第286話 数々の秘密と提案
「どうするもこうするも、何も変わらない。俺の目標は神銀級冒険者を目指して頑張る、さ」
そう答えた俺に、ガルブは呆れたような納得したような表情を浮かべる。
「あんた……魔物になっても変わりなしかい。まぁ、あんたらしいっちゃらしいが……」
「そりゃ、もちろん、人間に戻る方法は探すぞ。でも、将来の目標はそんなに簡単に変わらないだろ」
俺の返答にガルブは安心したように頷き、
「あぁ、それは一応やるのかい……吸血鬼のままの方が便利そうだが、そのままだと仲間に狩られかねんというところかい?」
「そうだ。まぁ……俺が吸血鬼だなんて知ってるやつは限られてるけどな。ここにいるメンバーに、迷宮でたまたま会った駆け出し冒険者が一人、それに以前からの冒険者仲間一人と、冒険者組合職員一人、そしてマルトの冒険者組合長くらいだ。その他にも俺が前とちょっと変わってる、ってことを認識してる奴はいるけど、はっきりとは説明してないからな」
クロープ夫妻はもう知っている方だろうが、はっきりと説明したことはないし、彼らの生活を考えると説明しない方がいいだろう。
言ってもたぶん、今まで告白した人々と同じような反応を示してくれるとは思うが、無理に知らせる必要もない人たちだ。
クロープなんかは武器の使い心地や要望を伝えればそれでいいようなタイプだしな。
まぁ、魔物が武器を使ったらどうなるか、なんていうデータは欲しいかもしれないが……今は気にしないでいいだろう。
「十人もいないんだね。とは言え、秘密の内容を考えるに多いような、少ないような……微妙な数だ」
「本当は誰にも言わない方がいいのかもしれないけどな。俺は結構抜けてる自覚もあるし、フォローしてくれる人材が欲しかったと言うか」
一人でやろうとしてやろうとしたことがうまくいかなかった十年があるからな。
人を頼ってみようとちょっと思い始めていたと言うのもある。
迷宮に潜る時なんかは基本ソロ、というスタンスは変わらないが、それ以外のところではな。
全部が全部自分だけでやろうとはもう思わない。
「その筆頭がロレーヌと言うことか?」
カピタンがそう言ったので、俺は頷く。
「あぁ。魔物になって、いの一番にロレーヌに頼ったよ。魔物についてロレーヌは詳しいし、きっとな、俺が魔物になっても変わらないと信じられる一番の相手だったからさ」
「そして、実際にそうだったわけだ」
ガルブがそう言ってロレーヌを見る。
ロレーヌは頷いて、
「レントが魔物になったくらい、気にするような付き合いではなかったですから。それに私は魔物について研究しています。そのための協力を、魔物本人から得られるというのですから、ことさら拒否する必要もありません。むしろこちらから付き合いをお願いしたかったくらいで」
「ふうん? そうなのかい。ロレーヌ」
ガルブがそう言ってから、彼女の耳元に口を寄せた。
何か喋っているが……それにロレーヌは頷いたり首を振ったりしている。
表情も結構くるくる変わっているが……。
「……何の話をしてるんだ、あの二人は?」
俺とともに蚊帳の外に置かれたカピタンにそう尋ねると、カピタンは首を振って、
「……ガルブの婆さんがああいうことをし始めたときは黙ってるのが一番だぞ。首を突っ込むとろくなことがない……」
とげんなりとした顔をする。
俺が首をかしげると、カピタンは、
「以前、宴の席で俺の妻がガルブとあんな感じで話しているときがあってな。気になって首を突っ込んだら……とんでもないことになった」
と青い顔で言う。
何が起こったのか気になって、
「……どうなったのか聞いてもいいか?」
と尋ねると、カピタンは、
「俺の妻が、俺の部屋の物置から昔の女にもらった品を後生大事にしているのを発見したらしくてな。その処遇についてどうすればいいのか相談していたのだ」
「……それはなんというか……」
一番見つかってはいけないパターンだろう。
というかそんなもの結婚したあとなら捨てておけと言う話だ。
捨てないと言う選択肢を選ぶ自由はあるが、せめてもの礼儀として絶対に見つからない場所に隠しておくべきである。
そんな感覚の責める視線を俺が浮かべていたのに気づいたのだろう。
カピタンは慌てて首を振り、
「……別に本当に後生大事にしまっていたわけではない! 単純に部屋の奥の方にいれていたのを忘れていただけだ。それから十数年となく触れないでいたからな……大事にしているように見えてしまっただけだ! と言う話を妻とガルブに対して、部下たちが酒を酌み交わしている席でする羽目になってな……あれは、酷い経験だった。最後には事なきを得たし、夫婦仲も良くなったのだが、もう一度経験したいかと聞かれれば、絶対に否であると答えざるを得ない……お前は挑戦するか? もう一度、念のために言っておくが、やめておいた方が賢明だぞ?」
大物の獲物を前にした時にしかしない、本気の表情でカピタンは俺の肩をひっつかみながら言う。
ギリギリと強い力がこもっていて……あぁ、うん、これはやめておいた方が良いんだなと心の底から分かってしまった。
別に俺にはこれ以上ロレーヌに隠しておかなければならないような話もないんだけどな……大体、疚しいことなんて夫婦じゃないんだから発生しようがないとも思うが……。
しかし、危機感は確かに感じる。
なんていうか、野生の勘みたいな?
触らぬ神にたたりなし、みたいな?
魔物になってからその辺の勘は強くなった気がするから、これは第六感の導きにしたがって何も言うべきではないな、と俺はガルブとロレーヌの会話に聞き耳を立てないことにした。
それからしばらくして、
「……悪かったね。ほっといて」
二人の会話が終わったらしく、ガルブがそう言って来た。
「いや、別に構わないが、もういいのか?」
内容は聞かないで俺はそう言う。
ガルブはこれに頷いて、
「ああ、まぁ、大した話じゃなかったからね。それで、改めてあんたのことだ。夢が変わってないこと、人間に戻りたいこと、どちらも分かったよ。それでね、これは提案なんだが、あんたとロレーヌ、少し村で修行していかないかい?」
唐突にそう言った。