪の兄ちゃんと戦ってたんだが、二人そろってどっかに消えちまってよ。どこにいったのか……」
それはさっき別の冒険者も言っていたな。
しかし、凄腕の銀髪?
一体誰なのか……ニヴは灰色の髪だから違うし、ミュリアスは銀髪だが女だしな。いや、ニヴも女だけど。
……と、それより大事なのは吸血鬼の行先である。
消えたって、どこに消えたのか……。
そう思っていると、どこかから轟音が聞こえた。
どっちだ、ときょろきょろしていると、肩からエーデルが飛び降りて、どこかに向かって走り出す。
「場所が分かるのか?」
と尋ねると、
「ヂュッ!」
と返答があったので、ロレーヌと顔を見合わせ追いかけることにする。
そんな俺たちを今の今まで話していた中年冒険者が不思議そうに見たので、場所が分かった、というべきか迷ったが、俺の体のことを考えると人目は少ない方がいい。
それに、そこにいた冒険者たちは大体がベテランではあっても、銅級がほとんどだ。
屍鬼相手ならともかく、上位の吸血鬼が相手となると、いささか厳しい。
俺も基本的な技量については似たようなものだが、無限とは言わないまでも、かなり死ににくい体なのだ。
ロレーヌも銀級であるし、いざというときは俺が人間盾になればいいので問題ない。
とは言え、もちろんどこまでやれるか不安ではあったが……。
やるしかないだろう。
覚悟を決めて、俺たちは走る。
◇◆◇◆◇
エーデルの案内で辿り着いたのは、マルトの地下だった。
おそらくは、古い下水道だろうが……。
「……こんな場所があったとは、今の今まで気づかなかったぞ」
ロレーヌが走りながらそんなことを言う。
俺だって同じだ。
入り口は古い民家のタイルの下に隠されていたが、他にも入り口はあるのだろう。
マルトも辺境とは言え、それなりに歴史ある街だが、それにしても不思議だ。
王都の近くにあるのはまだ分かるんだが、マルトは田舎都市だぞ……?
とは言え、あるものはあったで仕方がないというか、なんであるのかは考えてもわからないのでとにかく進む。
すると、狭く薄暗い道が唐突に開けて、大きな広間に出た。
天井が高い半球状になった部屋で、壁際にはいくつも像が飾られている。
四人の女性が東西南北から広間の中心を見つめている感じだ。
誰の像なのかは分からないが……それはともかく、その中心には、細剣を持ちながらも倒れている男を踏みつけにしている、剣を持ったローブ姿の男がいた。
「……おや? お客人ですか。ここからがいいところなのに、水を差すのはやめてくださいよ……」
言いながら、そのローブ姿の男は剣を持っていない方の手をこちらに掲げた。
その手には魔力の集中が感じられ、口元は何か呪文を唱えるようにぶつぶつ言っている。
俺たちに魔術を放つつもりだ、とすぐに分かった俺とロレーヌはその場から散開すると、直後、男の手から放たれた炎の火球が俺たちが今まで立っていた場所を焦がす。
「……むっ!?」
かなり短い詠唱で放たれた魔術だったので、避けられるとは思わなかったのか驚いた顔をした男。
ロレーヌがそんな男に向かって、今度は反対に魔術を放つ。
氷の槍が男に向かって七本、殺到した。
男はそれを慌てて避けたため、倒れている男からは距離をとって離れる。
それを見た俺は、ローブ姿の男を警戒しつつも、倒れた男のところに近づき、助け起こした。
おそらくは、先ほど冒険者が言っていた、凄腕、という人物だと思って。
すると、顔が見えて……。
「……イザーク!?」
その銀髪にすっとした冷たい顔立ちに、俺は見覚えがあることに気づいた。
イザーク・ハルト、つまりはタラスクの沼で出遭った、ラトゥール家の使用人である。
どうしてこんなところにいるのかその理由は全く分からないが、彼なら確かに凄腕と言われるのは納得だ。
普通の人間には難しいタラスクの沼を、まるで散歩でもするように軽装で歩いていたのだから。
「……レントさん」
イザークは意識はあるようで、俺の顔を見てそう呟いた。
傷は……ないな。
あの状況で、それは少し不自然な気がするが……。
「レント!」
そう思った瞬間、ロレーヌが叫ぶ。
なぜなのかは分かっている。
ローブ姿の男が近づいてきているからだ。
ロレーヌが魔術でけん制してくれていたが、流石に限界がある。
イザークもロレーヌの言葉に気づいて、
「話は後にしましょう!」
そう言って落ちていた細剣を即座に拾い、立ち上がってその場から飛んだ。
俺も即座にその場を離れると、直前まで迫っていた男の剣が地面を削った。