第279話 数々の秘密と気の極致
俺は叫び、先手を打つべく飛び掛かろうとした。
しかしだ。
それよりも早く、気づいた時にはすでにカピタンは目の前に迫っていた。
剣鉈ではなく、拳が高速度で向かってくるのが見える。
が、別にそれは殴りかかろうとしているわけではない。
俺は確信していた。来るのは剣鉈の斬撃だと。
ただ、それが分かったからと言って必ずしも有利にはならない。なにせ、カピタンは剣鉈を逆手に持っているため、間合いがとてつもなく掴みにくいのだ。
俺の体、特に目と完全に垂直になるような形でカピタンの手に把持された剣鉈は、その存在すら事前に知っていなければ分からないほど巧妙に隠されている。
流石、人型の魔物を相手に磨いた技術なだけはある。
人型の魔物たち、彼らは見た目のみならず、視角もまた人間に近似している。
俺を見れば分かるだろう。
カピタンのそれは、その目に武器の姿や間合いが映らないように積み重ね、身に着けた技法なのだろう。
もちろん、生半可な修練で出来るものではない。
相手の動きや視線が意識的無意識的とを問わず向かう向きを察知し、即応することが求められるからだ。
ただ、それでもカピタンの剣鉈の位置、その動きは俺の目には見えていた。
別に俺が特別優れているとか才能があるというわけではない。
単純に吸血鬼という生物として優れているが故に生まれた有利だ。
流石は吸血鬼の瞳である。
……が、それでもカピタンの攻撃に反応できるかどうかはまた別の話な訳で……。
「うおっと!」
ついに届いたその一撃、がきぃん、という音と共に、カピタンの剣鉈を俺は片手剣で弾くことになんとか成功する。
十分に見えていて、視認できていたはずなのに、それにもかかわらずかなりギリギリだった。
それは、彼の動きの読みにくさ、そして間合いの取りづらさや、俺の癖を知り尽くしているが故の無意識を突いた攻撃であるためだろう。
本当に心底相性の悪い相手だな、と深く思う。
しかし、それでも俺はカピタンの一撃を防いだのだ。
これで速攻は悪手である、と考えて一旦距離をとってくれるなら万々歳なのだが……もちろん、そんなわけがなかった。
カピタンはむしろそんな俺の気持ちを読み取ったかのように押し込んできたのだ。
剣と、拳と、どちらの圧力も感じたが、とにかくまずは剣を防がなければならない。
拳ならば顔を砕かれるくらいで済むだろうが、剣鉈だと肉をえぐられるからな。
寸止め? 期待できないな……この状態だと。
カピタンはガチだ。
俺はそんな事態を防ぐために、剣鉈に添わせるように片手剣を動かす。
そうすると、鼻先三寸のところでカピタンの拳が止まった。
見れば、カピタンのその手に把持された剣鉈は俺の片手剣にひっかかったように停止している。
あと一瞬、止めるのが遅ければその剣鉈、もしくは拳は俺の体に命中して大きな被害を生み出していただろう。
拳と剣鉈と、二段構えの攻撃だ。
確かにやろうと思えば出来ることだろうが、カピタンの恐ろしいところはこれを俺の近くに接近するところまで含めてほんの数秒もかからずにやりきっているところだろう。
しかも、カピタンの猛攻は当然のようにそれだけでは終わらない。
「……ふっ!」
と、軽く笑ってカピタンは地面を蹴る、俺のちょうど斜め上の方に飛び上がったのだ。
これは、良い手ではないのではないか、とその瞬間俺は思う。
なにせ、こういった近接戦闘に置いて体を浮かせてしまうというのは、自分の挙動が制御できなくなる危険を常に孕んでいるからな。
今ならいけるんじゃないか……そう思って、俺は即座にカピタンの方を向き、片手剣をその体の最も的の大きく外しにくいところ、つまり腹部に直線的に刺し込む。
が……。
「なっ……!?」
俺の片手剣がカピタンの腹に突き刺さる直前、空中に浮かんでいたはずのカピタンの体がそれを避けるように不自然に地面と平行に移動したのだ。
当然、俺の片手剣は空振りに終わり、何もない空間を切り裂いただけだった。
何が起こったのかと目を細めてみれば、カピタンの移動した方向にきらりと光るものが見える。
あれは……線か?
……おそらくは糸か何かだろう。
確か、カピタンはその職業柄、道具の修復や獲物を吊るすときなどに使う、魔物の素材を基にした丈夫な糸を持っていた記憶がある。
それを使ったと言う可能性が高そうだ。
なるほど、あれなら人の体重を乗せて引いても切れない……。
しかしあんな使い方は今まで見たことがなかった。
俺の気づかない内に張っていた手腕も見事である。
周りを見ても異常なんてなかったような気がしてたが、この様子だとそこら中に罠もありそうな気がしてきた。
勝てばいいって教えた張本人だが、本当に勝ちに来ている感じである。
弟子なんだから手加減しろよ、
「この……!!」
と俺は自分の思いのたけを、最後の方だけ口に出して、移動したカピタンを追う。
手加減無しの、思い切りの踏み切りだった。
魔物の身体能力と気の力を使った踏み切りは、俺の体を一瞬にしてカピタンの目前へと導く。
ちょうど、横並びになった格好だ。
横から見たカピタンの顔は若干驚いていたが、しかし同時に少し笑顔を向けている。
……面白い。
とでも言いたげな様子なのだ。
少しは初めに食らわせられた初撃の衝撃に対する意趣返しが出来たかも、と思ったのが気のせいだった。
俺がこれくらいのことをしてくるのは、カピタンにとって想定内だったのかもしれない。
昔はこんなことは当然逆立ちしても出来なかったし、その時代をカピタンは良く知ってるはずなのだが……。
俺のことをかなり高く見ているのか。
嬉しいような困ったような。
でも、だからと言って諦めるつもりも意味もない。
真剣勝負の様相を呈してきているが、これは模擬戦だ。
勝負を下りる理由はないのだ。
俺は追いついたカピタンに向かって剣を振るう。
いかにカピタンとはいえ、糸による空中挙動中なのだ。
どうにかできるはずがない、と思ってのことだった。
それなのに、この男はそんな予想を軽々と越えてくる。
俺の剣がカピタンの体に命中する、そう思った瞬間、《気》の力が彼の体、その表面に凝縮されているのを感じた。
そして、剣がそこに触れると、
――キィン!
と、人の体が武器に当てられた時にはありえない音が鳴り響いたのだった。