第322話 反逆者イザーク・ハルト3
――キィン。
私の剣と、シュミニの剣が重なり合い、そんな音を鳴らした。
吸血鬼の持つ、特別な作りの武器、《血武器》。
その力を十全に発揮すれば、いかなるものをも切り裂くことの出来る暗黒の魔剣。
吸血鬼の鍛冶師が、使い手の血を使って作ることにより、その体内に収納することが出来るようになり、また特別な能力を宿すことが出来るようになるもの。
シュミニのそれは、とても懐かしく感じられた。
かつては隣でそれを振るう彼を、頼もしく見ていた。
共に戦い、そして我々の悲願を叶えるのだと思って。
今は……その剣がとても重い。
仲間としてなら極めて頼もしかったそれは、敵として戦っている今、おそろしく強力な一撃を私に加えてくる。
私の武器もまた、同じもの……。
長い間使わずに、血も吸わせず放置しておいたから、血の色は帯びていないが、それでもその耐久力は変わっていない。
一般的な武具であれば、《血武器》と打ち合いなどすればすぐに刃こぼれし、また折れるものだが、曲がりなりにも打ち合えているのはこの剣があるからだ。
けれど、それでも長い間。放置しておいたという事実は否めない。
「どうしたのですか、イザーク! あの頃の、肉食獣のような剣捌きを貴方は忘れてしまったのですか!? それで、この私に勝てるとでも思っているのですか!!」
そう言いながら何度となく斬撃を加えてくるシュミニに防戦一方になる。
彼の剣は、一体どれほどの血を吸って来たのか。
彼と袂を分かって、長い年月が経っている。
その期間に積み重ねられた差が、今、ここで現れてきている……。
戦いからも、私は離れてしまった。
もちろん、魔物相手にたまに暴れたりはしてきた。
けれど、せいぜいがその程度。
私のここ最近の主な仕事は、ラトゥール家の執事としての業務全般で、その中に対人戦闘は含まれてはいない。
端的に言って、勘が鈍った。
そういうことだろう。
しかしだ。
それでも、私はやらなければならない。
この街のために、ひいては、あの方のために、だ。
そう思って私は、剣を握る手に力を入れる。
すると、剣の握り手部分から、棘のようなものが突き出て来た。
そして私の手を抉り、血を噴き出させる。
けれど、私の血がだらだらと屋根の上に零れ落ちることはない。
そうならないのは、剣が私の血を吸っているからだ。
《血武器》、吸血武具とも言われるこれは、持ち主や犠牲者の血を吸ってその力を発揮する呪いの武具に近い品だ。
私はかなり長い間、これに血など吸わせることがなかったから、久々の感触に眉をしかめる。
どくどくと、血の流れる感覚がし、またかなりの勢いで剣に吸われている感触もある。
腹が減っていたらしい。
何年も餌を与えられなかったのだから、そうなるのは分からないでもない。
それから、私の剣は形を変えていく。
銀色の細い刀身を芯として、横に赤い刃を広げていくのだ。
つまりは、細剣ではなく、大剣へと。
それを見たシュミニは私から距離をとる
なぜなら、これが私の本来の戦い方だと、知っているからだ。
彼と私は、お互いを良く知っている。
武器も、戦い方も、考え方も、好きなものも、嫌いなものも、全てだ。
だからこそ、今のお互いの在り様が許せない。
なぜそうなってしまったのかと、どうして自分のことを理解してくれないのかと、押しつけがましい感情が心の中に湧きだすのを抑えられない。
……たぶん、悪いのは、私の方だ。
変わったのは私で、彼の方は何も変わっていない。
昔のままだ。
だから、本当はここですんなり殺されてやるべきなのかもしれない、とも思う。
けど、それはどうしても出来ないのだ。
「……さぁ、行くぞ、シュミニ」
私はそう言って、殆ど私の身長と同じくらいの大きさになった大剣を両手で持ち、構える。
シュミニは笑って、
「それでこそ、貴方です。イザーク。その調子で思い出してください。共に戦っていた時のことを」
もうすでに思い出している。
湧いてくる闘争心、肉を前にした犬のような気持ち、理不尽に対する憎しみ。
あれは、遠ざかっていたようで、実際は心の底に沈んで澱のようになっているだけだと、気づく。
けれど、それをもう一度掬い取ろうとは思わない。
沈んだままにして、永遠にそこに置いておく。
そう、決めているのだ。
私は剣を振りかぶり、シュミニに向かって加速する。
シュミニもそんな私を見て、剣を改めて構えた。
振り下ろした大剣はシュミニを垂直に襲うが、しかしそれをシュミニは受け流すことで避ける。
そうなることは予想していたため、即座に回転するように動いて縦の斬撃を横からのそれへと変えた。
けれどこれもまた、シュミニが持つ剣によって防がれてしまう。
ただ、質量の差で、シュミニは少し吹き飛んだので、それを私は追った。
手加減など一切することなく、剣を叩き込みに行くために。
けれど、そんなシュミニに向かって、地上から矢と魔術が放たれる。
大した威力ではないため、シュミニは剣を振って吹き飛ばしたが、
「……やはり、邪魔ですね」
と言って、再度魔術を放とうとしたため、私はそんなシュミニに横合いから斬撃を加えて吹き飛ばす。
「また、邪魔を……」
そんな文句を言われるが、私は言う。
「冒険者は次々とやってくる。邪魔されたくないというのなら、場所を移そう」
否、と言われたらそのときは無理にでも掴んで引っ張っていこうかと思った。
けれど、シュミニは地上の冒険者たちを一瞥し、その背後からさらに冒険者の一団が走ってきていることを確認して、仕方なさそうに首を振り、
「……いいでしょう」
そう言った。
彼としては、羽虫のように冒険者にうろつかれてたまにちょろちょろ魔術や弓矢を叩き込まれるのは遠慮したい、ということだろう。
昔から、美味なものは誰の邪魔もされないところで味わいたい、というタイプだった。
邪魔されると烈火のごとく怒ったものだ。
懐かしい……などと、思ってはいけないのだろう。
私は彼に言う。
「こっちだ。ついてこい」
そこが、お前の墓場だ、と言いたいところだったが、私の墓場になる可能性もある。
気を引き締めなければ、と思った。