第30話 水月の迷宮の成果
「……ちょっと待ってくれ。たしかこの辺に鏡が……」
ロレーヌがそう言って周囲を漁り始める。
彼女も無頓着に過ぎるところがあっても女の端くれ、鏡くらいは持っているということらしい。
そして、
「ほれ、見てみろ……いや、ずれているというのは正確ではないかもしれんが……」
ロレーヌが俺の前に差し出した鏡を見てみると、確かにそこには、仮面の位置が変化した俺の顔が映っていた。
いや、仮面の位置が、どころではない。
――仮面の形が変わっている。
顔の全体を覆っていたはずの仮面が、今は上半分だけを覆っていて、口元はむき出しの状態だ。
しかも。
「……はだ、が」
ぼんやりとした声で俺がそう言ったのを、ロレーヌは頷き、
「あぁ、そうだな。いろいろあって言いそびれたが……レント。お前、見た目が変わっているぞ」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
その後、色々確認してみたところ、俺の容姿はかなり変わっていた。
もちろん、仮面の形が変わった、というだけでない。
ローブを脱いで体を見てみると、未だに枯れてはいるようなところはあるが、健康的に見えるところも出てきていた。
生前の体の、ところどころが虫食いのように枯れている感じ、と言えば分かるだろうか。
これなら人に体を見せても、古傷が多い、で済むかもしれない。
まぁ、それにしては傷が大きすぎる、といわれるかもしれないが、即座にお前は屍食鬼だろ、とは言われないだろう。
顔は……。
仮面のなくなった下半分については体と同じようになっている。
それでも、体よりは化け物感が強いと言うか、屍食鬼っぽい。
健康的に見える部分もあるが、一番重要な口周りが結構酷い。
歯茎むき出しというか……骸骨感があるというか。
これは隠さないとダメそうだな……どうにかならないものか。
そう思っていると、
「……お、おい!」
ロレーヌがそう声を上げた。
どうしたのか、と思っていると、鏡の中、顔の上半分を隠していた仮面が融けるように動き出し、今度は顔の全体を覆った。
いつも通りの、骸骨仮面姿である。
……どういうことだ?
「……レント、その仮面、ただ呪われているだけではなさそうだな?」
ロレーヌが興味深そうな視線を向けてそう言った。
確かに、こんな妙な動きをする仮面は、ただの仮面ではないだろう。
まぁ、呪われている時点でただの仮面ではなさそうだが。
ロレーヌは仮面を観察しつつ、
「……今、その仮面の形が変わった時、お前、なにかしたか?」
と尋ねてきたので、歯茎むき出しはダメそうだな、どうにかならないかな、と考えたと言った。
すると、
「ふむ。お前の意志に従って変化したということか? ……意思ある道具か。珍しいな」
意志ある道具
それは、魔剣などに代表される、持ち主を自身で選ぶ武器などの、非常に特殊な無機物のことだ。
迷宮で発見される場合が多く、現代では作ることは困難だと言われるそれは、珍品であると同時に、名品であることが多い。
俺のつけている仮面もその類ではないか、とロレーヌは言っているわけだ。
しかし、これはリナによれば銅貨何枚かで買ったものだぞ。
いくら何でも意志ある道具にしては安すぎではないだろうか。
そう、ロレーヌに言えば、
「呪われていたんだ。さっさと手放したくてその値段設定だった可能性が高い。それか……その仮面には人の意識を操る力があるということも考えられる……」
と不気味なことを言う。
呪われて外れないのはもう仕方がないが、意識まで操られてはたまったものではない。
ただでさえおかしな存在になってしまったので。
せめて自分の意思で動くくらいさせてほしい。
とは言え、これをつけてから今に至るまで、すべて俺の意思に基づく行動だったのか、と言われると……かなり怪しい気もするが。
ロレーヌに襲い掛かったことだしな。
ロレーヌは仮面の観察を続ける。
「……お前の意思に従って形を変えたということは……ふと思ったんだが、もしかしたら、もう外れるんじゃないか?」
思いついたようにそう言われて、なるほど、と思った俺は、改めて外れろと考えてみる。
しかし、仮面はまるで外れる様子はなかった。
「引っ張ってみてもいいか?」
「あぁ……」
ロレーヌが宣言通り、仮面の両端を持って引っ張るも、やはりくっついたように離れない。
ロレーヌが非力、ということはないだろう。
たしかに男よりは力がないだろうが、これで一応冒険者の端くれでもある。
普通よりは体力があるほうだ。
つまり、まだ仮面は俺に引っ付いて離れない、ということだ。
「ダメだな。もう一度、形を変えるように念じてみてくれるか?」
頷いて、頭の中で仮面の形状を考えてみる。
すると、やはり仮面は顔の上半分だけを覆うように変化した。
「他の形状には?」
言われて色々と試してみて、明らかになったのは、仮面は全部で大まかに言って三つの形状に変化する、ということだ。
全体を覆う形、顔の上半分、下半分のそれぞれを覆う形だ。
それ以外も出来ないこともないが、基本的にそれ以外は出来ないようで、装飾や模様が変えられるくらいのものだった。
「……形状は変えられるが、外れることは無い、か。微妙な結果だな。まぁ、悪くはないのかな? なにせ、お前の顔はまだ、不死者寄りだ」
ロレーヌがそう言って頷く。
実際に彼女の言っていることは正しく、俺の顔の下半分については人にさらすのは難しいだろう。
体も全体を見せれば、やはり動いているのはおかしい、という形状をしている。
なにせ、ただの傷ではなく、明らかにえぐれて骨が見えているような部分もあるのだ。
血がまるで出ないのはおかしい、ということになる。
ただ、そういったところを隠せば、今までよりはずっといいだろう。
パッと見なら十分人間に見える、そういう容姿をしているからだ。
それに……。
「……こえは、へんじゃないか?」
「あぁ。大分流暢になっているな……少し違和感を感じるところもないではないが、慣れの問題かな?」
「わからないが……たしかに、しゃべりやすくなっているな」
これは非常にありがたいことだ。
しかしそれにしても急にどうして……と疑問を感じたところで、あぁ、と思った。
「そんざい、しんか、したのか」
俺が自分の現状にぼそりとそう呟くと、ロレーヌも頷いて、
「おそらくはそういうことだろうな。迷宮で魔物と戦ってきたからか」
水月の迷宮に行くことはロレーヌにも言っていた。
だからこその推測だろう。
しかし俺はこれに首を傾げる。
「それは……どうなんだろうな。たしかに、まものとはたたかったけど……ぐーる、になったときは、まものをたおした、ちょくごにしんか、していたから……」
「……それに比べると、お前は少なくともこの家に帰って来た後に進化しているから、今までとは違うということか……私を倒したから存在進化したとか?」
「いやいや……たおしてないだろう」
「そうだな。むしろ私が倒したと言ってもいいくらいだ。あとは……あぁ、私の血と肉を口にしたか。あれが原因かもしれないな?」
と、ロレーヌは驚くべき説を口にする。
俺が目を見開いていると、彼女は、
「いや、それほど突拍子のない話でもないぞ。今のお前の姿を見ると……屍食鬼というよりかは、吸血鬼の眷属であるとされる屍鬼に似ている。下位吸血鬼のさらに下の魔物だが……」




