第217話 山奥の村ハトハラーとレントの美的感覚
村の中心にある広場に火がたかれている。
組み上げられた木の櫓が燃え上がって、夜の闇を温かく照らしている。
燃える櫓の周囲には屋外用のテーブルがいくつも並んでいて、その上には村の女性たちが作ったごちそうが大量に並べられていた。
中には、狩人のおっさんたちが狩って来た鳥獣の丸焼きなんかもあって、村らしい野卑なところも見られる。
マルトではあんまり見られない料理だ。
まぁ、それでもマルトもまだ辺境だから、たまにああいうのも出されるが、それこそ本当の都会である王都なんかに行けばまず絶対に出ない。
品がない、と言われてしまうからだ。
村で食事をするときの醍醐味と言えるだろう。
村人たちはそんな風に並べられた料理を思い思いの様子でとって食べ、談笑をしている。
一応、今回の主役は俺だから、俺のところにきて、帰省を喜んでくれ、かつ色々と《都会》の話をしたがった。
若い娘は何が今流行っているかを尋ね、男たちは美人がどれくらいいるのかを聞いてくる。
……まぁ、分かりやすい話だ。
女性陣には一応、お土産にマルトで流行っている装飾品なども買ってきているので、ついでにちょろちょろ渡していた。
無駄遣いと思うなかれ。
こういうことをしておいた方が、村にも気軽に帰って来られるし、帰って来た時いろいろと良くしてくれるものだ。
もちろん、おばちゃん連中にもお土産は渡す。
男には特に何もやらないが、良くも悪くも何も考えてないので彼らはそれで問題ない。
都会のいかがわしい店の話などをしつつ、金がたまった時に来れば案内してやる旨を言えばそれで大概喜んでいる。
単純な生き物で楽だ。
ちなみに俺は利用したことないぞ。
興味がないという訳ではなく、そんなことより修行してたかったからだ。
さすがに疲労困憊の状態でそんなところに行けはしない。
そして今となっては正体が正体だから行きようもない……。
「……楽しそうだな?」
そんなくだらない話に花を咲かせていた俺と村の若者たちのところへ、ロレーヌがひょい、とそんなことを言いながら顔を出した。
ロレーヌを見た村の若者は、顔を赤くし、じっと見つめてから、自分が今、何の話をしていたのかを思い出したのだろう。
まずい、という表情をして、
「れ、レント、俺はちょっとあっちで親父たちと話してくるよ。じゃ」
と言うことをそれぞれが言って蜘蛛の子を散らすように去っていった。
ロレーヌはそんな彼らの反応を見て首を傾げ、
「……私は何かまずいことを言ったのか?」
と尋ねてくる。
俺は首を振って、
「まずいことというか、女性には聞かせられない話をしていたのさ」
と笑って言うと、ロレーヌはそれで理解したようで、
「なるほどな。別にそんなもの気にすることでも無かろうに……純情なのだな?」
と堂々と言った。
ロレーヌは冒険者である。
そして冒険者というものは荒くれの男が多く、そう言った話については冒険者組合に行けばそこここでなされている。
そんなところに女性が行けば、別に襲われることはないにしても、色々と問題のある発言をされることは枚挙にいとまがない。
そんな中で長年冒険者としてやってきたロレーヌに、そういうことに免疫がないはずがなかった。
むしろ言い返すくらいで、一生懸命先輩冒険者の後を追おうとして、よくない見本を真似しようとした駆け出しなどを反対に赤らめさせたりしているくらいである。
こわい。
当たり前だが、俺はそんなことを誰かに言ったことはないぞ。
言うだけ無駄と言うか、何が楽しいのか分からんと言うか……暇だなぁと思ってしまうたちだからだ。
まぁ、女性が周りにいないときにそんな話を振られたら乗るけどな。ただの処世術に過ぎない。
「たしかに村の男は結構純情かもな。お前もたぶらかすなよ? 都会に行けば……なんて考えられてみんな村を出ていってしまったら困る」
俺の台詞の意味は、ロレーヌを見て顔を赤らめていた若者を見れば分かるように、ロレーヌの容貌の整ったところについて言っているのだが、ロレーヌはこの辺り無頓着に過ぎたようだ。
首を傾げて、
「……む、どういう意味だ?」
と尋ねてきた。
正直に、お前が美人でスタイルもいいから、それを見て村の男たちが都会に行けばロレーヌみたいなのがたくさんいて付き合える、とか考え始めると問題なんだよ、と言ってもいいが、なんだか癪に障るので、
「……ま、意味が分からないならそれでいい」
と流すことにした。
するとロレーヌは、
「おい、気になるではないか。説明しろ」
と言い募るも、
「流石に説明しにくい。リリとかファーリとかに聞いてくれよ。きっと分かるから。おっと、あっちでジャルとドルが呼んでるな。行ってくる」
と丸投げしてその場を逃げることにした。
後ろから、おい、と言う声が聞こえるが、ここは大変申し訳ないが聞こえないふりをして無視させてもらう。
男にもいろいろあるのだ。
◇◆◇◆◇
「……全く、なんなんだ?」
一人その場に取り残されたロレーヌはぽつり、とそう呟いた。
さっきの言葉の意味が気になるが、考えても分からない。
その場で少し考えこんだが、どうやらダメそうだ。
そう思ったとき、
「あ、ロレーヌさん。どうしたの?」
とリリの声が聞こえた。
隣にファーリもいて、二人とも手に木製の酒杯を持っている。
かなり酒精の低い、保存するために酒精を利かせているだけの酒とも呼べないものだが、ほんのりと甘く美味しい、このハトハラー特産の飲み物だ。
男たちは火を噴きそうな酒を飲んでいるが、リリたちくらいの年齢の少女たちは皆、こちらを飲んでいる。
ちなみに、ロレーヌは酒の方だ。
恐ろしいほどの強さで、顔色はまるで変わっていない。
そんなロレーヌは、リリとファーリに先ほどレントがした話をし、意味を尋ねた。
すると二人はすぐに意味を理解したようで、説明する。
「……それはロレーヌさんが美人だからよ。都会にはロレーヌさんみたいな美人な人がたくさんいるって村を出てく人が増えたら困るってことだと思う」
「……うーむ。私は美人か?」
「それをその辺の女に聞いたらそのほっぺた張られるわよ?」
尋ねたらロレーヌに、リリは怖い笑顔と言う器用な表情でそう言ったので、ロレーヌは何か背筋に冷たいものが走った。
「……悪かった。しかし、意外だ。レントがそんな評価を私にしているとは」
リリの説明が正しいとすれば、レントもまた、ロレーヌを美人だと思っていると言うことになる。
何も気にしていないと思っていたので、意外だった。
しかしだとすれば、もっと何かあってもいいのではないか、と少し不満に思うが、ファーリがその点について参考になる意見を言う。
「……レン兄はその辺り、ちょっとずれているから、美人だ、っていうのはただ客観的にそう思うだけで、美人だからどうこうしよう、とはならないんだと思いますよ」