第280話 数々の秘密と特殊装備
なんだあれは……。
俺はカピタンの体を見てそう思う。
俺の剣は確かにカピタンの体に命中したはずなのに、そこは一切の傷がついていないのだから当然だ。
カピタンは狩人であり、一般的な成人男性と比べてもかなり鍛えている方なのは間違いないが、それでも強く振った剣の一撃を生身の肉体で受ければ当然何らかの傷がつかなければおかしい。
それなのに、である。
彼は今、無傷なのだ。
ただ、全く何も分からないというわけでもない。
俺は、剣がカピタンに触れる直前、その体の表面に《気》が凝縮しているのを感じているからだ。
それによって防御力が極端に上昇した……ということなのだろうが、それにしてもあれほどのことが可能なのだろうか?
《気》については、正直俺も分からないことが多い。
基本的には体力の活性化、身体能力の強化、自然治癒力の上昇……そう言った効果を持つ力であることはもちろん知っているし、そのように俺も使っている。
しかしだ。
その強化の力でもって、生身の肉体で剣を防御するほどのことは……。
出来るとは思えなかった。
けれど、実際にカピタンはそれをやっている。
一体どうやって……。
今、直接カピタンにそれについて説明を求めたいところだが、まだ戦闘は継続している。
武器を弾いたことで、俺の剣の攻撃力では彼の防御を破れないと思ったのか、姿勢が先ほどより攻めの方へとシフトしている。
剣鉈と、拳、それに蹴りなどが回転しながら次々と繰り出され、俺を後退させていく。
ジリ貧……というわけでもないが、このまま押し込まれるのもよろしくない。
反撃しなければ。
先ほどの俺の攻撃はカピタンには通用しなかったが、別にもう何もとるべき方法がなくなってしまった、というわけではもちろんない。
おそらくは、相性が悪かったのだ。
俺は普段、使い勝手の良さから魔力を剣に込めて敵を切り付けることが多い。
それは、魔力強化した剣は単純に切れ味が上昇するからだ。
これが気だと少し制御を間違えると爆散したりするし、聖気は強力だがそもそも絶対量が少ないのでどうしても温存気味になる。
つまり、先ほどカピタンに防がれたのは、魔力を込めた剣撃、ということになる。
それなら他の力はどうか……。
俺はとりあえず、剣に込める力を気に切り替える。
初めのうちは多少手間取っていた切り替えだが、最近はもう完全に慣れて、ほとんど一瞬で出来るようになっている。
「むっ!?」
カピタンの方も、俺の剣の感触が変わったことに気づいたらしい。
魔力の籠もった剣と気の籠もったそれとでは出来ることが異なるだけあって、打ち合わせた方にも違和感がある。
今、俺が剣を合わせているカピタンの剣鉈には当然のように気が纏われているが、冒険者たちはその多くが魔力を使っている。
その力の大きさは異なるが、比べるとそもそも触れた感じからして違う。
魔力が籠もった剣に剣を合わせようとすると吸い寄せられるような引力を感じるのだが、気は反対で弾き返される斥力があるような感触なのだ。
どちらがいいのかは人に拠るだろうが、その感覚を知っていなければ突然、魔力から気に切り替わったとき、間違いなく驚くだろう。
けれど、カピタンは驚くほど自然にその状態に対応している。
普通ならもっとうろたえてもいいはずなんだが……さすがと言うべきか。
とは言え、別に魔力から気に切り替えて、そのことをもってカピタンをまごつかせたかったわけではない。
そうなればいいなとは思っていたが、それはあくまでおまけに過ぎないのだ。
重要なのは、この気の力で、カピタンの体に傷がつくかどうかを試すことである。
「うおぉぉぉ!!」
俺の剣に応じつつも、僅かにテンポがずれたカピタンの身のこなしを隙と見て、俺は飛び掛かる。
剣を振りかぶっていては対応されてしまうだろうと、出来るだけ予備動作を減らした突きをかます。
それでもカピタンはそう来たか、と言いたげな顔でカピタンと俺の剣の間に自らの剣鉈の平を刺し込み、俺の突きをガードした。
まぁ、そうなるかもなとは思っていた。
なにせ、相手はカピタンだ。
俺が気の技術を学び、戦いの基礎を学んだ師匠。
これくらいのことは予想の内……でも、俺はここからの手を考えていた。
俺は背中に気の力を、思い切り込めた。
すると、
「お、おぉぉぉぉぉ!?」
ギリギリと、俺の剣をガードしていたはずのカピタンの表情に焦りが生まれる。
抑えきれないのだ。
俺の腕力と、気の圧力、そして俺の背中から発せられる通常の人間にはありえない推進力が合わさった力は、流石のカピタンと言えども……。
「……くっ!?」
そして、耐えきれなくなったカピタンは、俺と共に後方へと吹き飛ぶ。
そのまま森の中にある木の一本に背中から叩きつけられ、ごごぉん!という巨大な音と共に、その木は折れていった。
土埃がたち、視界が悪くなる。
が、俺の目にはしっかりとカピタンの位置が見えている。
単純な視覚でなら見えなかっただろうが、俺の目は特別製だ。
暗闇だろうが砂埃だろうが、生き物の位置は明確に分かる。
これは個人技能だ。
卑怯とは言わないだろうと、俺はカピタンに向かって剣を振りかぶり、そして降ろした。
けれど、ごろん、と、カピタンは地面を転げ、俺の斬撃を避ける。
「……なんておっさんだ! どうしてわかった?」
俺がそう土煙の中言えば、カピタンは、
「空気が動いている……そこからお前の位置を逆算した」
と、確かに俺の方を見て、答えた。
本当にこの土埃の中、しっかりと俺の位置を把握しているようで、この男には弱点はないのかと思ってしまう。
しかし、そんなカピタンでも、たった今、俺にされたことは驚きに値する出来事だったらしい。
カピタンは言う。
「お前の方こそ……今のは、なんだ!? 唐突に力が増したぞ。踏み切りでも剣の力でもない……ただ、まるでお前を後ろから百人の男が押しているかのような衝撃が俺を襲って来た……あんなことは、ありえん……!」
どうやら、少しは驚かせられたようだ、と俺は嬉しくなる。
ハトハラーに帰ってきて以来、俺はずっとガルブとカピタンに驚かされっぱなしだったからな。
一つくらいはそれを返してやりたいと思っていたのだ……おっと、土埃が晴れて来たな。
カピタンが俺を見つめている。
そして、その視線は俺の背中に移った。
「……お前、それは……!? それが理由か!?」
そこには紛れもなく、俺の特殊装備・羽があった。
羽だよな? 翼かな。どっちでもいいか。