第285話 数々の秘密と考察
「そんなによく見たのか……?」
俺が尋ねると、ガルブは答える。
「よく見た、とまで言われるとそうでもないが……たまに見たと言う感じだね。ただ、吸血鬼は四十年ほど前から念を入れて狩られ始めたからね。それまでも狩りたてる奴らはいたが……力の入れようが変わったんだ。それから、ほとんど見なくなったさ。もうかなりの数、狩られてしまったのか、それともどこかに隠れたのか……分からないけど、まぁ、悪い奴らじゃなかったよ」
「なんで、そんないきなり……?」
俺が素直にそう疑問の声を上げると、これにはロレーヌが答えた。
「ロベリア教だろう。昔から吸血鬼に対して排他的な思想を持っている宗教団体だからな。あそこは。特に四十年前となると、今の教主が頭角を現し始めた時期だ。内部事情は詳しくは分からないが……権力闘争を経て、教主となり、それからかなり教義が過激かつ純粋になったらしい。吸血鬼狩りはその中の一部だな。他には聖者・聖女などの勧誘の強化や、国家に対する働きかけを強めたことなどがあるが……まぁ、その辺は私の専門ではない」
彼女の言う通り、この世に存在するすべての宗教団体が吸血鬼を敵とみなしているわけではない。
東天教なんかは好きとも嫌いとも言っていないところだからな。
宗教によって分かれているところだろう。
ただ、ロベリア教はかなり広範囲で信じられている宗教であり、権力とのつながりも強いから人々の認識に強い影響を与えていることも確かである。
それもあって、多くの人の感覚で吸血鬼は悪とされがちだ。
あんまり……という人間もたまにいるが、特に吸血鬼に対して好悪を示していない東天教信者でさえ吸血鬼に対して否定的な人間が少なくないくらいだ。
好意的な人物はほぼいないと思っておいた方が良い。
「ロベリア教はなんでそんな親の仇みたいに吸血鬼を憎むんだ?」
俺がふと思った疑問を口にすると、ガルブが、
「まぁ、人の血を吸うとか、その辺りについて嫌悪感を覚える奴が多いからじゃないかい? やはり捕食しているところを想像すると共食い感が強いからねぇ。そういう異端に人は敏感なもんさ。他には……嫉妬と言うのもあるかもわからんね」
「嫉妬?」
俺が首をかしげると、ガルブは続ける。
「そうさ。吸血鬼は不死者だ。長い時を生きる。その寿命はほぼなく、栄養……血を摂取し続ける限りは永遠に若さを保っていられる。しかし、人族には吸血鬼になる方法はさほど与えられていない。吸血鬼の血を呑む、眷属となって力を貯める、そんなものくらいしかない。率直に言って、腹立たしいんだろうさ。人間は、富や権力、名誉を手に入れれば、そのあとは永遠の命を欲しがるもんさ。それなのに、どれだけ今まで手に入れたものを行使しても手に入らない宝物が目の前にあったら……そしてすでに手に入れている存在がそこにいたら……。もう嫉妬しか浮かばんだろうね。そういうことさ」
それは現代においても持たれている感情である。
吸血鬼になる方法を求める富豪や権力者と言うのは未だにいるからだ。
吸血鬼の立場は決して良くないのに、その血液が求められ続け、高値がついているこの状況がその証左であろう。
同じ理由でリッチになる方法なんかも需要があるようだが、こっちはな……骨になっちゃうからな。
骨経験者として、たとえ永遠の命だろうが色々と寂しいものがあるからやめておいたら?とか言いたくなる。
まぁ、言ったところで通じないんだろうけれども。
「嫉妬か。そんなにいいもんじゃないんだけどな……」
吸血鬼になった俺が得たもの、失ったものを考えながら俺がそう言うと、ガルブは、
「そうかい? まぁ……想像できなくもないね。昔から魔術師たちは言ってきたことだ。過ぎた力を求めれば身を滅ぼすと。《アーカーシャの記録》だってそうだ。あれは全てであり、一つだ。手に入れれば、何もかもが叶う……誰もが知りたいと思って当然のものさ。もちろん、求めるのは自由だが、その過程で正気を失う者も少なくなかったと言われている。力には、責任が伴うのだ。それは義務ではなくて……手に入れようとしたら確実に負う報いさね。それを避けることは難しい……。ただ、何も知らないものからすれば、持てるものが言う、傲慢にしか思えないのかもしれんがね」
ガルブは、《アーカーシャの記録》にしろ、吸血鬼やリッチになる方法にしろ辿り着いてはいない、もしくは求めようとしたことがないのだろうが、それを得た時の危険性を分かっている。
「一回なってみろ、と言いたいところだけど、それも難しそうだしな……」
「ふむ……そうなのか? そもそも、レント。あんた、なんでそんな風に……」
ガルブが根本を訪ねて来た。
カピタンも知りたそうな表情をしていたので、俺はあの迷宮での一連について説明する。
「なんていうか……簡単にいうと、迷宮に潜ったら《龍》に食われて、気づいたら不死者になってたんだ。最初は骨人だった。徐々に進化して……今は吸血鬼なのさ。嘘くさい話だけど、な……」
信じがたい話だが、想像通り、というべきかガルブもカピタンも普通に受け入れて頷いてくれる。
その辺りの反応については、最初から想像はついていたな。
不安もない。
ただ、《龍》については流石に驚いたようだった。
「《龍》には流石に私も遭ったことがないね。カピタン、あんたは?」
「俺もないな……。そもそも、実在するのか。あれは伝説に過ぎない話だと思っていたぞ」
実際、普通の人間にとっては遠目にもまず、遭うことなどない存在である。
そう言いたくなるのも分かる。
けれど。
「実際に俺はあった。こうなってしまったのがその証拠、というとちょっと弱いかもしれないけど……他に理由がな」
普通の人間が魔物に変異できる方法など滅多にない。
吸血鬼の血を手に入れる、とか、リッチになる儀式の方法を知り、素材を手に入れるとかあるが、そういうのをわざわざ俺がするわけがないというのも二人は分かっている。
「ま、そうだね……。信じるほかあるまい。というのは分かるよ。それで、あんた、これからどうするつもりなんだい?」
ガルブが尋ねて来た。