第316話 数々の秘密と吸血鬼狩り
「……死なない?」
ニヴがそう口にすると、少年吸血鬼は言った。
「そうさ。俺たちは力を授かった。本来なら中級吸血鬼にしか扱えない《分化》、それに上級吸血鬼にしか持つことの出来ない血武器を与えられた。見ただろう? 俺たちはいくら切られようと、いくら刺されようと、こうして無傷で蘇ることが出来る。何度でも、何度でも、だ……」
「ふむ……なるほど、そう、です、かッ!」
頷きながら、ニヴは足に力を入れ、地面を蹴った。
そのまま少年吸血鬼をバラバラに切り裂いて見せるが、やはり、黒い蝙蝠となって飛び去り、集合してまた元通りになる。
少女吸血鬼の方も同様で、なんど切り裂かれても復活してしまう。
「いくらやっても無駄だ……!」
「はやく諦めなさい!」
少年も少女も、そう言ってニヴを襲い続けるが、けれど不思議なことにニヴの顔には一切、焦りはなかった。
それどころか、口の端に笑みを浮かべて楽しそうですらある。
彼女は言う。
「諦める? 何を馬鹿なことを……私が吸血鬼狩りを止めるときは、死ぬ時ですよ。それまで、永遠に、ずっと! 貴方方は私の獲物です。そう、滅びるまで、ね!」
狂気か、執念か。
彼女の中の一体何がそこまで吸血鬼に対する執着を生み出すのか分からないが、その狂おしいほどの思いは本物だ。
目に宿る光、それが伝えるものは一貫して変わらず、どこまでも吸血鬼たちの姿を追う。
彼女が諦めるときがあるとしたら、本人の言う通り、彼女自身がこの世から消滅するときなのだろう。
そして、ニヴと吸血鬼二人の戦いはしばらく続いたが……。
「……!?」
「……えっ……!?」
吸血鬼二人が、急に眼を見開いて、自分の体を見た。
何十回目か分からないが、ニヴに切り裂かれ、復活した直後のことだった。
ニヴはそれを見て、笑う。
「……ふふっ。やはりね」
何が、と思うが、彼女の視線が向かっている方向を見れば、一目瞭然だ。
二人の吸血鬼、その指先を見てみると、さらさらと、砂のようになってきているのが見て取れた。
吸血鬼二人は慌て、叫ぶ。
「なんだこれ……なんなんだよ!」
「どうして……? 治れ、治れッ!」
そんなことを言いながら、《分化》を使い、腕の先だけまた形成しなおす、ということを繰り返すも、指先の砂化は一向に治らない。
ニヴはそんな二人に言う。
「……貴方方は無知に過ぎる。吸血鬼、その能力の一つ《分化》。それはその身を別の形に置き換え、そしてまた元通りにつなげる技術ではありますが……何度でも、永遠に、出来るというわけではないのです」
「な、なにを言って……」
少年吸血鬼が震えるようにニヴを見て、言う。
ニヴは続ける。
「世の中、なんでもそうですが、無限のものなど滅多にありませんよ? 何かしらの制限があって、その中で暮らしている……それはどんな生き物だって同じです。意外な話ですが、魔物と言えど、その限界からは逃げられないのですよ。神がそう定めた……いえ、神ですら、その力には限界がある。ですから、ね。貴方たちのその《分化》にも限度がある。使いすぎると……そのようになってしまうという限度がね。貴方たちのような付け焼刃でない中級吸血鬼は皆、知っている話です。貴方たちは、知らなかったようですが」
「そんな……だって、シュミニ様は、そんなこと一言も……」
「それが貴方たちの盟主ですか? ま、そいつは滅ぼしますが……貴方たちにあえて伝えなかったんでしょうね。そんな限界がある、と分かってたら、貴方たちに恐れや躊躇が生まれると思ったのでしょう。貴方たちのような覚悟の足りない者に、曲がりなりにも戦わせるためには特別な方法が必要ですが、それが、その力だった、ということでしょうね……捨て駒にされましたね。酷い話です」
ニヴの無慈悲な事実を突きつける言葉に、二人は、
「そんなわけない……そんな、そんな方じゃ!」
「だって、私たちは、いつか私たちの国を作れるって、そこで幸せに暮らせるって……」
そんなことを言うが、ニヴは、
「……幸せな夢ですね。まるで母親が子供に聞かせるおとぎ話のようです。甘く、優しく、可愛らしく……そして全てが嘘だ。私が、貴方方を無に帰してあげましょう。その方が、心穏やかでいられますよ」
こつり、こつり、と一歩一歩距離を詰めていくニヴ。
二人の吸血鬼は、ニヴに聞かされた話に、そして自分の崩れていく体に、混乱が隠せない。
動くことも出来ず、何か言葉を発することも出来ずに、ただ、ニヴが近づいてくるのを見ていた。
「さぁ、お眠りなさい。暗闇は、暖かくあなたを迎えてくれるでしょう」
ニヴは、目の前までやってきて、未だに動けないでいる少年吸血鬼の首を、その鉤爪で刎ねた。
すぱり、と分かたれた首と体。
しかし、今度ばかりは黒い蝙蝠へと変化することなく、切断された部分からふっと砂に変わっていき、そして完全に消滅してしまった。
さらに、少し離れたところにいる少女吸血鬼の元まで歩く。
少女吸血鬼の方も、やはり、身動きが取れない。
声も出ない。
いや……。
「あ……あっ……私」
振り上げられたニヴの鉤爪を凝視して、何かを言いかけたが、
「貴女は、死にゆく人間の言葉など、まともに聞きもしなかったのでしょうね」
そう言って、その言葉を聞くことなく振り下ろした。
真っ二つに割かれた少女の体はそのまま、砂へと変化して、空気に解けていく。
二人の吸血鬼がいなくなったあと、ニヴはそのまま、突っ立っている、なりかけの屍鬼たちの方へ進み、何とも言えない表情で彼らを見つめてから、
「……ミュリアスさん、出番ですよ。こちらへ。レントさんもお手伝い頂けますか?」
そう言った。