第223話 山奥の村ハトハラーと奇妙な声
二人で歩く町並みは壮観だったよ。
もちろん、マルトや、それ以上の都市からすればしょぼいにもほどがある光景だったけどな。
当時の俺たちにとっては、それこそ都会に来たんだなって感じだった。
村にはない、いくつもの店や露店、歩く人々の格好は村よりもずっと洗練されていて、建物も村では見られないような立派なものが沢山あった。
ああいう家に貴族様が住んでいるのかな、とか、王様のお城はもっとずっと大きいんだろうな、とか、そんな話をしながら歩き回った。
楽しかったよ。
やっぱりハトハラーは田舎なんだなって再確認した。
でも、別にハトハラーが嫌になったとかそういう訳じゃなくて……こういうところもあるんだなって、そう思ったくらいだったな。
俺は。
ジンリンの方がどうだったかは分からないけど、たぶん、似たようなことを考えていたと思う。
今思えば、ハトハラーはハトハラーで、都会は都会でいいところなんだって、そう思えたのは、幸せなことだったな。
貧しくて、生活も苦しい村だって少なくないのに、ハトハラーはあんな立地なのにそうなっていないんだからさ。
ま、当時の俺たちにそんなところまで考えを及ばす余裕なんてなかったけど。
それで、あらかた歩き回って、気が済んだ頃だったかな。
ふと、ジンリンが、
「……? レント、何か声が聞こえない?」
って、聞いてきたんだ。
俺には別に何も聞こえてなかったから、
「……ううん。何にも聞こえないよ」
そう答えた。
けれどその直後、
――タスケテ! タスケテ!
って、なんだか妙に甲高い声が聞こえてきた。
人間っぽくない声で、俺はびっくりしてきょろきょろ辺りを見回したよ。
ジンリンも同じで、周りを見回したけど、やっぱりどこにもいないんだ。
それで、お互い顔を見合わせて、
「……誰かのいたずらなんじゃない?」
「そんなことないわよ! こんなにはっきり聞こえるんだから!」
なんてやりとりをした。
実際、声は良く聞こえるんだ。
いたずらにしたって、どこにもその発生源がいないなんておかしな話だろう?
だから俺たちは必死に探した。
それで、しばらくして声の主の方が業を煮やしたのか、
――上! 上!
と、言い始めた。
なるほど、確かにまだ俺たちは上を見てなかった。
前後左右ばっかり見てたからな。
意外と人間、上方には注意を向けないものだよ。
けれど、言われたからには素直に上を向いたさ。
するとそこには長く伸びた枝があって、その先っぽに、衣服をひっかけた“小さな人間”らしきものがぶら下がってた。
小さいって、子供くらいってことじゃない。
十五センチあるかないかくらいの、本当にミニチュアみたいな大きさでさ。
俺はびっくりしたよ。
でも、ジンリンの方は特に驚いていなかった。
なぜと言って、彼女はその存在の正体を知っていたからだ。
「レント! あれ、妖精よ! 人の前になんてほとんど姿を現さないって母様が言ってたのに!」
若干興奮気味で言ってた彼女だったけど、俺は素直に疑問を言った。
「……そんなことより、あれ、助けなくていいの? 外れなくて困ってるみたいだけど」
◇◆◇◆◇
「……お前には興奮というものがないのか? 五才やそこらで妖精に遭遇したら、普通子供はそのジンリンのように何かしらの感情をあらわにするものだと思うのだが」
ロレーヌが呆れた顔で指摘するが、俺は、
「……まぁ、別に俺だって少しも興奮しなかったわけじゃないけどさ。その妖精の方も大分、余裕がなさそうに見えたから。さっきからずっと叫んでたことになるし。だからついそう言ってしまったんだよ」
言い訳という訳ではなく、本当に事実としてそうだった。
「まぁ、気持ちは分かるが」
「だろう? 話を続けるぞ」
◇◆◇◆◇
「あっ、そ、そうね。助けなきゃ! ……でも、どうやって」
幸い、当時の俺もジンリンも子供だったから、素直にそう思って、次にどうすればいいのかを考えることになった。
というのも、その妖精が引っかかってるのは高い木の枝の先だからな。
俺たちの身長じゃどうやっても届きそうもないし、大人でも厳しいなっていう高さだった。
とはいえ、やっぱり背が高い方がどうにかしやすいだろう?
すぐにそう思って、俺は提案したんだ。
「大人の人に声をかけようよ。そうすれば、届くかもしれないし」
かなり真っ当な方法だろう。
ジンリンもこれに賛成して、二人で周囲にいる知らない大人に頼んでみたんだ。
今考えると結構危険な行動だったけど、ま、俺たちから見れば都会とは言え、結局田舎町だからな。
かなり人の性質もよくて、誘拐犯なんて発生しようもなかったのは幸いだった。
ただ、問題もあって……。
それは、俺たちが精霊がそこの枝の先にぶら下がっていて大変だ、と説明しても、誰にも理解してもらえなかったことだ。
みんな一応、枝は見てくれるんだけど、その先にいる妖精の姿がまるで見えないみたいで、首を傾げて去るのみだったんだ。
今なら、妖精にも色々いて、誰の目にも見えるタイプもいれば、魔力持つ人間にしか視認できない存在もいるってことも分かったんだけどな。
あのときは二人そろってそんなこと知らなくて、なんだか大ウソつきにでもなってしまったような妙な気分になった。
本当のことを言っているのに、誰にも伝わらないんだ。
悲しかったな。
でも、だからと言って、諦めるわけにもいかなかった。
なにせ、徐々に妖精の方はぐったりとし始めていて、早く助けないとまずそうだったから。
そうなると、どうなるかと言えば……。
俺はともかく、ジンリンの方は明らかだったな。
つまり、
「……レント、私、登って助けてくる!」
そう言って、木の幹に近づいて、木登りを始めたんだ。
俺は、
「ジンリン! 危ないよ! やめようよ!」
って、木の下から叫び続けたんだけど、彼女は止まらなかった。
やんちゃにも程があったよ。
まぁ、ハトハラーでは木登りが得意だったわけだし、意外とするする登っていたけど、ハトハラーで登る木は大概同じ木だったから、慣れが違った。
それに、木も低く、地面も土と草の大地で、落ちてもそこまで大けがは負わないことが分かってたから、大人たちも遠くから観察しながら許してたんだ。
けれど、この木は全然違う。
すごく高いし、地面は土と草じゃなくて、踏み固められた固い地面さ。
落ちたら五才の子供なんて、簡単に大怪我をする。
それなのに、彼女は登っていったんだ……。