第284話 数々の秘密と在りし日の吸血鬼
「それは私も聞きたいね」
ガルブが後ろから寄ってきてそう言った。
試合が終わったのを確認して来たのだろう。
少し遠くに立って観戦していたわけだが、ロレーヌもいる。
「と言っても、ガルブはほとんど察してるんだろ?」
俺がそう尋ねると、ガルブは、
「……まぁ、ね。あんたのその見た目もそうだが……今回、最初に会った時点で、何か違和感を感じていたよ。魔力や気には、なれると個人に固有の気配のようなものが分かるようなるんだが、あんたの魔力は、前に感じられたものと色が変わっていた。量が増えていること自体はそれほど気にはならなかったんだ。何かのきっかけで、急に魔力が増える者と言うのもいるからね。ただ、あんたの場合は……魔力の質が変わっていた。それは、余程のことがなければないのさ」
ガルブの言葉を聞きながら、魔術初心者としてそうなんだなぁ、と思っていたが、ロレーヌが苦々しい顔で、
「この人が言っていることは一般的ではないぞ。確かに、個人に固有の魔力波形、というのは確認されてはいる。いるのだが……それは精密な魔道具などを使って初めて分かることだ。私だって、魔力それ自体は見ることが出来るが、そこまで細かく判別することは出来ん。なんて言うかな……ガルブ殿がやっていることは、水を舐めてその産地を当てているようなものと言えばいいかな。それが、そう簡単に出来ることと思うか?」
そう言った。
水を舐めてって……無理に決まってるだろと即座に思う。
まぁ、口触りのいい水、とか炭酸水、とかなど分かりやすい特徴があれば、それくらいは判別できるかもしれないが、せいぜいそのくらいだ。
細かく産地を言い当てるのは流石に無理だろう。
さらに、水なら地域とかをいくつか言えばいい程度だが、魔力は持っている者が膨大にいるのだ。
俺には分からない感覚だが、似ている魔力を持つものだってきっと沢山いて、それらを判別するのは手間だろう。
しかしガルブには、出来る、ということか。
「私の場合は人に魔力を見せないよう、隠し続けたからね。その辺りの感覚がかなり磨かれたのさ。五年や十年じゃ利かない、何十年となく磨き続けた技能だ。簡単にできたらこっちが困るよ」
「それは……ハトハラーだと魔術師であることを隠さなければならなかったからか?」
俺がそう尋ねるとガルブは頷き、
「ああ、そうさ。私の師に当たる人物も出来た。これは特殊技能かも知れないね……。ま、それはいい。ともかく、その私の感覚からして、レント、あんたの魔力は以前のそれとは大幅に違っていた……何か変わった、と気づくのは簡単だったと言う訳だ。それに加えてロレーヌの幻影魔術もあったしね。あんたが話すマルトでのことも……色々とぼかしてはいたが、違和感はあった。体質が変わったとか、そんな話もしていただろう。従魔もいるっていうし……そういうのも全部含めて、ずっと考え続けて……それでね。あぁ、っておもったのさ」
あぁ、とは、あぁ、俺が何か特殊なものに本当に変わっているのだろう、ってことかな。
だから、魔力の質が変わり、戦闘能力も上がって、体質も変わったと。
ガルブにとってはヒントが多すぎたのかもしれない。
それでも推測できてしまうのは凄いが……ま、ここまで分かられて何を隠しても仕方がない。
俺は素直に言うことにした。
「……察しの通り、俺は変わった。今はもう、この身は人族のそれじゃない。おそらくは……魔物の体だよ。その結果、羽が付属したり夜眠らなくても平気になったり従魔……つまり、眷属が出来たりした。主食は人の血で……ただ、普通の食事も出来る。目はほら、よく見ると赤いだろう?」
それを聞いて、ほとんど分かっていたこととはいえ、ガルブもカピタンも目を見開く。
そして俺の目を覗き込んだ。
「……確かに、赤みがかっているな。仮面のせいで暗く見えるから目立たないが……よく見れば色が前とは変わっている」
「そのようだねぇ……赤い目に、眷属を従えた、血を啜る魔物……ほう、つまりあれかい? あんた、魔物は魔物でも、吸血鬼になったってことかい?」
流石のガルブでも種族までは分かりかねたらしい。
感嘆したような、面白そうなような、弟子が魔物に変わったと聞いたわりには奇妙な反応だが、そんな様子で俺に尋ねて来た。
俺は頷いて答える。
「ああ。たぶんだけど、今の俺は不死者の一種、下級吸血鬼だ。聖気も使えるし、教会に行っても特になんともないし、聖水被っても火傷もしないし、太陽も平気だけど」
「そりゃまた……便利なことだね。しかし、たぶん?」
俺の言い方に疑問を覚えたのか、ガルブが首をかしげると、ロレーヌが説明した。
「今のレントの説明をお聞きになれば分かると思いますが、吸血鬼であるにしてもその特徴があまりにも通常の吸血鬼のそれとは異なりますから。本当に吸血鬼なのかどうか、断定しかねると言うのが実際のところなのです。ただ、吸血鬼にも色々と種類があることですし……人が把握していない、亜種なのではないか、と推測はしているのですが……その程度です」
「ふむ……? 確かに、普通の吸血鬼の魔力とは違う気がするね。あいつらの持つ魔力はもっと、ねっとりとした感じを受ける。心地よい闇の気配と言うか……レントのそれはむしろそういう偏りが感じられないよ」
ガルブは魔力ソムリエなのかそんなことを言う。
ロレーヌに分かるか?と視線を向けてみるも、苦い顔で首を振られてしまった。
こればっかりはガルブの特殊技能なのだろう。
というか、吸血鬼の魔力を評価できるくらいに近くで会ったことがあるのか、この人は。
「吸血鬼に会ったことがあるのか?」
気になってそう尋ねてみると、ガルブは頷いて、
「ああ、最近じゃそうは見ないけどね。私が若いころは結構その辺の隊商なんかに交じってたもんだよ。隊商の人間も分かって連れていることが多くてね。今の世の中だと随分悪者扱いされることが多いが、本質的には人族と大して変わらないね」