第283話 数々の秘密と決着
クロスカウンター……とは言えないか。
ただの相打ちになった俺とカピタンである。
お互いの頬の部分にお互いの拳がめり込んでいる。
俺の拳は当然にカピタンの肌に直接、だがカピタンの拳の方は俺の仮面にめり込むように入っている。
仮面は壊れてはいないので見た目の上では仮面で完全に防御できたように思えるが、実際は衝撃が仮面の内部まで入ってきている……《気》の力による内部破壊だ。
剣鉈に気を込められて、拳に込められない道理はないと言うことだろう。
武器に込める方が制御に失敗しても被害がないのでリスクが低いから俺はそればかりだが、こういうときのことを考えると拳に直接込めて攻撃する修練をすべきだろうな……。
しかし、それにしても、これは……。
疲労のない俺ではあるが、ダメージはしっかりと蓄積する。
傷もすぐに治るが、何も消費せずに復活しているわけでもない。
魔力や気が相応に消費されるのだ。
そのため、今のすっからかんの状態だと、回復もきつい……。
それでも一時間も経てば大体の傷は治るだろうが……今この場でそれは出来ない。
ということはだ。
つまりどうなるかというと……。
ずるずるとカピタンの頬から俺の拳がずれていく。
そしてそのまま俺は膝をついた。
カピタンも同様で、肩で息をしながら、膝をつき、それから、俺が同様にしているのを見て、
「……はっ。ちょうど、相打ちかよ……」
と笑った。
どうやら、体力も気も無尽蔵に思えた彼も、やっと限界に達したらしい。
これ以上動くのは厳しいようだった。
たった今の今までそんな雰囲気は一切出してこなかったが……敵に弱みは見せない、という基本を最後までやり切ったと言う所だろう。
流石は、俺の師匠……どう見ても村の狩人レベルではないな。
改めて考えるとたまに村に魔物退治のため、冒険者を呼んだりしていたのはなんだったのかという気がするが、あれもまた、擬態の一種だったのだろう。
普通の村なので危ない時は普通に冒険者を呼んで魔物退治をお願いしますよ、という言い訳である。
まぁ、カピタンも転移魔法陣を使ってたまに留守にしていたみたいだし、カピタンの部下の狩人たちは強いが、それでも一般の域を出ないからな。
カピタンとガルブが特殊なのだ。
そしてその理由は、二人ともハトハラーの特殊な役職を継承しているから、と。
……村長である父さんも強いのだろうか?
《国王》だからそんな技術はいらないか。
そんなことを考えつつ、俺がカピタンとの戦いの勝敗について、
「相打ち、か……」
と呟くと、カピタンは言う。
「なんだ、不服か?」
「まさか。勝てるとは思ってなかったから、十分だ。もちろん、負けると思って戦ってたわけでもないけどな」
「そうかよ……ふっ。レント」
「なんだ?」
「……強くなったな」
それはかなりの不意打ちで、俺は驚く。
別にカピタンに褒められたことが今まで一度もなかった、というわけではないのだが、たった今、カピタンの口から出た言葉には、なんというか、感慨のようなものが籠もっているような気がしたのだ。
よくやった、とか、よかったな、とか、そんな手放しの賞賛が込められているような。
だから、胸がひどく暖かくなった。
なにせ、やっとまともに胸を張れるようになったような、そんな気がしたから。
神銀級冒険者になると村を出て十年、底辺を彷徨い続け、故郷の人々にどんな顔をして会えばいいのか分からない日々が続いていた。
それでも、みんな何も気にせずに会ってくれるから、たまに来てはいたけれど……どこか、俺は何も出来てはいないなと毎回感じていたのだ。
けれど今回は……。
まだ何かが出来ている、とははっきりとは言えないけれど、展望が見える。
あの頃には見えていなかった道が、目の前に広がっているのが。
それをカピタンに、今示せたような、そんな思いがして、あぁ、戦ってよかったな、と思った。
お互い、武器は一つずつダメにしてしまったけどな。
特にカピタンの剣鉈は昔からの愛用品だったんじゃないかな……だとすれば申し訳ないことをした。
ただ、手加減はしようがなかったのだから仕方がない。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。カピタンとここまでちゃんと打ち合えたのなんて初めてだ」
「俺だって弟子相手にここまで苦戦したことはかつてない。冒険者でも上の方の奴らや、秘境の奥地にしかいないような魔物ならまた違うかもしれねぇが……今日のお前を見るとな。いつかそういう奴らともやりあえそうだ」
カピタンは強かったが、最強と言う訳ではない。
冒険者でも白金級や神銀級となると……本当の意味で人間を辞めているような奴らが出てくる。
そこらへんにいるような存在ではないから、会えることなんてめったにないけどな。
カピタンは会ったことがあって、実際に戦う所を見たことがあるのかもしれない。
俺も一人、見たわけだが、今思い出してもまるでたどり着けるところとは思えない。
それでも目指すのだが……。
「……ま、実力を見るって意味合いなら、もう十分だ。お前は強い。もう安心してお前が冒険者をしてるのを見てられるよ。ちょっと前までは危なっかしくてしょうがなかった」
「え、そうだったのか?」
「あぁ……まぁ、小器用に頑張ってたとは思ってたが、お前の場合目指す場所が目指す場所だったからな……。いずれ行き詰って、それで自棄にならないか、とかな……ま、要らねぇ心配だった」
思っていた以上に見られていたらしい。
たまにしか帰ってこなかったが、その度に顔色が優れないときでもあったのかもしれない。
割と明るく振る舞っていたつもりだが……昔からの知り合いには見抜かれていたのだろう。
「それよりも、だ」
カピタンが続ける。
「なんだ?」
「色々と聞かせてくれるんだろう? その羽や、戦ってる最中に見せた人間離れした動き、その理由をよ……」
言いながら、カピタンも大体見当はついているようだった。
まぁ、ガルブが察したときとは違って、もう見るからに見た目魔物だからな。
羽が後天的に生えてくる人族なんてどの世界にいるよ。
翼人というのはいるけど、あれは元々、獣の因子を持つ種族である獣人の一種だ。
俺の場合とは根本的に違う。
俺が人族であるのは最初から明らかで、それなのに羽が生えているという状況が問題なのだ。