第320話 数々の秘密と街
別にニヴは俺のことを信用して親玉を任せた、というわけではないだろう。
そうではなく、マルト周辺に存在する全ての吸血鬼を確実に潰したかったのだと思う。
というのも、《新月の迷宮》にいた吸血鬼は、上級クラスという話だったし、俺がまぁそこそこ強くなっているとはいえ、倒せるかと言われると仮になりふり構わず全力を出したとしても微妙なところだった。
ニヴからしてみれば、まず間違いなく無理、と感じていただろう。
だからニヴは自分で倒すことにしただけだ。
そして親玉吸血鬼については、一体どんな理由があってマルトにいて、何をしているのかは分からないが……ただ屍鬼たちを暴れさせるだけではなく、それに加えて何かをやろうとしているのは間違いない。
《新月の迷宮》にニヴを引き寄せて、切り札であろう《血武器》の力を使って引き止めなければならない程度には、時間がかかることをだ。
マルトの戦力は、あの少年吸血鬼が言うように、心もとないところもあるが、それでも、多少の時間稼ぎくらいは出来るだろう。
何のためのか、と言えばニヴがあの少年吸血鬼を倒して、マルトに到着するまでの時間だ。
そして、俺にもそれを期待されているのだと思う。
俺ならば親玉吸血鬼を倒せる、みたいな言い方をしていたが、あくまでうまいこと乗せようとしての台詞だろう。
中級吸血鬼に苦戦しそうな程度の力で、それよりもさらに強力かもしれない存在と戦って勝てるわけがない。
でも、足止めくらいは可能だ。
親玉吸血鬼の邪魔をするだけして、ニヴの到着を待つのが俺がすべきことだろう。
……可能なのかな?
まぁ、そこは頑張ってどうにかしよう。
きっと為せば成る。
たぶん。
◆◇◆◇◆
マルトに到着すると、轟音が聞こえた。
「レント! 中央広場の方だ!」
ロレーヌがそう言って駆け出す。
俺も同様に走った。
……やっぱり、身体能力の差は大きく、ロレーヌの速度は遅い。
しかしロレーヌの魔術の腕は親玉吸血鬼と戦うためには必要だ。
結論として、俺は、
「……ちょっと急ぐぞ」
そう言ってロレーヌを抱え上げ、それから足に力を籠める。
「レ、レント……! すまん……」
ロレーヌが申し訳なさそうにそう言うが、これは単純に適材適所の問題だ。
俺は体が魔物で、かつ剣士であるから身体能力が高く、こういったことが得意。
対してロレーヌは魔術師で、その得意分野は砲台としての役割だ。
気にするようなことじゃない。
だから俺は言う。
「親玉吸血鬼と戦う時は、活躍を期待してるよ」
すると、ロレーヌは頷いて、
「ああ、もちろんだ」
そう言った。
◆◇◆◇◆
そこはまさに阿鼻叫喚だった。
中央広場では、何人もの冒険者たちが呻きながら地面に転がっていた。
皆、満身創痍で、骨を折り、血を流し、また体に穴が開いている者もいる。
そんな中を、治癒術師たちが走り回っていた。
ただ、怪我人たちの中にはまだ立って指示を出している者もいて……。
「……ウルフ!」
冒険者組合長の姿を見つけて、ロレーヌを下ろし、俺は駆け寄った。
「……レント、か。《新月の迷宮》の方は、どう、だった? それと、ニヴ・マリスは……」
立ててはいるが、彼自身も傷だらけだ。
ぼたぼたと血が流れている。
無駄遣いは出来ないが、とりあえずの止血を聖術でもって施すと、
「……お前、便利だな」
大分復活したらしいウルフが目を丸くして言った。
そういえば聖気を実際に使って見せたことはまだなかったかな。
ちょっと驚くくらいで済んでいるのはもう俺について何が起こってもおかしくないと思っているからかもしれない。
魔物になるよりはずっと良くあることだしな。聖気を使えるくらいのことは。
「それで、何があったんだ? 誰にやられた?」
ロレーヌがウルフにそう尋ねる。
何かが破裂したような後がそこかしこに残ってはいるものの、それを起こしたと思しき犯人の姿は中央広場のどこにも見えなかった。
だからこその質問だったわけで、これにウルフは答える。
「おそらくは上位の吸血鬼だ。見た目からははっきりと中級吸血鬼なのか上級吸血鬼なのかは判別できなかったが……力が桁違いだったからな」
「そいつが親玉吸血鬼だ。《新月の迷宮》でその手下と思しき吸血鬼たちに会った。そいつらの一人が言うには、マルトで何かやるつもりらしい……ニヴはまだそいつと戦ってるよ。倒せ次第、戻ってくる予定だ」
俺の言葉にウルフは、
「……屍鬼が暴れてただけでも大した事件だってのに、まだ何かやる気なのか……こいつは、じっとしてらんねぇな……ゲホッ……」
言いながら、せき込み、血を吐くウルフである。
やっぱり少し聖気の治癒をかけたくらいじゃ厳しそうだ。
さらに重ねてもう少し治癒を……と思って手を掲げたのだが、ウルフはそれを止めて、
「そいつは温存しとけ。さっき言った吸血鬼は何だかわからねぇが、向こうの方に飛んでった。まだ怪我が浅かった冒険者たちが追いかけてるから、お前らも行って来い。そして倒すんだ。マルト冒険者の底力を見せてやってくれ」
「ウルフ、だがその前に、あんたも治癒を……」
周囲に治癒術師たちがいるのだ。
彼らに優先的に治癒をかけてもらった方がいい。
なにせ、ウルフは冒険者組合長なのだ。
責任者がここまで重傷では色々と問題があるだろう。
しかしウルフは、
「他の奴らの傷の方が深いからな。まずはそっちが優先だ。それにここまで傷つくとマルトにいる治癒術師の力では完治までは持ってけねぇ。それじゃ、戦力にもならねぇからな……意味がない。ただ、頭の方ははっきりしてるから、指示は出せる。これくらいで十分だ。今、お前にも治癒をかけてもらったしな」
と言い張って聞かない。
言い分は分からないでもないが……。
ウルフの目を見ると、説得しても聞きそうもない。
こういうことならもう仕方がないだろう。
俺が頷いて、
「わかったよ……じゃあ、吸血鬼を追ってくる。死ぬなよ」
そう言うと、ウルフは、
「当たり前だ」
と獰猛な肉食獣のように笑ったのだった。