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望まぬ不死の冒険者  作者: 丘/丘野 優
第4章 水月の迷宮
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第21話 水月の迷宮の冒険者

 カタカタと笑う骨人スケルトンが《水月の迷宮》の狭い通路に二体、俺を挟むように立っていた。

 奴らは徐々に距離を詰め、そしてあと一歩で俺に届く、というところで腕を上げて俺に襲い掛かる。


 しかし、そんな骨人スケルトンたちがその腕を振り下ろす前に、俺は剣を振るい――


 二匹の胴体を切り離したのだった。


 崩れ落ちた二匹の骨人スケルトンの残骸を漁り、魔石を拾う。

 小指大ほどの小さなそれを、腰に下げた皮袋に入れ、俺はまた、歩き出した。


 一体どこに向かっているのかと言えば、それは自明だ。


 あの《龍》のいた、未発見区画だ。

 いくらもう《龍》の気配がないと言っても、一応の調査は必要で、しかしそれを冒険者組合(ギルド)に言っても信じてもらえるかどうか微妙である現状、俺が直接行くしかないだろう。

 そう判断した。

 武器については、クロープに頼んだところ代用品を貸してくれた。

 魔力と気は通すが、聖気は無理だから気を付けろ、という。

 剣自体の性能はそこそこで、ただ、今まで使っていたものよりも若干いいというくらいか。

 ただ、魔力と気に耐えられる構造になっているので、消耗については今までよりもずっと気にしなくていいので楽になりそうだった。

 それで、色々と準備を整え、ロレーヌにも外出してくると言い、《水月の迷宮》までやってきたのだ。


 ◇◆◇◆◇


 それなのに。


「いやぁ、助かったぜ。まさかスライムがあんな動きをしてくるとは知らなかった! あんたが来てくれなきゃ、どうなっていたことか……考えるだけで震えてくるぜ!」


 俺の横を歩きながらそんなことを言いつつ、俺の枯れた肩をローブごしにバンバン叩いているのは、四十近い年齢と思しき剣士のような男だ。

 ような、と言うのは、先ほど見たその腕にかなりの問題があり、碌に修行もしてないなと丸わかりだったからに他ならない。

 俺は、彼が迷宮でスライムに襲われて難儀しているところに通りがかり、つい、助けてしまったのだ。


 本来、迷宮での冒険者の行動というのは殆どが自己責任だと言われていて、魔物と戦っている他の冒険者を見つけて、仮に冒険者側がかなりの劣勢であっても助ける義務などない。

 迷宮のどこで死のうが、その冒険者が弱いのであり、無謀な冒険をする奴が悪いだろう、という基本的な考えから来ている決まりである。


 もちろん、そうはいっても、冒険者は人間だ。

 悪い人間がいれば、いい人間もいるように、良識ある冒険者というのも沢山いて、そう言う場合には原則を曲げて助けに入る者も少なくない。

 しかし、そういうことをした結果、最終的に揉めに揉め、魔物に殺されるよりも凄惨な出来事で命を奪われる結果に……なんていうことも珍しくはない。

 だからこそ、自己防衛としても、仮に困っているように見えても他の冒険者の助けには入らないのが賢い選択だ、と言われている。


 実際、揉め事を避けるのなら、それが一番正しい。

 わざと魔物に負けそうなふりをして助けに入らせて、助けに入った冒険者が魔物と一生懸命戦っているところを狙って後ろから切りかかり、魔物ごと葬って持ち物をすべて奪い取る、なんていう非道な冒険者もいるくらいなのだ。

 しかも、そのような場合、証拠は残りにくい。

 迷宮はどのような理由なのかは分からないが、常に一定程度の清潔が保たれている。

 飛び散った血や肉片などは、およそ再湧出リポップに必要な時間程度で迷宮それ自体が吸収・消滅させてしまうからだ。

 そしてそうなったとしても、やはり、冒険者は皆、自己責任とされてしまう。

 十分な用心なしにはいられない、かなり危険な商売なのだ。


 だが、俺はそのことを概ね把握していても、どちらかというと助けてしまう方だ。

 よほど実力的に無理そうだ、という場合は素直に見捨てるわけだが、どうにかできるな、というときは、明らかに違法冒険者である、と判別できない限りは、助けに入る。

 それは、生前なら《良い冒険者》の良識からだ、と言えるが、今の俺にとっては、人間であるという唯一の証明であるような気がするから、というのが理由になるだろう。


 だって、今の俺が、困っている人間を見捨てたら、それはもう、魔物そのものではないのだろうか?

 助けられる人を見捨て、自分のためだけに生きる、人でないもの……。

 それを、人は魔物と呼ぶのだろう。


 だから、俺には困っている冒険者を、そう簡単に見捨てることなどできなかった。


 しかし、当然だがすべての冒険者を助けなければならないわけでもない。

 手が届きそうな、危険もそれほどではない場合に、良識に従って行動すればそれでいい。

 そう思って活動するつもりだった。


 その観点から言えば、今、俺の隣にいる男は別に見捨てても良かったかもしれないな、という気がしている。

 なにせ、さっさと戻ればいいだろうに、俺の横にずっとついてくるのだ。

 俺がそれなりの腕だとみて、おこぼれを期待しているのか、それ以外の理由か……。


 分からないが、とにかくうっとうしくなりつつある。

 俺はこれから、あの《龍》が現れた区域に向かうのだ。

 あまり足手まといがいると、もしものとき、危険である……。


 しかし、正直にそんなことをいう訳にもいかないし、どうすればいいのか迷っている。


 それが今の状況だった。


 まぁ、別に今の状態で他の冒険者に好かれたいわけでもないのだ。

 お前は邪魔だからどっか行け、と言ってもいいが、この男、そういう話をまともに受け取らない気配がある……。

 さきほどやんわりとそんなことを言い、徐々に語気を強めていっても、まるで効果がないのだ。

 言うだけムダ、と考えるのが正しいだろう。


「……なぜ、ついて、くる?」


 俺は面倒くさくなって、素直にそう、尋ねることにした。

 すると、意外なことに今まで饒舌だった男が急に黙り込み、それから、


「……あんたが、強いからだ」


 絞り出すようにそう言った。

 やはり、おこぼれ目当てか?

 うーん、あまり褒められた行為ではないが、それほど強くない冒険者にとっては仕方のない選択肢でもある。

 しかし、この《水月の迷宮》は、いくら弱い冒険者に分類される存在であっても、そこまでしなければならないような迷宮ではない。

 そう思っていると、男は説明を始めた。


「……どうしても、金が必要なんだ。来週までに、金貨三枚。それがなきゃ、俺の店が取られちまう……」


 どういうことか、と思って詳しく聞いてみると、曰く、男は本来、小さなレストランの主人であるらしい。

 それで、ここ数年、経営が思わしくなく、借金に借金を重ねてしまった結果、かなりの苦境にあるという。

 来週までに金貨三枚を用意し、かつ全部で金貨十五枚ほどの借金を返済できなければ、レストランを譲渡すると言う条件で借りているため、どうしても金が必要で、手っ取り早く稼ぐには冒険者だ、という結論を出したとのことだ。

 あまりにも短絡的かつ、不可能に近いやり方だが、絶対に無理とも言い難い。

 金貨十五枚は、それなりの腕がある冒険者なら、五日あれば何とかなるだろう額だからだ。


 しかし、この男は、少なくともそんな腕は持っていないだろう。

 そしてそれを自覚している。

 だからこそ、俺について来ようとしている、というわけだ。

 だが、


「……それ、をする、なら、ここ、じゃなく、て、しん、げつ、のめい、きゅう、だろう?」


 都市マルトの周辺には、もう一つ迷宮がある。

 《新月の迷宮》と呼ばれる巨大迷宮で、この《水月の迷宮》とは比較にならない魔物も出現するところだ。

 そちらになら、銀級の冒険者もいるし、そういう冒険者についていけば、金貨十五枚も夢ではない。

 まぁ、着いてこさせてくれるのか、ということと、着いていけるのか、という問題はあるだろうが。

 大した腕もなく強力な魔物と相対すれば、一瞬油断しただけで死ぬ可能性もある。

 それを考えると、あまりにも分の悪い賭けだろう。

 

「やろうとしたんだけどな……これがもう、皆見事なまでに門前払いだ」


 力なくそう言った。

 まぁ、それはそうだろう。

 そしてそれは俺の場合も同じだ。


「……わ、るい、が、おれ、も、いそが、しい。あんた、につき、あっている、ひま、はないん、だ……」


 できれば何とかしてやりたい気もするが、今の俺では荷が重いだろう。

 強くなった、とは思うが、せいぜい、銀級でも下位クラスの実力だと思う。

 その状態で五日で金貨十五枚。

 うん、無理だな……。

 冒険者の報酬は一般に比べれば高いが、ランクが高くなければやはりそれなりに過ぎない。

 よっぽどのことがあって、臨時収入などがなければ、低級冒険者にそんな大金が得られるはずが……。


 ――よっぽどのこと、か。


 考えながら、少し思ったことがあった。

 あるじゃないか、余程のこと。

 もちろん、俺が不死者になったことではない。

 そうではなく、不死者になった場所だ。


 迷宮に、未探索区画が見つかった。

 それは結構な情報で、これをもたらした人間には冒険者組合(ギルド)からそれなりに報酬が支払われるはずだ。

 それが、金貨十五枚に値するかどうかはあれだが……まぁ、期待するだけならただだろう。

 

 本当なら、俺が報告したいところだが、今の俺はこの有様である。

 冒険者組合(ギルド)に入るのすら難しい状態で、そんなこと出来るわけがない。

 誰かほかの人間に報告してもらうしかなく、いずれロレーヌに頼もうと思っていたくらいだ。

 別にこの男に代わりにやらせてもいいだろう。


 まぁ、その場合は、前から知っていた、という風ではなく、この男が見つけた、ということにしてもらわないとならないかもしれないが。

 前から知ってて言わなかったという話になり、それが冒険者組合(ギルド)に伝わると色々とややこしい話になりそうな気がするしな。

 それに、こんな俺が伝えるよりも、しっかりとした人間が伝えれば、調査もちゃんと入るだろう。

 結果的に、ここに入る冒険者のためになるだろうし……。

 報酬は惜しいが、金貨十五枚くらいなら、俺だってすぐ稼げるようになるはずだ。

 生きていた時は無理だったが、今の俺なら、そのうちそうなれる……。

 そう思っている。

 だから、諦めてもいい。


 よし、そうするか。

 

 心の中でそう決めると、俺は、俺に一度拒絶されて肩を落としている男に向き直って、言う。


「……やっぱ、り、きて、も、いい、ぞ。にもつも、ち、くらい、には、なる、だ、ろう……」


「えっ……?」


 男は驚きつつも、しかし歩き出した俺の後ろに慌ててついてきた。

 

「おい、待ってくれ! い、いいのかよ!?」


「……あ、あ」


 言いながらも、まさか許されるとは思っていなかったらしい表情である。

 切羽詰って、寄生して稼ごうとしていたが、根は善良なのだろう。

 まぁ、そもそも全てが嘘という可能性もあるが、そのときはそのときだ。 


 それに、必ずしも純粋にこの男のためだけに、というわけではない。

 これもまた、俺が人間であることを確認するための作業になると思ってのことだ。

 というのも、なぜだか、屍食鬼グールになってから、たまにたまらなく不安になることがあるのだ。

 何か、妙な衝動を感じるときがあると言えばいいのか……。

 だから、多少の人助けくらい、してもいいだろうと、ふと思った。

 そうしないと、俺はいつか自分が何なのかを、忘れてしまいそうな気がする。

 そうなったら、終わりのような気も。

 それは、ダメだ。

 ダメなのだ。


 そんなことを考えながら、俺は、あの《龍》のいた場所へと向かう。

 後ろからどたどたと、慣れない様子で男がついてくる。

 以前は、俺もあんな風だったのだろうか。

 なぜか、遠くて、思い出せないような感じもした。

 こうなって、そんなに時間も経ってないのに。

 よくない傾向、かも知れなかった。

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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