第289話 数々の秘密と努力の意味
「ほう、聖魔気融合術、か。そんなことが……。ま、魔気融合術にしてもそれにしても、俺には使えないから教えようがないが」
カピタンが俺の言葉に少し残念そうにそう言う。
が、こればっかりは仕方がないことだ。
かたや魔力は生まれつきの部分が大きく、かたや聖気は運の問題だ。
聖気を運扱いすると様々な宗教団体のお歴々の皆々様に怒られそうだが、現実問題そうなんだから仕方がない。
まぁ、別に信仰心が全く関係ないと言う訳でもないんだけどな。
一生懸命祈ってたら、とか、善い行いをした結果、とかそういう理由で加護をもらえて聖気を使えるようになることは少なくない。
俺だってもともと、祠の修理をしたという善行らしきものをしたがゆえに加護をもらえたんだからな。
ただ、聖気が欲しい!みたいな下心ありきでそういうことをしても加護はもらえないんだな。
そういう逸話がいくつも残っている。
神々はやはり、神々だと言うことだろうか。
人の心を見抜くのかね。
でも邪神なんかの類がくれる加護も、善神のそれと見分けがつかないと言われているから微妙な話だ。
実際にそんな存在から加護をもらってる人は見たことないから分からんけどな。
当然だ。
俺は邪神の加護があるんだぜ!羨ましいだろ!とは誰も言う訳がない。
聖気を持っている、というくらいは言うかもしれないけどな。
邪神からもらおうが善神からもらおうが、聖気は聖気なのだ。
邪気ではないのだよな……なぞだ。
そんなことを考えつつ、俺はカピタンに言う。
「カピタンなら聖気はともかく魔術くらい使えそうだけどな」
この男なら、むしろ使える方が自然だ。
そう思ってしまうくらいの能力がカピタンにはある。
しかし、カピタンは、
「ああいう小難しいのはガルブの婆さんに任せておくさ。ハトハラーの民が古王国の末裔だとはいっても、全員が魔力を持つわけじゃない。まぁ、他のところよりは魔力持ちが生まれやすいらしいのは事実のようだが、それでも誤差の範囲だ。今の村にいる魔力持ちは、ガルブの婆さんと、お前、それにガルブの婆さんに弟子入りしてるファーリくらいなもんさ。多いとも少ないとも言い難いな」
俺の場合は、もともと使い物にならないくらい少なかったのだから、実質的に村の魔力持ちはガルブとファーリの二人だろう。
村の人口から考えるともっといるような気はするが、俺と似たようなレベルでしかない者が大半なのだろうな。
かろうじて使い物になるのが、ガルブとファーリくらいだった、と。
まぁ、そこは普通だな。
「変わった村とはいっても、そんなもんなんだな」
「そりゃ、昔のことを伝えている人間がもう、三人しか残ってないからな……ただ、悪いことじゃない。ハトハラーはあんな秘密を抱えるには小さすぎる。忘れた方がいいんだろうさ」
「そういうものか……」
考えると、いざというときに良く知っていなければ対応が、とか色々あるが、たとえば国が介入してきたとして、そういう場合にハトハラーの規模で対応もなにもないか。
多少強力な個人だったらガルブやカピタンがどうにかするわけだ。
神銀級クラスが来たらもうそれは国がどうにかしようとしてもどうにかなるものでもないしな。
あれはほぼ天災だ。
諦めるのは良くないが、そういう心境になるしかなくなるだろう。
「ま、その辺のことはいいさ。もう決まったことだ。今はとりあえず、《気》の話だな」
「そうだな……で、あの力は?」
俺がそう尋ねると、カピタンは言う。
「《気》には色々と使い方があるのは分かっていると思うが、その基礎は身体強化、治癒力強化、武器強化があるな。その辺は比較的簡単に身に付くし、使いやすい。ただ、俺がお前に試合のときに見せたあれは、ちょっと難易度が上がる。お前が村を出なければそのうち教えてただろうが……お前には夢があったからな。流石に時間が足りなかった」
俺は冒険者組合で冒険者になれる年齢、つまりは十五になった時点でマルトに向かってしまった。
それ以上我慢できなかったのだな。子供だ。
今もそういうところの子供っぽさは変わっていないが。
しかし、あの当時、時間がなくて教えられなかった、という技を果たして今、学んで使えるようになるのか?
ある程度、ハトハラーに滞在するつもりはあるけれど、せいぜい数週間、数か月であって、一年も二年もいる気はないぞ。
寿命は……ないかもしれないが、冒険者としてちゃんと活動したいしな。
あくまでニヴから避難して来たに過ぎないのだから。
そう思った俺は、素直にカピタンに尋ねる。
「一体どのくらいの時間がかかるものなんだ? 教えてくれるのはありがたいけど、学ぶにしてもそんなに長くハトハラーにはいられないぞ」
すると、カピタンは、
「お前次第だな」
「っていうと……?」
「《気》の練度がどれくらいあるかだよ。幸い、その辺りには問題はないと思う。十年前、お前が駆け出し冒険者になったころの練度じゃ、まぁ……まともに学んで一年、二年はかかりそうだったが、今なら数週間、場合によっては数日で身に付く可能性もある。今までお前が頑張って来た結果だな」
……十年間、全く成長がなかったな、と思って生きてきたが、意外と俺は成長していたらしい。
確かに、武器に気を込める時間とか、身体強化の長さとか、治癒の効率とかは少しだけ上がってたかもな。
小手先の技術と言うか、《気》の量が増えなくても出来る工夫の部分はとにかくやれるだけやった気がする。
「無駄かもしれないと思ってやって来たことも色々あったけど、意外と意味があったんだな……」
しみじみ呟くと、カピタンも頷いて、
「気はな。魔力や聖気とは違う。才能よりは努力の要素が強い。ちゃんとコツコツやれば、確かに結果に結びつくもんだ。まぁ……お前の場合、気の絶対量の伸びが極端に少なかったから、僅かな成長を感じるのも難しかったのかもしれないが……今のお前はそうじゃない。かなり気の量も増えているし、やれることはかなり多いだろう」
そう言った。